第56話 ルシール・ラングドンは盾となる2

『ウィンドバースト』


 暴風で相手を吹き飛ばす上級風魔法ウィンドバーストが発動する。


 ルシールは吹き飛ばされてから、いや、吹き飛ばされたからこそ気づいた。

 突進を避けられた神霊亀が方向転換をしようとしていることに。


 神霊亀が旋回してセージに爪で攻撃しようとしたが届かない。

 そして、急旋回によってスリップし、神霊亀の体が回転する。

 セージに神霊亀の尻尾が急速に迫っていた。


「セージ!」


 一連の出来事は数秒間のこと。

 その瞬く間に過ぎるような全てが、スローモーションになったかのように感じた。


 セージの口元が回復呪文を唱えているとわかるほどくっきりと見える。

 セージは当たる寸前に盾を構えていた。


 ルシールの頭に、防御より回避、という言葉がよぎる。

 それは戦闘前にも言っていた。例えギルであっても神霊亀の近接攻撃を受けると耐えられない。


 そのはずだった。

 尻尾がセージが構えた盾に直撃する。


「ぁ……!」


 ルシールの言葉にならない音が口から零れた。

 セージは蹴飛ばした小石のように飛んでいく。その体に力はない。


 HPを遥かに超えた攻撃は限界を超えた衝撃となる。

 セージはその衝撃によって意識が無くなっていた。

 回復呪文を発動するどころか、盾まで手放してしまっている。

 ルシールはセージの魔法によって飛ばされながらも体をひねり手を伸ばし叫んだ。


『スケープゴート!』


 セージの手を離れた盾は気合いの盾。

 HPが1残っているセージに特技が発動する。

 次の瞬間には地面に叩きつけられ、ルシールにダメージが入った。

 スケープゴートが切れる。


『スケー……』


 再び特技を発動しようとするが間に合わず、セージは岩に激突。

 HP0の表示が目に入った。


 ルシールは着地と共にセージに向かって走る。

 唱え始めた呪文は復活の呪文『リバイブ』。

 何百回と唱えた『リバイブ』はランク上げのためではなく、今この時使うために唱えてきたのだと思った。


 走ろうと、焦ろうと、呪文は冷静に。

 セージの言葉通りに使い続けた呪文は、はっきりとした発音で紡がれる。

 そして、世界最速の『リバイブ』が発動した。


 HP1。


 その表示はセージが生きていることを意味していた。

 その直後、ヤナとカイルが『フルヒール!』『スケープゴート!』と声を上げる。


 神霊亀は一回転した後、セージの方向に向いていた。

 ルシールが回復呪文を唱えながらセージに走る。

 しかし、神霊亀の攻撃の方が早く、業火が放射された。


 セージは意識を失い防御ができない。そのため、スケープゴートを使っていたカイルのHPが急速に減少する。

 ルシールは業火に身を投じ、セージを守るために走った。


 カイルは回復呪文が間に合わないためHP回復薬を飲むが、それでも間に合わずHPが0になり『スケープゴート』が切れる。

 セージのHPが急速に減り始める。


 今度はジェイクの『フルヒール』が発動し、セージのHPが回復。

 そして、再びHPが急速に減り始めたがすぐに止まった。


 セージの前にルシールが立ち、盾を構えて受け止めていた。

 ルシールは自分に『フルヒール』を唱えて、業火の中を走り削れたHPを回復する。


 そして、次の回復呪文を唱え始めた。

 ルシールには何かを考える余裕はない。

 ただ守ることだけに集中する。


 火炎が晴れると神霊亀は間髪いれずに岩を飛ばした。

 ルシールはセージに当たらないように弾いていく。今度はヤナがルシールに回復魔法を使い、止めどなく減るHPを回復する。


 攻撃が止み神霊亀を見ると、ルシールとセージに向かって来ていた。

 セージはまだ目を覚まさない。


 一瞬防御することが思い浮かんだが、防御より回避という言葉によりすぐにその考えを切り捨て、セージを抱え上げる。

 いくらセージが軽いとはいえ、一人抱えると速度は落ちる。動きが変わった神霊亀の方が速い。

 徐々に近づいてくる神霊亀。


 セージがいなければ攻撃もできない。

 いくら考えようとも危機を脱する案など出てくるはずもなく、必死に逃げ続けるしかなかった。


 神霊亀が再び火炎を放つ。近距離で浴びる業火を盾で防いだ。

 HPの損耗が激しく、動けない程の衝撃がルシールを襲う。


『フルヒール』


 ルシールは自分を回復し、何とか耐えきる。

 火炎攻撃が終わったと思えば、目の前に神霊亀がいた。

 神霊亀が攻撃動作に入った瞬間、HP0から回復したカイルが特技を発動する。


『スケープゴート!』


 その間にもルシールはセージを抱えて逃げる。しかし、すでに神霊亀の爪が迫っており、逃げ切れない。

 当たる寸前に盾を突き出し横に飛ぶ。

 その瞬間、体がバラバラに弾けたかと思うような衝撃がルシールを襲った。


 なすすべなく飛ばされるが、セージを抱え込むようにして守る。

 ルシールが持っていたのは精霊の盾。対魔法用ではあるが、ガルフによって鍛えられた防御力は世界最高。ルシールの防御力も高く、意識を失うことはなかった。


 地面に転がりHPを確認すると、カイルのHPが0から回復するところだった。

 セージのことはルシールが守ると判断し、カイルはルシールにスケープゴートを使っていたのだ。

 ルシールとセージは軽微なダメージで済んでいる。

 ただ、ルシールは受けた衝撃により、逃げるどころか立つことさえ困難であった。


 しかし、さらに神霊亀の攻撃は続く。

 火炎を吐く動作が見え、ルシールはセージを抱えてうずくまり、全身を使って盾を構えて身を隠す。

 業火に包み込まれながら衝撃に耐える。

 逃げることすら出来ない状況で、この後どうすればいいのかと考えた時、火炎が止まる。


(なんだ? 何があった?)


 まだ二秒程しかたっていない。まだ続くはずだった。

 そう思って神霊亀を確認しようとしたとき、体を掴まれセージと引き離される。


「あ……!」


 とっさに手を伸ばすルシールに声がかかる。


「ルシィ! 大丈夫! 任せて!」


 ミュリエルの呼び掛けでルシールの狭まっていた視野が広がる。

 ルシールを抱えているのはミュリエル。セージはマルコムが抱えていた。


 神霊亀の足元にはギルと騎士団の面々がいて、まだ必死に攻撃している。

 それによって火炎がキャンセルがされていたのだ。


 これはセージがダメージの蓄積を計算して、突進後に怯ませようと足への攻撃を止めていたからである。


「火炎が止まって良かったよ!」


「マルコムはびびってたからね!」


「だって、火炎に突っ込むとか無理でしょ!」


 神霊亀は怯みから復帰し、ルシールたちを睨む。

 騎士団たちは総攻撃を仕掛けているが、神霊亀は意に介していない。


「これって逃げきれる!?」


「わからないよ! でも逃げるしかないじゃん!」


 神霊亀が攻撃を仕掛けとようと踏み出し始める。

 マルコムとミュリエル速度は神霊亀より速いが、人を抱えては逃げ切れない。


 神霊亀の動きを察知して、ミュリエルは盾を構えた。

 飛んできた岩をミュリエルが防ぐ。マルコムはバフと回復をしながらミュリエルの陰に隠れた。

 マルコムでは岩も炎も防御できないため、支援に徹している。


「次、火炎来るよ!」


 岩の飛来が止み、逃げようとするマルコムをミュリエルが止める。神霊亀はさらに連続で炎を吐く動作に移っていた。

 しかし、炎は来なかった。


「あれっ?」


 ミュリエルが神霊亀を見ると炎を吐く動作を止めていた。


「マルコム! 逃げよう!」


 声をかけて走り出そうとしたとき、天まで届くような咆哮が響いた。


「グラァァアアアアァァァ!」


 しかし、三度目の咆哮には魂に響くような力強さはなかった。

 ミュリエルとマルコムは走り出す。

 その時、セージが目を覚ました。


「あれっ? マルコムさん? 痛っ! 体が! あっ、神霊亀は!?」


 マルコムは呪文詠唱中で答えられない。


「んっ? この感じ……終わった? マルコムさんちょっと待って! 止まってください!」

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