第57話 タダ働きは拒否したい
「んっ? この感じ……終わった? マルコムさんちょっと待って! 止まってください!」
騒ぐセージにマルコムは呪文を破棄して答える。
「見たらわかるでしょ! 騒がないで! 逃げてるの!」
「逃げちゃだめだ! いや、冗談じゃなく! もう大丈夫ですから! 戦いは終わりました!」
マルコムはセージの言葉に疑問符だらけだったが、戦いが終わった、だけは理解できた。
咆哮を終えた神霊亀は全員を無視して町とは反対方向に歩き出している。それを確認して、マルコムは立ち止まった。
「あれっ? 終わったの?」
「そうです。もう戦いは終わりましたよ。二分過ぎましたからね。そうだ、みんなにも伝えないと」
そう言ってセージは大きく息を吸って叫んだ。
「皆さーん! 神霊亀撃退成功でーす! お疲れ様でしたー! カイルさんの所に集まっていてくださーい!」
神霊亀の行動に警戒していた皆は、戦いの勝利宣言とは思えない号令に気が抜ける。
「セージ大丈夫か!?」
ミュリエルに支えられながら立ったルシールが心配して言った。
「体は痛いんですけど大丈夫ですよ。ルシィさんに魔法を使った辺りから記憶が無くて……あれっ? ルシィさんこそ満身創痍じゃないですか」
「これくらい何てことはない。セージは一度HP0になっているんだ。早く安静に……」
「あっ! ちょっと待ってください! 神霊亀が逃げちゃいます! マルコムさん! 神霊亀に『スティール』を使いますよ!」
すでに神霊亀は少しずつ離れようとしている。
「本気なの? スティールなんて使って大丈夫?」
「大丈夫ですから! 盗らないとタダ働きになっちゃいますよ! 早くっ、痛っ! ちょっと、立たせてください! あっ、MPが、『リリース』!」
受けた依頼は神霊亀の討伐である。今回は撃退しただけであり、成功報酬は支払われない可能性があった。
それに、神霊亀から盗めるアイテムは重要な物が含まれており、セージとしては見逃すことができない。
立たせてもらったり、マウントしたままになっていた精霊を還したり、慌ただしくするセージを周りは呆れた目で見る。
さらに、セージの指示によって皆で神霊亀の落としたアイテムがないかなど探し、やっと満足したセージを連れてケルテットの町へ戻った。
こうして、神霊亀戦は締まらない終わりを迎えるのであった。
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神霊亀の撃退の知らせは領都にも伝わり、暗いムードが反転、お祭り騒ぎになった。
領都に避難していたケルテットの町の住人は続々と戻り、一週間も経つと町は何事もなかったかのように元通りの活気を見せるようになる。
神霊亀の調査団や戦い痕を見に行く人、南に行く予定を延期していた人など、数多くの人が行き交い、むしろ前より活気があるほどだ。
そして、セージたちは町の中で英雄として評価が高まっていた。
ただし、その伝わりかたは「次期領主ルシール様率いるラングドン軍の精鋭と一級冒険者『悠久の軌跡』が神霊亀との激闘の末、撃退に成功した」というものだ。
これはラングドン家の者が流した話である。
領主のノーマン・ラングドンは領を守る者としてラングドン家が動いた事実を周知したかった、そしてセージはランク上げに支障が出るので目立ちたくなかった、という二つの思いが合わさった結果である。
セージも所属はラングドン家の研究所長であり、軍にも出入りしていた。ラングドン軍の精鋭の一人として数えられており嘘ではない。
実際はセージが主体となって撃退したのだが、それを知るものはほとんどいなかった。
ルシールとギル、騎士団の五人はケルテットの町が元に戻るまでの一週間、治安維持に務め、その後領都に向かうことになる。
一週間も留まったのは治安維持だけではなく、ノーマンへ手紙を送り、凱旋の準備をするためでもあった。
ルシールたち七人は町でも領都でも英雄として賞賛された。
本来はセージが真っ先に賞賛されるべきだという思いを持ちながら賞賛されるしかないことに、騎士団の五人は葛藤を抱えていた。
そして、この五人はしばらくした後騎士団を辞めて冒険者パーティー『騎士の誓い』を結成することになる。
ルシールとギルは賞賛を受けることも仕事だと割り切っていたが、やはりセージに頼りきりの戦いになってしまったことに忸怩たる思いを持っていた。
ギルとルシールはますますランク上げに力を入れて、ラングドン家に帰ることがほとんどなくなった。
特にルシールは目の前でセージが飛ばされた。その時の絶望感、焦燥感、不安感。鮮明に思い出せた。
そして、それはどれだけセージに頼っていたかを認識するきっかけでもあった。勇者になろうと自分は力不足だと、今までよりいっそう鍛練に力を入れていた。
カイルたち『悠久の軌跡』も同じ思いであった。
ラングドン家にも呼ばれていたのだがそれも断り、ランク上げに集中するため神霊亀戦の次の日には旅立った。
そして、セージはケルテットの町に残った。
それは、技工士のランク上げと同時にガルフへ魔法付与の技術を伝えるためだ。
セージは必要な武具だけ作り方を教えるつもりだったのだが、ガルフが実はガブリエール・ザンデルだと知り、他の物も教えることにしたのである。
セージはミニゲームで作り方を知ったので、そもそもグレゴール・ザンデルの真似だからだ。
グレゴールが亡くなったことを知り、その息子には教えるべきだと思ったのだ。
もちろんセージもラングドン家に呼ばれていたが、ランク上げなどがありそれどころではないという理由で断ったのである。
セージは四月から王都の学園に通うことになっており、時間がなかった。
昼夜問わず魔法付与された武具を作り続けて、ランク上げに没頭した。
ここでもランクを上げるにはどうするかを考え、セージは仕上げだけ行うことにした。
基礎となる剣を形作るのはガルフの弟子に任せて、次々に魔法付与をする行程だけをするという自分勝手な方法だ。
セージはどんどん上がるランクにテンションを上げながら、ガルフに教えるという大義名分を掲げて作り続けた。
弟子たちはというと、自分で作った基礎の剣の仕上げ行程は見ても良いという暗黙の了解があり、一つでも多く知りたいと思っていたため、皆気合いが入っていた。
鍛冶屋全体の熱気が凄まじくて通常の依頼が滞った程である。
素材には金がかかるのだが、ラングドン家に作った武具の一部を売り付けて素材を買わせるという傍若無人な方法を敢行することで利益を上げていた。
ノーマンは次々に売り付けられる武具に頭を悩ませることになる。
最初のうちはまだ良かった。市場の価格の半分以下の価格で武具が手に入るのだ。
装備の刷新が進むと考えて、もう少し作ってくれと発注しようとしていた。
しかし、徐々に高級品になっていったのである。
男爵家とはいえ貴族なので金に関しては問題がなかった。
そもそも、市場に出ることが珍しく、出てきたとしても金貨数十枚になるような品が、金貨数枚で購入することができるのだ。いくらでも購入したいと思える程である。
ただ、男爵家がそこまで良い装備を揃えるなんてことはない。他の領や王国に見つかるとややこしい事態になる。
そして、最終的に国宝級の武具が持ち込まれるようになった。
金貨数十枚どころか数百枚かかる物だが、これも金貨数枚の価格が提示されたのである。
それを見るとノーマンは購入するしか無いのだが、これを王国に報告するか、献上するか、領内で使うか、保管するか扱いに困る物であった。
ノーマンは購入した武具を眺めながら使い方に頭を悩ませる。ただ、ノーマンは薬品類に興味は無いが武具、特に剣が好きで、眺めたり試しに振ったりするだけで楽しめることが救いであった。
そして、二月に入った時、ラングドン家経由で学園から連絡が届いた。
すぐに学園に来るよう求める内容である。
そこでセージは合格発表の日に呼び止められていたことを思い出した。
ただ、ランク上げが終わっていなかったため、魔導船に乗っていけば良いかと思い、結局二月末に出発する魔導船に乗り込み学園に向かったのである。
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