第51話 開戦の合図

「忘れ物はないですか? それぞれ役割は覚えていますか? 不安があったら聞いてくださいね。それでは出発しまーす」


 セージはまるで遠足に行くかのように号令をかけて歩き出した。

 夜明けすぐの出発で辺りはまだ薄暗い。両側に森が広がる道は闇が残り、不気味な道に見える。

 だが、セージに続いてミュリエルも気楽な声を出す。


「なんだか遊びに行くみたいだね!」


 緊張感のないミュリエルをカイルが咎める。


「気を緩めるなよ。神霊亀以外にも魔物はいるんだ」


「どうせ神霊亀に会うのは昼頃になるんでしょ? それに、この辺の魔物って弱いしさ。襲われるならホーンラビットがいいなぁ。おいしいし」


 夜目がきくミュリエルにとって、夜明け過ぎの明るさがあれば苦にならない。

 それに、魔除けの香水を使っているため、高レベルパーティーのセージたちに近づく魔物はいないだろう。


「油断するな。神霊亀によって魔物の種類も変わってるかも知れんぞ」


 気楽なミュリエルにカイルがいつものように注意する。そこにセージが入り込む。


「まぁまぁ、今から気を張っていても仕方ありませんし」


「ほら! カイル、聞いてる?」


「でも、突然魔物が飛び出して不意を突かれることだって良くあります。油断は禁物ですね」


 その言葉にミュリエルは呻き、「セージってすぐカイルの味方するよねー」と拗ねる。


 そんな和気藹々とした空気も神霊亀に近づくにつれて薄れていき、緊張感が出始めた。

 そして、目的地にたどり着く。そこはウルル荒野と呼ばれる場所で、点々と岩が転がっている。森と比べると障害物が少なく大地もしっかりしているため戦いやすい。

 ここで待ち構えるために夜明けから歩き出していたのだ。


「とうとう神霊亀が見えましたね。いやぁちょうどいい時間につきました」


「あれが、神霊亀……」


 まだ全体像は見えず、亀の甲羅の上部分しか見えていない。しかし、そこだけでもわかる巨大さに、セージ以外、皆じっと見つめる。

 ギルは苦々しげな表情だった。かつて戦い、そして惨敗した相手だからだ。


「休憩しますか。神霊亀も見えたことですし」


 セージは拾っておいた薪に魔法で火を付けて、持ってきていた鍋を出して魔法で水を入れる。

 ちなみに生活魔法にお湯を出す呪文はない。お湯が必要な場合は水を沸かす必要がある。


「お茶を用意しますので保存食でも軽く食べましょう。まだ顔も見えてないんですから大丈夫ですよ」


 神霊亀を前にしても変わらないセージを見て、詰まっていた息が吐き出された。

 ルシールがセージの隣にあった石に腰をおろす。


「セージはいつも変わらないな」


「そうですか? これでもわくわくしてるときも不安になるときもありますよ」


「ほう。今の状況でも不安がなさそうだが、例えばどんなとき不安になる?」


「うーん、そうですね。ルシィさんが勇者になれるまでは不安でしたよ? 確信はありましたけど、実際になれるかどうかはやってみないとわかりませんし」


 そのセージの言葉で周りの空気が変わる。セージはともかく、ルシールが上級職になっていることに驚いたのである。


「おい、そんなにあっさり言っていいのか? 一応勇者になったことは隠していたんだが」


「えっ? そうだったんですか? ルシィさん直属の部下って聞いてたんで、てっきり話しているものかと」


「私はそんなに口は軽くないぞ。それに、勇者になった、なんて気軽に言えるわけないだろ」


「あー、僕が精霊士ってことも言っちゃいました。まぁいいか。騎士の皆さんは内密にお願いしますね」


 人差し指を口に当てて、しーっとする。騎士たちは戸惑いながらも頷いた。


「おい、セージ。そんなに簡単なことでいいのか? 重要な秘密じゃねぇのか?」


 ギルの疑問は当たり前のことだ。

 当然、騎士たちも頷いてはいるが同じようなことを思っていた。


 勇者を目指した騎士たちはごまんといる。ギルでさえ試行錯誤したことがあるくらいだ。

 それでもこの国では初代勇者以外なれた者はいないのである。その情報の価値は計り知れない。


「ややこしいので秘密にしていましたが、お世話になった人には言っても良いかと思いまして。ギルさんに教えてもいいですよ。勇者のなり方」


「なっ! 本当かっ!」


「ええ。助けてもらいましたから」


「……助けた?」


「キングリザードマン戦ですよ。二人で戦ったじゃないですか。あれは僕一人では勝てませんでしたね」


 ギルは特に助けたというつもりはなかった。あれはギル自身のミスで、むしろ助けられたと思っている。

 しかし、勇者になる方法を知れると聞いて心が躍ってしまい、否定することもできなかった。


「ルシィさんはスライム戦から、カイルさんたちはワイルドベア戦、他にもキラーパンサーとエルダートレント戦もありましたし、僕一人では死ぬ所を助けてもらいましたからね。それのお礼ってことです」


 セージは氷魔法でセン茶の温度調節をしたり粉末を加えたりしながら続ける。


「命を助けてもらってるんですから、上級職になる方法くらい言わないと。あっ、勇者じゃなく他の上級職がいいなら言ってくださいね」


「勇者の成り方を教えてくれ」


 即答するギルにセージが笑顔で言う。


「わかりました。神霊亀を撃退したら勇者を目指しましょう。さて、とりあえずお茶を飲みましょうか。一服したら戦闘準備をしてくださいね」


 各自が差し出してくるコップに疲労回復効果を持つセン茶ベースにブレンドした特製茶を入れていく。

 これはラングドン領都からの移動の中で何度もあった光景だ。


 騎士たちは最初は驚きがあったが、セージの振る舞う物に慣れてきていた。

 しばらくすると神霊亀の姿は全体像が見えるほどに近づいて来た。

 その姿をじっと見るセージは真剣な表情だ。


(何か小さくないか? シリーズ最小が九メートルだったよな。それより一回り小さい感じがするぞ)


「大丈夫か、セージ」


 いつになく難しい表情をするセージを見て、ルシールが問いかける。


「大丈夫ですけど、なんだか思ったより小さいんです」


 ルシールは神霊亀を見て、再びセージを見る。


「小さい? あれが?」


「ええ。僕が知っている大きさでは無いですね。行動パターンが一緒だといいんですけど。ありがたいことにHPが想定より低いかもしれませんね」


 ルシールにはわからない領域であり、理解するのを諦めて「そうか」と答える。


「皆さん、撤退の合図は覚えていますね? 光玉もしくはインフェルノが発動したら最優先で逃げてください」


 声だと聞こえない場合があるため、光玉という発光する玉を合図に使うことが多い。

 ただ、不発になる可能性も考えて魔法など他の方法での合図も決めておくのが一般的だ。


「では神霊亀の攻撃と共に突撃します。しっかりついてきてください」


 そう言ってセージは一番前に立ち盾を構える。

 神霊亀の長距離魔法『エクストリームレイ』、通称『亀光線』を受けるためだ。

 光線なので、発動したとわかった瞬間には当たっていることになる。回避不可能の技だ。


 ただし、光線を発射する法則性がある。

 三連続で発射した後、次の発射まで十秒ほど間隔が空く。そして、甲羅には360度16方向に亀光線の砲門がついているのだが、一方向に一つしかついていない。狙われるのはその方向にいる一番前の者だ。

 作戦としては、神霊亀が三回光線を放った後十秒間真っ直ぐに走る、を繰り返すというシンプル方法である。


 どこから攻撃範囲に入るかわからないため、セージは盾に隠れるようにして構えてじっと待つ。

 そして、神霊亀の歩みが止まった。


「来ます!」


 そう言った瞬間、光線がセージを飲み込み、強烈な衝撃が襲う。


「っ……!」


(想像より重い! 光のくせに!)


 ダメージは『スケープゴート』を使ったカイルの方にいっているが、衝撃まで無くなる訳ではない。

 ガッと足を踏みしめて耐える。わずか一秒間だが、終わった瞬間にふらつく程であった。

 そして、一秒後には二撃目が来る。


(くそっ、受けるしかないか!)


 二撃目は一撃目にいた場所、三撃目は二撃目にいた場所を狙う。それが分かっているため、二撃目と三撃目は避けるつもりでいたが、実際にはそううまくはいかなかった。

 何とか体勢を整えて構え、二撃目も盾で受け止めた。強烈な衝撃も来ることがわかっていれば、何とか体勢を崩さずに耐えることができる。


 HPも全く問題なかった。『スケープゴート』は一撃しか守ってくれないが、カイルは『スケープゴート』を再び唱えている。

 そして、ヤナ、ジェイク、マルコム、ミュリエル全員が回復魔法を準備しており、カイルがダメージを受けた瞬間に回復していた。


(よし、これなら!)


 攻撃が終わるタイミングを見計らって、思い切り横に飛ぶ。

 ギリギリで攻撃範囲から外れ、セージの足元を掠めるように亀光線が通りすぎる。


「進みます!」


 セージは一回転して起き上がり、神霊亀に向けて走り出した。


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