第59話 翻弄されるガルフ
ローリーの店の後、セージはガルフの鍛冶屋に向かった。ガルフにも頼んでいた品があったからだ。
毎日通っていた鍛冶屋に変わった所はなく、懐かしい気分になる。
鍛冶屋に入ると五人が残って仕事をしていた。ガルフの他にはダリアなど独身の者だけである。
家庭を持つものや年寄りの親がいるものはすでに領都にいた。
ちなみにガルフも独身だ。
「おはようございます!」
セージは町から誰もいなくなっている状況で五人も仕事をしていることに驚くことなく挨拶する。
すれ違いがあると困ると思い、セージは領都からケルテットに行く道で知り合いに会ったとき、町に残っている者を聞いていたのだ。
ちょうど一段落終えたガルフがセージに近づいてくる。
「おう、やっと来たか。待ちくたびれたぜ」
「すみません。さすがに王都からとなると時間がかかるんですよ」
ガルフとセージが気軽に挨拶を交わす。お互いに認めあっているからこその空気感だ。
「それで、剣と盾を取りに来たんだろ。あそこだ」
ガルフが視線で示した先、壁に立て掛けてあった。
「ありがとうございます! いやーさすがガルフさんですね。素晴らしい品です」
セージは武具を鑑定していき、剣のところでふと止まった。セージは剣を手に取りながら言う。
「これもガルフさんが作ったんですよね?」
剣を鑑定すると、最高の品ではあった。しかし、セージの知る限界を超えてはいなかったのだ。
セージの言葉にガルフは軽く舌打ちしながら答える。
「やはりわかるか。それは納得いく出来じゃねぇんだが、作り直すための素材が入って来ねぇんだ。一発で仕上げられなかった俺の腕が悪い。すまねぇな」
ガルフは納得のいかない武器を出すしかない自分に対して、腹立たしさをにじませる。
ただ、その仕上がりは一級品。
弟子たちには何が悪いのか理解されなかったが、ガルフはセージならわかるのではないかと思っていた。
「いえいえ、これも最高の品ですよ。それに盾は素晴らしいじゃないですか。実は……えっ?」
セージが手に持った盾の一部を見つめる。それは製作者の名前が書かれている部分だ。
剣は柄で見えなくなる部分に名前が刻まれるのだが、盾は内側の見えるところにある。
そこには『ガブリエール・ザンデル』と刻まれていた。
「あぁ、名前のことか? 俺の名前だよ。魔法が付与された武器、防具に関しては本名を書くことにしたんだ」
「まさか、グレゴール・ザンデルの息子、ですか?」
「あぁそうだが、良くわかったな」
「そうだったんですか! 早く言ってくださいよ! へぇーあの小さかった子が! いやーまさかこんなに近くにいるとは! 会えて嬉しいです! グレゴールさんは元気にしていますか?」
急にテンションが上がったセージに驚きつつガルフが答える。
「親父は死んだ」
その言葉にセージが固まる。満面の笑みだった顔がどんどん変化していく。
「い……いつ、お亡くなりに?」
そう質問するセージの顔は絶望と言うのに相応しかった。神霊亀が来たと騒ぐダリアもここまででは無かっただろう。
ガルフは、そんなセージの姿を見たことがなく、戸惑いながらも答える。
「そうだな。もう二十年以上前になるか。俺がこの町に来る前の話だ。だから、お前が産まれるよりずっと前……」
そこでガルフは気づいた。十二歳のセージがグレゴールのことを見たことがあるはずないということに。
ドワーフ族ならまだしも、セージが産まれた頃には人族の町でグレゴールの名前を聞くことすらなかったはずである。
むしろ、どうして気づかなかったのかと思うほどだ。そんなことを考えている場合じゃなかったというのもあるが、ガルフはなんとなくセージのことを同年代のように感じていた。
「二十年以上前ですか……それじゃあ仕方ないですけど……残念です。本当に残念です。今さらですがご冥福をお祈りします」
「あ、あぁ」
ガルフは戸惑いを隠せなかった。トーリの言葉を思い出したのである。
ガルフとトーリは年が近くて人族の町に暮らす異種族ということもあり、少し交流があった。
ガルフは薬をトーリの店で買い、トーリは研究器具や薬の容器をガルフの鍛冶屋に発注していた。
セージが鍛冶屋で仕事をするようになって数ヶ月経った頃のことだ。
あまりにも器用に仕事をこなし、おかしな程ランク上げにこだわる姿を見ていて、トーリにセージは何者なんだと聞いたことがあった。
その時、トーリは「セージのことは正確にはわからなかったんだが、神の子、いや神の使者と言った方がいいか。そういう者だ」と言ったのである。
ガルフは「エルフは何でも神を理由にしやがる」と言って全く信じていなかった。
実際、エルフは信心深い者が多く、ちょっとしたことでも神のお導きなんて言い回しを良く使う。
なので、今思い出すまでガルフは神の使者なんて言う言葉も忘れていたくらいだった。
「ガルフさんが魔法付与を知らなかったってことは、グレゴールさんが教える前に亡くなったってことですか。なるほど。チート級のガルフさんがここにいた、ということはそういう使命なんですね」
セージが独り言のようにブツブツいう。ガルフは意味が分からなかったが口を挟むのは躊躇われた。
そして、セージが宣言する。
「ガルフさん、いえ、ガブリエールさん。グレゴール・ザンデルの技、全部教えます」
ガルフの中に、何故知っている?と、やはり知っていたか、の相反する気持ちが浮かぶ。
「セージはいったい……」
「詳しくは聞かないでください。そういう運命なんですよ。さて忙しくなりますね」
ランク上げが始まると思って絶望から復活してきたセージが気合いを入れる。
ガルフは何も言えなかった。
「あっそういえば。ガブリエールさん、お願いがあるんです。神霊亀戦のために今から固定剣テンを作ってもらえませんか? 材料は領都で買ってきたので」
「はぁ? 今から?」
「そうです。そのあと、領都で買い物してきてもらえませんか?」
「ちょっと待て、セージ。そんな……」
「グレゴール・ザンデルが極めた魔法付与の全てを伝えなきゃいけないんです。時間がないので急ぎで」
そう言われると、どれだけ無茶振りされようがガルフは頷くしかない。
「お金は取り敢えず僕が作った物、氷結の剣とかまだ置いてますよね? それを売りましょうか。必要ありませんし。ガルフさんの氷結の剣も持っていって下さい。それはラングドン家用で。一応勝手に売り回るのは良くない、あっ、むしろラングドン家に売り付けましょう」
「おいおい、無茶苦茶だな。剣はいいのか? 今から戦いに行くんだろ?」
「今回は盾が重要で剣は使えないんです。二年後なら接近戦ができるかと思って頼んでいたんですが、今挑んだら死にます。それにガルフさんならこれ以上の質で作れますよね?」
セージが当たり前に求めてくるので、鍛冶師のプライドとしてできないと言うわけにはいかない。
「そりゃあ次はこんなミスしねぇからな」
「ならいいですね。さて、剣を作りましょう! 今日中に足りない三本を作りますよ!」
張り切るセージは他の鍛冶たちを巻き込んで三本作らせて、次の日に意気揚々と出発するのであった。
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神霊亀戦後、怒濤の鍛冶と魔法付与を終え、セージが慌ただしく旅立った。
ガルフはこの数ヶ月を振り返り、まだ数ヶ月しか経っていないのかという気持ちと同時に一瞬で過ぎ去ったかのような感覚を持つ。それほど濃密な時間だった。
セージは常に楽しそうに、ガルフは常に強い意思を込めた真剣な眼差しで、他の鍛冶師たちは常に必死な表情だった。
現在は最後の追い込みで特製茶を飲んでも効かなくなる程疲れ果てた者が倒れている。
ダリアは気合いでセージを見送った後、その場で仰向けに寝転んだ。
「セージって何者なんでしょうね」
ダリアが空を見上ながら呟く。ガルフはセージが去っていった方向をながめながら答えた。
「さぁな。神の使者みたいなモンじゃねえか?」
その答えにダリアや聞こえていた鍛冶師たちがギョッとして視線を向ける。
ガルフは神などという言葉を使わない、むしろ神ではなく自分を信じろというタイプだからだ。
「お、親方?」
「あ? なんだよ。結局セージはセージだろ。下らねぇこと聞くんじゃねぇよ」
そう言うとガルフは鍛冶場に戻っていくのであった。
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