第54話 マルコムは斬り込み隊長
マルコムはセージの姿を見て、驚いたような、当然だと思うような不思議な感覚を持った。
神霊亀の光線を一手に引き受け、後半からは完全に見切っていた。さらに、神霊亀の咆哮から誰よりも早く立ち直り、攻撃を開始することで全員を復帰させた。
驚愕する出来事だがセージなら当たり前かという気分だった。
(だからこそ付いていこうって気になるんだけど)
マルコムはギルとミュリエルと共に神霊亀に向けて走り出しながら思う。
後ろから付いてくる騎士団の面々を確認する。その顔つきは出会った頃と全く異なっていた。
(戦う気になっているようで良かった。急に逃げたりするんじゃないかとヒヤヒヤしたよ。まっ、セージの姿を見ると気合い入るよね。俺たちもだけどさ)
マルコムはミュリエルとギルも雰囲気が変わっていることを感じていた。
そして、それはマルコム自身もである。
奮い立つ心にあるのは少しの悔しさ。
セージが盾となり剣となり神霊亀に立ち向かい、それに他の者は追随していく。
セージは作戦会議で適材適所という表現をした。実際、セージ一人で神霊亀と戦うのは厳しい。
しかし、セージ以外の誰かが一名欠けても特に問題はない。そして、セージがいなければどうすることもできずに神霊亀に敗北するだろう。
セージと肩を並べられる実力に達していないと感じて悔しかったのである。
(今は自分の役目を果たすことに集中!)
マルコムたちの頭上を無数の氷の礫が豪雨のように飛んでいく。
神霊亀の前方はセージの魔法があるので、後方に回り込んで後ろ足を攻撃する計画だった。
「まずは俺たちが行く! お前らはここで待機だ!」
ギルが騎士団に言い、ミュリエルとマルコムと共に突撃する。
三人の中で動きが最も速く、そしてその速い動きに慣れているマルコムが先行し、神霊亀に一撃を入れた。
かすかにダメージが入った感触を持つ。
(よし! いける!)
普通の戦いであれば剣撃は会心を狙うものだが、今回はどれだけ力強く攻撃しても10ダメージにしかならない。
全員固定剣テンを装備しているため、速さが重要なのだ。
だからと言って軽く当てるだけにすると攻撃した判定にならないためダメージは0になる。
攻撃として判定される程度の力でなるべく多く攻撃回数を稼ぐことが、この戦いで求められることだった。
ミュリエルとギルはパワータイプ、特にギルは力を重視している。
それに、騎士団で培った剣技が染み付いており、曲芸じみた動きやわざと手を抜いた攻撃などは難しい。
今回はギルが指示、マルコムがメイン、ミュリエルがサブになっていた。
(一撃一撃が小さすぎて無視されてるから滅多切りにできるけど、なんか複雑な心境)
神霊亀はまだ近距離攻撃をしていないので攻撃機会は多い。
ただし、神霊亀が歩くと地響きが起こり風圧を受ける。
バランスを崩したりすると危険だ。マルコムの防御力では歩いている所に当たるだけで大ダメージになる。
マルコムたちは攻撃を続けていたが、神霊亀は火炎を吐き、岩を飛ばしセージに向かって攻撃しながら歩いていく。
(役に立ってるのかな? まだ攻撃が足りない? ちょっとくらい歩みを止めて!)
近距離攻撃をするのは神霊亀の注意を引き、隙を作るためだ。これで無視され続けたら、意味がなくなってしまう。
マルコムは縦横無尽に斬りかかり、ダメージを稼いでいく。
(たかが10だけどもう百回以上斬ったよね!? まだ足りない!?)
心の内で文句を言いながらも動きは冷静だ。神霊亀の後ろ足を斬りつけ続ける。
「下がれ!」
ギルの鋭い声に反応して全力で逃げる。これを言われるときは、神霊亀が近接攻撃の起点となる動きをした時だ。
戦いの前にセージから、神霊亀の動きの解説をされていた。
こんな動きをしたらこうなるから逃げろとか、この動きの後はチャンスだとか全てを覚えているのだ。
(やっときた! えっ!? やばっ!)
神霊亀は完全にマルコムたちを見ており、尻尾の攻撃が勢いよく迫り来る。
ミュリエルとギルの位置は逃げやすい右足の外側だが、マルコムは右足の後ろや内側から攻撃を仕掛けていた。
近接攻撃を誘うために敢えて危険な場所を選んでいる。
(意外と速いな!)
全体的に見ると鈍重に感じるが、間近で見るとかなり速い。
ただ、マルコムはその速度を越える。マルコムがいた場所にワンテンポ遅れて尻尾が通りすぎた。
周りから見るとギリギリに見えたがマルコムの中では違う。
(威圧感がすごくて逃げたけど、あと一撃加えても間に合ったかも)
「すまない。指示が遅れた」
ギルがそう声をかけた。
ギルは戦いながら神霊亀の動きを観察している。
そういう役割になったからというのもあるが、体に染み付いた動き、剣の型があるため、他のことに注意を向けやすいのだ。
それに、元騎士団団長の経験もある。
ただ、事前に説明をされているとはいえ、実際に動きを見たわけではない。
初見で歩いている動きと攻撃の動きを見極めるのは容易なことではない。
「あれくらいで十分さ」
事も無げに言うマルコムにギルはニヤリと笑う。
「頼もしいな。余裕があるなら、さらに遅れても大丈夫そうだ。俺も攻撃に集中できるぜ」
「余裕ではないから! ギルは神霊亀に集中して、というかむしろ攻撃しなくていいよ!」
そんな軽口を掛け合ってマルコムは神霊亀に向かっていく。ギルとミュリエルも後に続いた。
次に変化が起きたのは、それからほどなくしてのことだ。
「煙だ!」
ギルが騎士団に合図を送ると走ってくる。
その間に甲羅の隙間からスモークのように煙が噴出し始めた。
亀系の魔物はそれぞれ状態異常を起こす煙の特技を持っている。
ビッグタートルは睡眠、リーフタートルは毒など決まっているが、神霊亀は亀系の煙全てが混ざっており、毒、睡眠、麻痺、混乱、鈍重の五つの状態異常にかかる。
しかし、状態異常無効の腕輪を持っているマルコムたちにとっては隙でしかない。
マルコムたちは右腕に速度上昇の腕輪をつけており、左腕に状態異常無効の腕輪をつけている。
複数つけても最後につけた腕輪の効果になるため、一度腕輪を外してつけ直すことで効果を切り替えていた。
騎士団も含めて八人全員で総攻撃を加える。
煙の噴出が終わっても、漂う煙でまだ視界が悪い中、ギルの声が響く。
「跳べ!」
その声に反応できたのは五人。
次の瞬間には地面の激震と共に地を這うような烈風が襲う。
騎士団のアンナ、キース、クリフは振動で体勢を崩されて風に吹き飛ばされた。
神霊亀がのしかかる攻撃を行ったのだ。
マルコムが煙を噴出している隙に神霊亀の下に少し入り込んで攻撃をしていたからだ。
神霊亀が押し潰そうとしたのだが、マルコムはしっかりと逃げている。
跳んで逃れた者も風の影響はあるが吹き飛ばされる程ではなかった。
着地した後、再び攻撃を開始する。吹き飛ばされた者も戻って来るが、神霊亀が起き上がると騎士団の面々全員が待機になる手筈だ。
すぐに下がらなければならないが、騎士団の五人は攻撃を続けた。
「早く下がれ!」
ギルに怒鳴られて騎士団は後退を開始するが遅い。
吹き飛ばされたミスを取り返そうと、何とかダメージを与えたいと思ったキースは攻撃していた位置も悪かった。
神霊亀の尻尾が迫るが逃げきれない。
(間に合うか!)
その姿を見ていたマルコムは全力で後ろからキースに体当たりした。
(重っ!)
マルコムの計算では二人とも尻尾の攻撃範囲から出られるはずだったが、体格差もあり、思ったより飛ばなかった。
(やばいっ!)
何とかキースを攻撃範囲から押し出したもののマルコムの腕に尻尾の先が僅かに当たる。
「ぐっ……!」
マルコムが弾き飛ばされるが、空中で体勢を整えて着地する。
そして、HPを確認すると八割ほど減少していた。
(きっついな! かすっただけなのに)
マルコムは回復呪文を唱えながら逃げる。
すぐにミュリエルが回復してくれたため、自分の回復魔法は温存する。
しかし、そうするとしゃべることができない。
(まったく、騎士団の……男め! 終わったら嫌みを言ってやる!)
マルコムは名前を覚えていない騎士団の男、キースに対して悪態をつきながら戦線復帰する。
そこからは、無理をする者はいなかった。
危険なのは近接攻撃を誘うマルコムのみで、マルコムの速さであればそうそう当たらない。
ギルとミュリエルは逃げやすい位置からの攻撃、騎士団は隙ができる時のみ攻撃である。
順調に攻撃を重ねて近接攻撃を誘っていた。
(まだ終わらないの? さすがに精神的に疲れてきたよ)
一時間近く戦いを続けており、さらに神霊亀は変わらず進み続けている。
前足は魔法によってダメージがある様子で、たまに怯んで動きが止まったり、ガクッと足の力が無くなるような形でダウンする。
しかし、右後ろ足を斬り続けていてもそんな様子は全くない。
何をやっても無意味に思えてくる上に、マルコムは当たれば終わりの相手に至近距離で戦っている。
セージの特製茶のお陰で肉体的な疲労感は少ないが、精神的な疲労が大きかった。
「下がれ!」
突如としてギルの声が響き、マルコムはそれに従う。
しかし、神霊亀は何も攻撃行動はしていない様子で不思議に思った。
「どうしたの!?」
「いや、違和感のある動きが……」
その時、天を揺るがすような咆哮が上がる。
「グラァァアアアアァァァ!!」
全員が間近で咆哮を浴びて動きが止まる。
(何が起こってるの!? 二回目の咆哮とか聞いてないよ!?)
幸いマルコムたちの方に攻撃されることはなく、神霊亀が前に一歩踏み出した。
その瞬間、神霊亀に向かって投げられる光玉。
「撤退するぞ! まずはセージに合流する!」
(撤退!? まさか!)
そのギルの声と共にマルコムとミュリエルが先に走り出す。その次に騎士団、ギルは最後だ。
(何があった? カイルたちは大丈夫なのか?)
マルコムは全員を置いて全力でセージたちの方に行くのであった。
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