第55話 ルシール・ラングドンは盾となる 1

(私がこんな魔物と戦うとはな)


 ルシールは飛来する石、岩とも言えるようなそれを弾きながら思う。

 戦いは信じられないくらい順調であった。

 ルシールたちのパーティーは、神霊亀の近接攻撃が届かずセージの魔法が届く距離を保ちながら後退していく。


『algeo congelatio saevio tempestas radir ante hostium、ヘイルブリザード』


 セージは止まることなく呪文を唱え続けていた。

 氷の精霊ルサルカを『マウント』したセージは、氷の特級魔法のみ省略して唱えることができる。

 そのため、途切れることのない氷の嵐が神霊亀を襲っていた。


 その激しさは神霊亀に対してでも通じる威力を持っている。

 稀に神霊亀が怯んで動きが止まるほどであった。


 これは、システム的にはダメージの蓄積が一定以上になれば発生する怯みである。

 セージにするとダメージ計算の指標だ。

 しかし、他のメンバーにしてみると魔法が効いているとわかるため、希望が湧く反応であった。


 神霊亀は近接攻撃が届かないため、火炎を吐き、岩を飛ばすことで攻撃している。

 セージに向かって歩きながらの攻撃なので頻度はそれほど多くないが、一撃一撃が強力だった。

 

 ルシールはパーティーの最前線でその攻撃の全てを正面から受け止めていた。

 ルシールが学んできた騎士の動きは守ることが重視されている。攻撃を弾く動き、後ろを守る体勢は鍛えられていた。

 それに、火炎の攻撃は物理と魔法の両方の属性を持っているためルシールは適任と言える。


 マーフル洞窟での一件が魔法耐性を大きく上げたが、それまでにも学園を卒業するために学んだことや母親に女だからと強制された魔法訓練も力になっていた。

 それに、一度も出陣することは無かったが、それでも第二騎士団での鍛錬を欠かさなかった。

 こんなことをしても無駄だという思いを何度も打ち消しながら取り組んできたことだ。


(今までのことが無駄ではなかったんだな)


 神霊亀襲来という非常事態、命を賭けた戦いだったが、ルシールの心には高揚感と嬉しさがあった。

 自分のやってきたことが認められた気がしているのだ。


 神霊亀が少し顔を持ち上げる動作をする。

 そうするとルシールはセージから預かった精霊の盾を構えた。


(火炎が来る。慣れてはきたとは言っても受けたくはないものだな。しかし、今までのように見るだけでいるよりマシだ)


 火炎は、正面で受け止めると2000を易々と超えるダメージになる攻撃だ。通常そんな攻撃をする魔物と戦うなんてことはない。

 ルシールはこれまでの戦いで感じたことのない衝撃を受ける。

 それでも、見守るしかできないよりは良いと思っていた。

 

 神霊亀の遠距離攻撃は広範囲で避けることは困難だが、直接物理攻撃を受けるより威力は劣る。

 ルシールやカイルならば耐えることが可能な攻撃であった。


 ジェイクなら装備を整えれば耐えられるだろうが、ヤナとセージは無理である。そのため常にルシールとカイルの後ろに隠れている。


 神霊亀から火炎が放射され、豪然たる炎がルシールたちを飲み込もうとする。


(守りきる!)


 後ろにいるセージは何が来ようと無視して魔法攻撃を続けている。

 それは、必ず前衛が守ってくれるという信頼があるからだ。ルシールはその信頼に応えるべく、正面から受け止めた。

 五秒もの間吹き荒れる業火を耐え切り、神霊亀を見据える。


(まだまだいけるぞ!)


 戦闘開始から一時間が経とうとしていたが、ルシールはまだ気力に満ちていた。

 騎士として戦っているという事実がルシールの力になる。


「あっ……」


 急に後ろから戦いの最中とは思えないような声が漏れた。

 セージである。


 そして、慌ててMP回復薬(満)というMPを最大まで回復する薬品を飲み始めた。


 この時、セージは神霊亀の少しの動きの違いで行動パターンが変わったことに気づいたのだ。

 想定より大幅にHPが低く、神霊亀にダメージを与えすぎていたことがわかった。

 

 そんな事を知らないルシールは不思議に思った。


(セージが呪文途中に声を出すなんて。それにまだMPはあるようだが)


 セージは精霊士になることでMP9999にしているのだが、精霊をマウントしながら特級魔法を使い続けているためガンガンMPを消費する。

 何度も回復薬を飲んでいたが、それはMP1000を下回ってからだ。

 今はまだ2000程残っているのに飲み始めている。


(何かあったのか?)


 疑問に思った瞬間、天を揺るがすような咆哮が上がる。


「グラァァアアアアァァァ!!」


 正面で咆哮を浴びて全員の動きが止まる。


(どういうことだ!?)


 ルシールは予定外のことに混乱していた。

 神霊亀がルシールたちの方を睨み付ける。

 その時、後ろから強力に輝く光玉が神霊亀に向かって投げられた。


(撤退!? 順調に戦えていたのに!)


『サラマンダー、サモン』


 ルシールの背後で冷静な声が響く。

 その言葉と共に現れたのは赤い髪に筋骨隆々の男の姿をした精霊サラマンダーだ。


『マウント』


 セージの髪の色が赤く染まり、体の周りに陽炎ができる。


『ferum ignis selsus columna radir ante hostium、インフェルノ』


 合図でもある炎の特級魔法インフェルノを神霊亀の顔に当てる。

 そして、セージは猛スピードで向かって来るマルコムに叫んだ。


「マルコムさん! 皆で向こうに逃げて!」


 指す方向はセージたちと反対の方向。


「了解!」


 撤退の時は合流する手筈だったのだが、マルコムは緊急事態を感じ取って、何も聞くことなく引き返した。


「僕らは全力で突進を避けます!」


「とっ、突進!?」


「後二分耐えたら終わりです! バフは速度上昇! アイテムも使って! 防御より回避! 次の魔法が発動したら右方向に全力疾走!」


 質問しようとしたときには、セージは呪文詠唱に入っている。


 神霊亀の戦闘時間は一時間。

 倒す場合は一時間以内に決着をつけなければならない。これが倒せないと言っていた理由の一つだ。


 一時間を越えて一割以上ダメージを与えていれば撃退になる。

 そして、一割を超えていなければ撃退失敗という設定だった。


 セージはこの世界で撃退失敗になるとどうなるのかわからなかったが、一時間に一割ダメージを与えるため急いでいたのである。

 しかし、実はすでに一割を越えて二割を削ってしまっていた。

 二割を越えると行動パターンが変わり、凶暴になる。これが倒せないもう一つの理由だ。


 セージはまさか二割を削れるほどHPが低いと思っておらず、撃退失敗の場合どうなるかという想定しかしていなかったのだ。

 しかし、ルシールはどうなっているのか何もわからない。


(想定外が起こったのか? 突進ってあの巨体が?)


 神霊亀は今までの鈍い動きが嘘のように動き始めた。


『インフェルノ!』


 業火が立ち上ぼり神霊亀の顔に直撃する。

 ルシールたちはそれを合図に走り出した。

 神霊亀は目の前で立ち昇る炎柱を食い破るように突き進んでくる。

 そして、セージたちが別方向に逃げていることを確認すると方向をずらしてきた。


(これは逃げきれるのか!?)


 カイルはヤナ、ルシールはセージを引っ張りながら走る。

 セージは呪文を唱えながら全力で走っていた。

 先頭は一人で走るジェイク、一番遅れているのはルシールとセージだ。


(セージが回避と言ったんだ。私は全力を尽くすのみ)


 神霊亀の突進にセージが巻き込まれそうになり、ルシールは思い切り手を引っ張った。

 セージの足先が神霊亀の手に当たり弾き飛ばされそうになったのをルシールが引き寄せて受け止める。


 カイルのスケープゴートがあり、HPも減っていない。ルシールはセージの体が予想以上に軽く小さく感じられた。


「良かっ……」


 セージはすぐに離れて、ルシールの盾に手をつきながら唱える。


『ウィンドバースト』


 暴風で相手を吹き飛ばす、上級風魔法ウィンドバーストが発動した。

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