第53話 クリフは神霊亀に立ち向かう
「では神霊亀の攻撃と共に突撃します。しっかりついてきてください」
そう言ってセージは一番前に立ち、盾を構えた。
クリフたちはセージから少し離れた所に集まっている。
近くや真後ろだと神霊亀の攻撃に巻き込まれ、離れ過ぎると別の所から攻撃を受けるため立ち位置には注意していた。
「来ます!」
セージがそう言った瞬間のことだ。
音もなく放たれた光線は一瞬でセージを掻き消した。
クリフは直感的に、死んだ、と思った。
想像を絶する一撃に退避の合図を出すことも忘れる。
この時、この瞬間に、上官が言っていたことが理解できた。
ラングドン軍の若手が納得しないまま大型兵器を準備していた時の言葉である。
『神霊亀はまともに戦う相手じゃねぇ。もし、これを使って倒せない時は、領民を連れて逃げろ』
それを聞いた時はラングドン軍の者が何を言っているんだと思った。クリフ以外の若手もそう思っただろう。
しかし、それは違った。
たった一撃。
それだけで神霊亀との力の差を思い知った。
これを見て、逃げることなく立ち向かえた上官に尊敬の念さえ抱く。
(上官の言う通りだ。こんなのは戦う相手じゃない)
光の奔流は一秒で消え失せた。射線上に転がっていた岩が消し飛び、地面がバチバチと爆ぜる音がする。
そして、セージが立っていた。
僅かにふらついたのを見て、クリフは思わず一歩踏み出した。それを掴んで止めたのは、ルシールだ。
『スケープゴート』
カイルのその一言と共に再びセージは光に飲まれた。『スケープゴート』は一撃しか身代わりできないので、すぐにかけ直したのである。
(スケープゴートを使っているからと言って耐えられるのか?)
スケープゴートを使ってもらっているとHPは減らない。だからと言って無敵になるわけではないのだ。
HPを超えるようなダメージを受けて昏倒することは、騎士をしていれば一度は経験する。
セージが盾役になっているのはセージしかできないからだ。
ヤナであればまだしも、クリフが代わりに盾役をやろうとしても無理である。
一撃で倒れて、スケープゴートを使った者もHP0になり、終わりである。
クリフは本当に大丈夫なのかとルシールを振り返り、その一切の迷いがない強い眼差しに息を飲む。
ルシールはセージを信じていた。
次にセージが見えた瞬間、セージは思い切り横に飛んでいた。ギリギリで攻撃範囲から外れ、セージの足元を掠めるように亀光線が通りすぎる。
「進みます!」
言うが早いがセージは神霊亀に向けて走り出している。
皆走り出し、クリフは慌ててついていく。
十秒走ると立ち止まり盾を構える。クリフたちは少し離れて待機。神霊亀の攻撃が済むと走り出す。
これを繰り返した。
セージは繰り返す度に進化していく。
三回目には二撃目。五回目には一撃目すら避けられるようになっていた。
一人先を行き一切怯むことなく神霊亀に突き進むセージ。
ただただ自分の故郷を守るために立ち向かう後ろ姿を見続ける。
クリフはこれが英雄かと思った。
そして、クリフは自分のことを恥じた。
自分はここに来るまで何を考えていたか。
神霊亀を見てからは、どうやって逃げよう、しか考えていなかったのではないか。
(これじゃあ、どちらが騎士なのかわからないな)
クリフは気合いを入れ直し、迷いを捨てる。
少しずつだが確実に神霊亀に近づいていく。それに従って神霊亀の大きさが明確に感じられるようになり、その存在感だけでクリフを圧倒していた。
しかし、クリフは歩みを止めなかった。
まるでセージに導かれるように進んでいく。
そして、とうとう目前。あと一度の光線を避ければ剣が届く、というところまで進んで来た。
その時、大地が唸るかのような咆哮が上がる。
「グラァァアアアアァァァ!!」
身体を揺さぶる咆哮。
根源に響く威圧はセージたち全員の動きを止める。
そして、咆哮を終えた神霊亀がセージたちを睨み付けた。
巨大な巌のような甲羅から伸びる足が皆を踏み潰す。そんな想像がクリフの頭に浮かんだが動けなかった。
真っ先に動き出したのはセージだ。
『ルサルカ、サモン!』
氷の精霊ルサルカの召喚。
銀の長い髪を靡かせ、鋭い目を持つ女性の姿をした精霊ルサルカが、ダイヤモンドダストを纏い現れる。
『マウント!』
セージはあえて大声で特技を叫んでいた。精霊ルサルカがセージに憑依する。セージの髪が銀になり、周りに氷の結晶が漂う。
そして、カイルとギルが動き出した。
「ルシィ、セージの前へ! ヤナ、ジェイク、支援!」
「お前ら! 行くぞ!」
号令と共に全員が動き出す。
ルシィ、セージ、ヤナ、ジェイク、カイルが後衛組。
ギル、ミュリエル、マルコムが第一前衛、騎士団五人が第二前衛である。
クリフがセージを追い抜いた時、声が響いた。
『ヘイルブリザード』
氷の特級魔法が発動する。虚空に無数の氷の礫が現れ、猛烈な吹雪となり神霊亀に襲いかかった。
クリフたちは荒れ狂う氷の下を駆け抜ける。
(これが氷系特級魔法……凄まじい威力だ)
クリフは火系特級魔法インフェルノしか見たことがなかったため、氷系は初めてだ。
当主が代わり、魔法に力を入れ始めたとき不満を漏らす者もいたが、クリフは特級魔法を見て仕方ないと感じていた。
神霊亀の近くまで来ても魔法は途切れる事がなく、神霊亀の半身は吹雪に晒され続けている。
「まずは俺たちが行く! お前らはここで待機だ!」
ギルが騎士団に言い、ミュリエル、マルコムと共に突撃する。
三人はAGI上昇のマルコムのバフにセージのアイテム、さらに速度上昇の腕輪を装備しているため動きが全く異なっていた。
今回は全員固定剣テンを装備しているため、速さが重要なのだ。
騎士団の五人はバフがかかっていることは知っているが、アイテムの効果の大きさをわかっていないため驚愕する。
そして、マルコムにいたってはそれに加えて、小人族の遺伝とAGIが上がる暗殺者の職業補正が加わっているため、三人の中でも飛び抜けた速さである。
(これが一級冒険者の力か)
冒険者は騎士になれなかった者や荒くれ者がなる、という印象があり、騎士団の中では冒険者を下に見るような空気がある。
それは、あながち間違いではない。冒険者の中には、そういう者も一定数いる。そして実力が無くとも冒険者になるのに制限はない。
だからといって、冒険者が騎士に劣るとは言えない。カイルたちは並みの騎士では太刀打ち出来ないほどの実力を持っている。
クリフはどんどん自分の中の常識が壊れ、変化して行くのを感じていた。
(俺がこの戦いの中に入るのか)
全てが常識はずれの戦いで、自分が取り残されるような気持ちになる。
「それで、いつになったら逃げるんだ? 俺はいつでも逃げれるけど」
急にニックが軽く言った。あえていつも通り、少しからかうような口調で。騎士団の中で高まっていた緊張感が少し緩まる。
「様子見だよ様子見。私たちが逃げた後で神霊亀が撃退されたりしたらどうする。逃げ損だぞ」
アンナが言い返すが、キースが「俺は!」と声を上げる。
「俺は、騎士でありたい」
この世界で騎士とは、ただ単に馬に騎乗して戦う者ではない。
誇り高き精神を持ち、民を守るために戦う者のことである。
これは理想論であり、実際は貴族に雇われた武人を騎士と呼んでいる。
ただ、この時キースが言ったのは理想としての騎士のことだ。
その気持ちはクリフたちにも宿っていた。それは、全員戦いを食い入るように見ていることからもわかることだ。
軽口を言ったニックでさえ戦いから一度も目を離していない。
キースの真っ直ぐな意見にアンナが慌てて言う。
「私だってそう思ってるさ!」
ニックも両肩を上げておどけたように言う。
「皆が怖がってるように見えたから言っただけさ」
その時、神霊亀の動きに変化が見えた。
「結局のところ俺たちは騎士だってことだろ。守るために戦おうぜ」
騎士団の五人はギルの合図と共に走り出した。
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