第52話 クリフは戸惑いの一週間を過ごす
騎士団の一人、クリフは神霊亀の甲羅を見て、この一週間に起こった様々なことを思い出した。
ちょうど一週間前、神霊亀が領都に向かって来るという情報が届いて、騎士団は大忙しになった。
通常訓練は全て中止。訓練場の倉庫に眠っている大型兵器を出して、全ての点検・整備を命じられた。
大型兵器とは弩弓と投石器だ。構造はそこまで難しいものではない。
しかし、兵器自体あることさえ知らなかった者もいるくらいだ。
点検と言っても何をして良いかわからない。
ラングドン家御用達の大工を呼びつけて、整備の仕方や使い方を学ぶところから始まった。
そして、矢や石を装填し目標に当てる訓練が始まった。
クリフたち若い世代は何故剣で戦わないのか不思議に思いながらも、上官や領主の命令があるため装填方法や狙いの付け方を学ぶ。
避難者の波が収まれば、大型兵器を領都の外に運び、最終訓練をして本番になる。
装填速度と命中率をあげたいのだが、時間がないためなかなか難しいところであった。
そんな中、急に領主ノーマン・ラングドンから呼ばれ、ルシール直属の部下になり、危機があれば連れて帰るよう使命を与えられたのだ。
断れるはずもなく了承すると、ルシール、セージ、カイルたちを紹介され、そのままケルテットの町に向かって進みだした。
クリフの他に騎士団で選ばれたのは、キース、ニック、アンナ、メリッサの五人で全員が第二騎士団の仲間だ。
ルシールは、名目上は第二騎士団の所属である。訓練の時は一緒に行動しているため第二騎士団から選ばれた。
ちなみに女性騎士のアンナとメリッサは、ルシールが第二騎士団に配属される前に入隊している。
女性騎士の入隊は第二騎士団に激震が起きたと言っても過言ではない出来事だったが、直後にルシールが入ったことで納得した。
ルシールのために入れたのかと皆思ったのだ。
ただ、二人は新人と思えないほど練度が高かった。
小隊長と同等の戦いを繰り広げて、新人にしては破格の待遇、分隊長から始まった。
これに対して負けてられるかと奮起した者も多く、結果として第二騎士団全体に良い影響を与えている。
クリフ、キース、ニックの三人は、実力があり、未婚だということで選ばれていた。
それに、ルシールの賭博に付き合っていたことがノーマンにバレていたというのもある。
ルシールからの提案なのでお咎め無しであったが、それがこのようなことに繋がるとは思ってもみなかったことである。
クリフはケルテットの町に進みながら、皆の会話を聞き、愕然としていた。
(ルシール様のことをルシィって呼ぶなんて。セージさんは研究所長だから良い、のか? 他はただの冒険者だよな? もしかして貴族、には見えないけど。俺もルシィ様って呼んだ方がいいのか?)
様々なことが一気に起こりすぎて何がなんだかわからないまま飛ぶように時間が過ぎ、決戦前夜になっても混乱は増していくばかりだ。
(何でセージさんが作戦を決めてるんだ? 第三騎士団の訓練に混ざってるのは見たけど子供にしてはすごいってくらいだったはずだろ。というか、セージさんが神霊亀の魔法を防御して、セージさんの魔法で撃退するってそんな作戦で良いのか? 無茶だ。そもそもギルさんしか神霊亀と戦ったことないじゃないか。ギルさんもみんなも何で納得できるんだ? 逃げるわけにもいかないが大丈夫なのか?)
クリフは全てのことに疑問が出ると言っても過言ではないほどであった。
就寝の時は孤児院だったため騎士団にも部屋があてがわれた。
翌日は早いため少しの時間しかとれなかったが、一つの部屋に五人で集まる。その時もそんな話ばかりだった。
「この作戦って大丈夫なの? ノーマン総長からルシール様を守れって言われてんのに」
ノーマンのことをラングドン男爵ではなくノーマン総長と呼ぶのは、ラングドン騎士団の中では騎士団の位で呼ぶのが伝統であるからだ。
ルシールの場合は、立場としては団長に近いのだが、戦いには出ないため団長は別にいる。
軍所属なのでラングドン男爵令嬢ではなくルシールになるのだが、ルシールと呼ぶわけにはいかないためルシール様で通っていた。
「俺たちが作戦に口を出せるわけないだろ。ギルさんまで納得してるんだからな」
アンナに答えたのはキース。ガタイが良くて顔も厳ついが、この中で一番真面目である。
「それはそうだけど」
「今の内にルシール様を攫って逃げたら良いんじゃない?」
そんな無責任なことを言うのはニックだ。生活態度も訓練も真面目なのに、口を開くと不真面目になるので、変わり者と言われている。
(もしかしたらそれが正解なのかもしれないな)
普段は「そんなことするわけないだろ」と一笑に付されるとこだが、今回は皆一瞬それも有りかと思ってしまった。
「そこまではできないが、いざとなったらルシール様を担いで逃げよう。逃げる合図でも決めとくか?」
「それいいね。メリッサはどう思う?」
クリフが提案にアンナが乗り、メリッサに問いかける。
メリッサは巨人族のクォーターで、訓練の挨拶などは人一倍大きな声を出すが、もともとが無口なタイプであまりしゃべらない。
メリッサは頷いて「それが良い」と答える。
「撤退って叫べば分かりやすいんじゃないか?」
「ルシール様に聞こえたら警戒されるだろ。不意をついて無理矢理にでも連れていかないと絶対最後まで逃げないしな」
真面目なキースにクリフが答える。ルシールは騎士道精神が強いことで有名だ。
自分を後回しにして人を守るために戦うことを信念として持っている。
それは美徳ではあるのだが、だからこそノーマンはルシールを戦場に連れていかないのである。
「じゃあ手で合図しようよ。こんな感じでどう?」
ニックが親指を立てて後ろに振る。
「良いんじゃないか?」
「それでいこうよ」
その後、細かい取り決めをしながら就寝。次の日に出陣して、神霊亀の甲羅を見たのだった。
「とうとう神霊亀が見えましたね。いやぁちょうどいい時間につきました」
「あれが、神霊亀……」
(これは……無理だ)
まだ全体像は見えず、亀の甲羅の上部分しか見えていない。
しかし、そこだけでもわかる巨大さに、クリフはじっと見つめる。
「休憩しますか。神霊亀も見えたことですし」
クリフはセージを見て思った。
(こいつ、見えてないのか? あんな巨大な化け物の攻撃の盾になる? ちゃんとわかってるのか?)
しかし、ルシールがセージの隣にあった石に腰をおろして普通に話し始めたので、口をつぐむ。
(ルシール様もどうして……)
話の中に出てきた勇者、の一言に、クリフは固まった。
(ルシール様が勇者? まさか、そんな……)
「あー、僕が精霊士ってことも言っちゃいました。まぁいいか。カイルさんたちにはお世話になったお礼に教えたから良いとして、騎士の皆さんは内密にお願いしますね」
人差し指を口に当てて、しーっとする。
クリフは精霊士が上級職であることを知らなかったが、話の流れで薄々わかり始めていた。クリフは戸惑いながら頷く。
「おい、セージ。そんなに簡単なことでいいのか? 重要な秘密じゃねぇのか?」
ギルの言葉にクリフも心の中で同意する。
(そうだ、そんな軽く言われても……って、ギルさんも勇者に? もしかして、この戦いで結果を出せば俺も……いや、ルシール様を助けるのが、でもルシール様は勇者だよな……)
ギルが勇者の成り方を教えてもらえるとわかって、クリフの心は揺れ動く。
「わかりました。神霊亀を撃退したら勇者を目指しましょう。さて、とりあえずお茶を飲みましょうか。一服したら戦闘準備をしてくださいね」
各自が差し出すコップにセージが特製茶を入れていく。
クリフもこれはありがたかった。
(これはすごいよな。地味ではあるが、さすが研究所長だ)
しばらくすると神霊亀の姿は全体像が見えるほどに近づいて来る。
その姿をじっと見るセージは真剣な表情だ。
(やっとこの大きさに気づいたか。これでも戦うつもりか?)
クリフはそう思っていたが、セージの言葉は全く異なる。
「大丈夫ですけど、なんだか思ったより小さいんです」
クリフは神霊亀を見て、再びセージを見る。
(小さい? あれが?)
「小さい? あれが?」
クリフの心の声とルシールの声がシンクロする。
「僕が知っている大きさでは無いですね。行動パターンが一緒だといいんですけど。それに、HPの想定が思ったより低いかもしれません」
「そうか」
(そうか、って納得したのか? なぜ?)
「皆さん、撤退の合図は覚えていますね? 光玉もしくはインフェルノが発動したら最優先で逃げてください」
クリフたち騎士団の面々は別の合図も考えているため頷き合う。
「では神霊亀の攻撃と共に突撃します。しっかりついてきてください」
そう言ってセージは一番前に立ち盾を構える。
クリフたちはセージから少し離れた所に集まっている。
近くや真後ろだと神霊亀の攻撃に巻き込まれ、離れ過ぎると別の所から攻撃を受けるため立ち位置には注意していた。
「来ます!」
セージがそう言った瞬間のことだ。
音もなく放たれた光線は一瞬でセージを掻き消した。
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