第46話 ガブリエール・ザンデル(ガルフ)は鍛冶をする

 セージがラングドン家の研究所長になり、領都へと旅立った。その後から、ガルフの鍛冶に対する姿勢が変わっていた。

 仕事は変わらないのだが、それとは別に魂を込めるように集中して鍛冶を行い、魔法剣などを作り始めるようになったのだ。


 魔法武具はその名の通り魔法の追加効果があるような武具のことで、例えば炎を出す剣などが当てはまる。

 弟子たちは、どうしたのかと初めは思っていたが、五ヶ月経った今では日常になりつつある。


「今日の親方も気合い入ってるなぁ」


「流れるような手捌き、さすが親方だ」


「最近は夜中に魔法剣まで打つようになってんだろ?」


「昔はたまに作ってたみたいだがここ何年かはさっぱりだったからな。急に魔法剣の原料なんて買って来るように頼まれて驚いたぜ。何があったか知らねぇけど、やっぱ親方はすげぇや」


「親方、飯食わねぇで大丈夫か? 俺はもうとっくに食っちまったぜ。そろそろ言った方がいいんじゃねぇか?」


「馬鹿野郎。今声かけたらぶん殴られるぞ」


「今日は俺が指導される番だってのに、時間がなくなっちまうよ」


 ごそごそとガルフの弟子たちが遠巻きに見ながら会話する。

 セージがいたときまでなら自由に話しかけても問題はなかったが、今は違う。

 今までなかったルールが追加されたのだ。


 午前中に剣や盾を打っていたら何があっても親方に話しかけないこと。

 一日一弟子だけ一対一で指導を受けられること。

 その後、仕事が終わる時間までは質問してもいいこと。

 そして、それ以降は親方一人の時間になる。


 作業を見るのは自由なので、昼休憩の時間などはこうして弟子たちが集まってガルフの手元を観察することも多い。


 このルールが出来たのは、ガルフが剣を打っている途中で弟子の一人に話しかけられた時に烈火の如く怒ったからだ。

 前までは質問をされても答えられるくらいに余裕があり怒ったことなどなかった。

 ガルフはそれを思い出し、後で謝ったのだが、どうしても集中したかったため、ルールを作ったのである。


 今のガルフは一つ一つの動作に全身全霊をかけており、余裕など全くない。これについてはガルフ自身驚いたことでもある。

 前までの鍛冶仕事は手を抜いていた意識なんて全くなく、出来は誰よりも良かった。

 しかし、やはりどこかでこの程度で良いだろうという妥協が入っていたのだ。その事に今さらながら気づいた。


 自分のことばかりではなく弟子の指導もしっかりすべきだと考えて、一日一弟子限定で時間を取ることにした。

 これは弟子のためでもあり自分のためでもある。


 教えるということは自分の作業を理解することに繋がるのだ。

 鍛冶は感覚的に学ばなければならないことが多い。それを伝えようとすると、さらに深く考えていかなければならない。それによって自分の中の曖昧さが消えていくとガルフは考えていた。


 また、自分の技を伝えていくことも使命だと考え始めたからでもある。

 弟子からすると、ガルフの指導を受けられるというのはありがたいことであった。


 厳しさの中に鍛冶への想いがあり、容赦なく的確、確実に自分の技術向上に繋がるとあって早く自分の番が来ないかと待っている者も多い。

 今まではガルフが見回り、部分的にアドバイスを言うくらいだった。一人に長い時間をとるなんて今までなかったので、大きな変化だ。


 ガルフは打ち上がった剣をよく眺めて確認すると、一つ頷き剣を置いて立ち上がる。

 そこで弟子たちが集まって見ていることに気がついた。


「お前ら集まって何やってんだ?」


「見学していました!」


 そう答えたの鍛冶師のダニーだ。南の町で鍛冶師をしていたが神霊亀に滅ぼされて逃げてきた者である。


 鍛冶師はどうしても高温の炉などの施設が必要になるため、一から始めるのは難しい職業だ。そこで町で一番と言われているガルフの鍛冶屋を訪ねて、ガルフの腕に惚れ込んだ。

 ダリアよりも新入りではあるが、腕前は高く、はっきりした物言いが特徴だ。


「ダニー、俺が最後に炉から出してから、どこに何回叩いたかわかるか?」


「いえ、わかりません!」


 はっきり言うダニーにガルフはため息をつく。周りの鍛冶師たちは、よくそんなことはっきり言えるなという目を向けていた。


「まったく。見学っつうのは見るだけじゃねぇんだぞ。手元を、剣の状態を良く見て、自分が打つ時をイメージしろ。今は俺が個別で教えてっからって、見て学ぶことがなくなった訳じゃねぇんだぞ」


「はいっ!」


「あとな、もっと近づいて見ろ。そこじゃあ炉の中が見えねぇだろ」


「いいんですか?」


「邪魔なとこには立つなよ」


「ありがとうございます!」


 ガルフはドカッと椅子に座ると「飯」と言った。いつもはダリアが用意するのだが、今は冒険者ギルドに魔法付与した剣と盾を作るための素材を取りに行っている。

 代わりにダニーが用意していると、ダリアが思い切りドアを開けて転がるように入って来た。


「親方ぁ! くっ、来るみたいです! すぐ、逃げましょう! 緊急事態です!」


「うるせぇぞダリア! 何言ってんだ!」


 突然叫びながら鍛冶場に入って来たダリアにガルフは拳骨を落とす。

 久々にくらった拳骨にダリアは「くぅ」と変な声を漏らした。


「落ち着いて話せ!」


「すみません。神霊亀が動き出したんです! こっちの方に来てるらしいです!」


「すぐに来るのか?」


「あと一週間くらいらしいです……それでこの町は終わりです」


 頭を押さえながら絶望するダリアと正反対に、ガルフは強い意思を瞳に宿した。

 そして、ニヤリと笑いを浮かべる。


「そうか、来たか。早いじゃねーか、まったくよぉ。二年後とか予想外れてんじゃねぇか、セージ」


「えっと、親方? どうしたんですか?」


 ぶつぶつ言いながら立ち上がるガルフにダリアが戸惑って問いかけるが、ガルフは答えずに声を張り上げた。


「おい聞いたか! ここに神霊亀が来る! 逃げたいやつは逃げろ!」


 鍛冶師たちがガルフの方を向き、その内の一人が問いかける。


「親方はどうするんですか?」


「俺は残る。頼まれごとを済ませねぇとな」


「俺たちもやります! すぐ終わらせて逃げましょう!」


 その言葉にガルフは首を振る。


「こいつは俺しかできねぇ仕事だ」


「いつまでかかるんですか? 親方だけ置いて行けませんよ!」


「さぁな。できたモンも渡さなきゃなんねぇし。取りに来るまで待つぜ」


「こんなときに来るやつなんていません!」


 その言葉にガルフは真剣な目を向ける。


「確かにな。だが、セージは来る」

 

「セージ? 今は王都にまで行ったらしいですよ! 来るわけないです!」


「あいつは神霊亀と戦うために来る」


「いや、王都からじゃ間に合わ、って神霊亀と戦う!? セージが戦ってどうなるんですか! 千人もの騎士が立ち向かって蹴散らされたんですよ! 神霊亀は倒せる相手じゃありません!」


 ガルフはそう言った鍛冶師をギロリと睨む。


「だからなんだ?」


「なんだ、って、親方がどんなにいい武器を作っても神霊亀は倒せな……」


「倒せる倒せねぇってのが鍛冶師に関係あるか?」


 ガルフの言葉に鍛冶師は口ごもる。


「お前は鍛冶を頼まれて、戦う敵にまで口を出すのか? 敵が強えぇから作らねぇって言うのか?」


「いや、そんなことは、ないですが……」


「俺はセージから神霊亀と戦うための装備を頼まれた。わかるか? 俺はその依頼を受けてんだよ。何があろうと、俺は鍛冶師として全身全霊を持って世界最高の剣と盾を作る。それだけだ」


 そう言うと、どしんと椅子に座って食事を開始した。

 鍛冶師たちはガルフの意思にもう言うことはなかった。


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