幕間~神の使者~

第58話 完璧主義のジッロ

 決戦前日の朝に町に着いたセージは皆を孤児院に連れていき、一人でローリーの店に向かった。

 ジッロとティアナに頼んでいた品を受け取るためだ。


 ドアを開けるとカランコロンと音がする。

 店の雰囲気も変わったなと思いながら入るとティアナとローリー、ジッロが揃っていた。


「いらっしゃい、セージ。早かったね」


「全っ然早くないわ! 来ないかと思ったじゃない!」


 セージはその言葉に懐かしさを感じる。まだ町を離れて数ヵ月しか経っていないのだが、ずいぶん昔の事のように思えた。


「これでも急いだんだよ。王都にいたから時間がかかっただけで」


「王都? なに言ってんのよ。領都でしょ」


「セージがいたのは王都だよ」


 ティアナの言葉にローリーが答える。


「そうそう。用事があって王都まで行ってたんだよ」


「あっそうなの? なんでローリーが知ってんのよ。私、聞いてないんだけど」


「僕はラングドン家から回復薬を卸してもらってるからね」


「なんで私に言わない……ってあれ? 王都から? そんなところから間に合うわけないじゃない! またそんな嘘言って!」


「ほんとだって。飛行魔導船に乗ってきたからね」


 そう軽く言うセージに、ローリーが「やっぱりそうだと思った」と頷いた。

 そんな二人を見てティアナが言う。


「えっほんとに? 飛行魔導船かぁ。あれって平民でも乗れるんだ。私も乗ってみたいんだけど」


「乗っても良いけど、王都まで行ったら帰るの大変だよ? ちなみに乗るのは金貨一枚以上かかるから」


「はぁ? 高っ! 帰りも一緒に乗せなさいよ! 貴族様が払ってくれるんでしょ!」


「僕はしばらく王都で暮らすから帰らないし。とりあえず行きの予約は取っておくね」


「止めなさい!」


 ティアナはパァンとセージの頭を叩く。


「ダメージ1。いやー防御力が上がって全然HP減らないね」


「こんっのぉ!」


 今度はセージのほっぺたを思いっきりつねり始めるティアナ。


「へっ、痛っ、いたいいたいひたたた!」


「ちょっとティア! 止めなよ!」


 ローリーが止めるのを聞いて、ティアナはゆっくりと手を離した。


「全く、年上をからかった罰よ罰」


 そんなティアナに対してセージではなくローリーが怒る。


「ティア! つねるなんてやりすぎでしょ!」


 この世界の者はHPに守られているが、いくつかの行為に痛みを感じる抜け穴がある。

 その中で最も有名なものが『つねる』であり、厳しい親であれば言うことを聞かない子供に対して使う最終兵器だ。


 ちなみに、外からの痛み対して弱い者が多いので、他者に対して使ったら激怒されるレベルの行為である。


「ほーら怒られた。暴力はんたーい」


 ほっぺたを撫でながらセージが言う。


「セージも自重して。全く何でそんなに痛みに強いの」


「痛いのは痛いんだよ? それはそうとして、ティアナ、闇のローブはできてる? できてたらありがたいんだけど」


 ローリーの言葉にセージがコロッと話を変える。セージはだいたいこうして誤魔化してきた。


「もちろん出来てるわ。私は凄腕魔導具師なんだから」


「さすがティアだね!」


 セージは闇のローブを受け取り、ちらりと真剣な目を向ける。ティアナにも少しの緊張が走った。


「これはなかなか。ありがとう、ティア。腕を上げたんだね」


「そっそう? 良か……まっ当たり前よね。私にかかればこれくらいすぐよ」


 ティアナは仕事終わりに自宅でこっそり作っていたのだが、何度も縫い直しながら一着仕上げるのに数ヶ月かけていた。


「じゃあ次に作ってもらうものは……」


「ちょっと待って。まだティアに作らせる気なの?」


 遠慮なく話を進めようとするセージにローリーが止めに入る。


「そうだよ。とりあえず今回は闇のローブを使うけど、さすがにこれじゃ神霊亀を倒すのは厳しいし。もっと上位の装備を作ってもらわないとね」


 セージは、生産職はランクさえ上がれば良いと考えている。特に装備に関しては品質を上げようとしていない、というよりできない。

 特に裁縫や鍛治の場合は、技術を高めるために相応の時間が必要だ。


 職業コンプリートを目指しているセージにはそこにかける時間がない。

 そこで、委託することにしたのである。セージの中でガルフ、ジッロ、トーリが技工師、魔道具師、錬金術師の委託先である。

 

 そこにティアナも加えようと考えていた。

 ちなみにジッロは実は薬師以外の下級生産職をマスターしているので服飾もできる。ただ、木工や細工系を基本としているため、服飾はティアナに任せようということだ。


 また、ティアナが働いている店に問題があるのも服飾を頼んだ理由の一つだ。

 ティアナが店で不当な扱いを受けている、というわけではない。店の先輩や店主からは意外と可愛がられている。


 店の問題とは服飾業界の厳しさである。服飾師は最もランクを上げやすい生産職だと言われている。それに、闇のローブのようなレベルの物でない限り、素材さえわかればすぐに真似ができる。

 職工も多く、安くしないと売れない。貴族用のきらびやかな服や冒険者向けの装備を扱う店は一握り。多くの服飾店は厳しい経営をしていた。


 ティアナもそのことに薄々気付いており、ローリーの店で服を置いていたりするのだ。セージもローリーもその事はわかっていた。


「セージ、それって大丈夫? ティアに教えて良いこと?」


「私は別にいいと思うけどなー」


「ちょっとティアは黙ってて」


 ローリーはティアナに頑張って欲しい気持ちと共に、何か危険なことに巻き込まれるのではないかと心配もしていたのだ。

 真剣な言葉にさすがのティアナも口を閉じる。


「教えるのに問題は無いけど……確かに目立つと良くないか。じゃあローリーに素材の調達を任せるよ。それなら目立つこともないだろうし。手紙で伝えておくからトーリさん経由で頼んでね。とりあえず来年の予算から金貨十枚ほどローリー用にするからよろしく」


「金貨十枚!?」


「あっ、足りなくなったらまた言ってね」


 金額の大きさに絶句するローリーとティアナを置いてセージはジッロに話しかける。


「ジッロさん。頼んでいたもの出来てますか?」


 その言葉を聞いてジッロは鞄から腕輪を取り出す。速度上昇の腕輪の最高位、風神の腕輪だ。

 その上昇値は速度1.5倍という驚異的な値である。


「さすが、完璧です! ところでジッロさん、風神の腕輪ってまだ持ってたりしませんか? この際、疾風の腕輪でも良いんですけど。思いがけず必要な数が増えてしまって足りないんですよ」


 セージがそう言うと、ジッロは鞄からさらに風神の腕輪を二個、三個と出し始める。


「ちょっと、ジッロ! あんた何でそんなにいっぱい持ってんのよ!」


 復活したティアナがジッロにツッコミをいれる。すると、ジッロは黙ったままその中の一つをポンッと投げた。

 それを受け取ったティアナはまじまじと腕輪を見る。そしてジッロと見比べて叫んだ。


「だからなんなの!?」


 セージは叫ぶティアナの横から腕輪を見て「あーなるほど」と頷いた。


「なになに? わかるの?」


「ほらこの部分。少し歪んでるでしょ。ほら見比べてみて。ここに納得がいかなかったから作り直したんだよ」


「あー、ここね。誰も気付かないわよこんなとこ。じゃあそれは?」


 ティアナがジッロの持っていた腕輪を指差す。セージはじっくりと腕輪を観察して唸る。


「うーん。どこがダメなんだろ?」


 首を傾げるセージを見て、ジッロが腕輪の一部を指差した。


「あっそこか! これは高難易度の間違い探しだね」


「えっどこなの?」


「ほらこの線になってる部分。他の所より少し深く彫られてるでしょ?」


「んー、そう言われるとそうかも……って、こんなの誰が気付けるのよ! 効果に差があるわけ!?」


「ここまで来ると一緒かな」


「だったら……」


「でもジッロさんは妥協しないから。だからこそ最高の品を作れるんだろうね」


 ティアナはセージの言葉に口をつぐむ。

 セージはガルフを見て限界の先があることを知った。ジッロはセージの考える限界、最高の品を作っているが超えてはいない。

 けれど、いつかジッロも限界を超えるのではないかと思っていた。


「世界最高の職工になるってそういうことなのかなって思うよ」


 ティアナはその言葉を吟味して口を開く。


「じゃあ私も世界最高の職工になれるわ! あっ、今回の闇のローブはパパっと仕上げた見本だから。今度ちゃんとしたやつを渡すからね!」


 ティアナはそう宣言して気合いを入れる。そして、ふと思ったことを口にした。


「そういえばセージが神の使者って本当なの?」


 その言葉にローリーが固まった。

 ローリーがトーリから聞いてティアナにも言った話だったのだが、こんなに直接聞くとは思っていなかったのだ。


 ちなみにローリーは神の使者の可能性は高いと思っていた。孤児院での言動を見ても、知識を聞いても普通とは思えなかったからだ。

 同じ部屋で勉強を見てもらっていたローリーだからこそ強くそう感じている。


「神の使者?」


「そうそう。そんな噂があったから。で、どうなの?」


 セージは神の使者としてこの世界に来たのかどうかを考えたが、多分違うなと結論付けた。


「……違うよ?」


「やっぱりそうよね」


「えっ? 今の間は何!?」


 ローリーが突っ込むがセージは軽く流す。


「神の使者って何かな? 知らないなーって思っただけだよ」


「そんな顔してなかったでしょ!」


「えー? そうかな?」


「ちょっと、そんなのどっちでも良いじゃない。セージはセージでしょ」


「おおー確かに。ティアって良いこと言うよね」


「でしょ? 当たり前よ」


「いやいや、神の使者かどうかってどっちでも良いことじゃないでしょ!」


 ローリーの叫びにティアナが首を傾げる。


「あれ? ローリーってそんなに熱心なリビア教徒だっけ?」


「「んっ?」」


 ティアナの言葉にセージとローリーも首を傾げる。

 ふと三者の中に静寂が通り、ジッロが彫金をする音が響く。

 女神リビアを崇めるリビア教はこの世界の一般的な宗教である。職業を与えられるなどの直接的な効果があるため、信じるというより当たり前の存在であった。


 セージの住んでいた孤児院はもちろん、教会といえばリビア教会、神といえば女神リビアを指している。


「これは女神に見られたのかな?」


 ややあってセージが言う。会話の途中で急に現れる静寂のことを、女神が見ていると比喩することがあった。


「それって例え、だよね? セージが言うと本当なのかと思うからやめてよ。それで、僕は一応リビア教徒だけどそれがどうしたの?」


「神の使者ってリビア教で偉い聖職者のことでしょ?」


「……えっと、司教様とか司祭様のこと?」


「あれっ? 違う? えーっと、あれだわ! 神の本とかを見てる聖職者!」


「神の本の管理は教会の司書様がやっているね」


 ローリーの言葉にティアナは目をさまよわせる。そんなティアナに助け船を出すようにセージが言った。


「へー。僕もそんな感じの聖職者のことだと思ったー」


「ほら! 神の使者なんて知ってるのローリーだけよ! セージだって知らないのよ?」


「うん。何の事だかさっぱりさっぱりー」


 その白々しさにローリーが叫ぶ。


「それは絶対嘘!」


 こうして、ローリーの気持ちとは裏腹に、うやむやになっていき、ジッロは我関せずと彫金に励むのであった。

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