第47話 ガルフは弟子を増やす
初めてセージと出会ってから四年後、セージがまだ九歳の時のこと。
セージがガルフの元に改まった顔つきでやって来た。
「どうした。またややこしい器具を作れって依頼か?」
セージはトーリの店で様々な薬を作っている。高品質薬を作る際に使う器具は今までに無いものも多く、その製造器具を全てガルフに作ってもらっていた。
「いえ、今日は違います。ガルフさん、ここで働かせてください!」
「お前はすでに薬屋で働いてんじゃねぇか」
「ここで働きたいんです!」
「おいおい、トーリの所はどうするんだよ。それにまだ九歳じゃなかったか?」
「ここで働かせてください!」
ガルフは同じ言葉を繰り返すセージを見る。表情は真面目に取り繕っているが楽しそうな雰囲気を感じた。
(また訳がわからねぇこと考えてんのか。こいつはたまにこうなるよな。変わったやつだ)
器具の発注をしに来たとき、セージがたまたま通った飛行魔導船を見上げていたので「乗りたいのか?」と聞くと「飛べない豚はただの豚ですからね」と答えたり、容赦ないダメ出しに落ち込む弟子のダリアに「諦めたらそこで試合終了ですよ」と慰めたりしていた。そういうときと同じ顔だ。
「……わかったよ。じゃあ、明日の朝から来い。先に言っとくが鍛冶師の仕事ってのは楽なもんじゃねぇぞ。それに、新入りは雑用からだ」
「了解しました!」
それからセージが毎日欠かさず来るようになったが、最初ガルフは心配をしていた。
現在ガルフの鍛冶屋には二十人程の鍛冶師がいて、町にある三つの鍛冶屋の中で最も大きい。
それに、他の鍛冶屋は窯業専門であったり、鋳物ばかり作ったりで、ガラス製品や武器を作っているのはガルフのところだけだ。
なので、ガルフの鍛冶屋に弟子入りしてくる者はそれなりにいる。しかし、辞めていく者が多くて数人も残らない。
ダリアと同じ年に入った者は、ダリア以外全員辞めていった。
人や場所に馴染めない場合もあるし、過酷な環境に耐えられない場合もある。
鍛冶場の暑さにやられて倒れ、それっきり来なくなった者、重労働に腰を痛めて辞めていった者もいる。
そもそも十歳に耐えられるような場所ではない。
ガルフはセージもすぐに辞めてしまうんじゃないかと思って心配していたのである。
しかし、セージは順調に仕事をこなし、この鍛冶屋に馴染むのに一ヶ月とかからなかった。
「ダリアさん、特製茶です。必ず飲んでくださいね」
「ありがとう、助かるよ」
「おい、早くこっちにもくれ!」
「はーい!」
大人にも臆することなく対応し、有能であるが謙虚にしているのが好まれた。
当時のセージのレベルは20であり、INTやMPは人間離れしていた。なので、大人と同程度の力になっていて力仕事もでき、生活魔法は千回以上使える。
火起こし、風送り、換気などの全てをセージ一人の魔法で賄い、水分補給にいたっては薬師と調理師をマスターしたセージが塩やセンの葉などを加えた特製であった。
(まさかこんなことになるとはな。あいつが居なきゃやっていけなくなるぜ)
体調を崩すものはほとんどいなくなり、ミスが減って品質は上がった。良いものが作れるとやる気も出る。
職場の環境は劇的に改善し、ガルフとしても助かっていた。
(それに鍛冶の腕前も見込みがあるってんだからな。ダリアは焦ってんじゃねぇかな)
鍛冶師の見習いになったとしても、すぐに鍛冶ができるわけではない。
半年から一年程度はきっちり雑用をこなして、それからやっと鍛冶ができる。ここまでたどり着く者が一握りであった。
しかし、セージは一ヶ月後には全ての雑用をこなしていた。
大人並みのステータスと並外れたMPがあったからこそ可能なことで、普通は無理である。
セージの働きによって鍛冶師たちの仕事に余裕ができたこともあり、二ヶ月経たないうちにセージは鍛冶を教えてもらえることになった。
そこでもセージは子供とは思えない力を見せた。鍛冶師に教えてもらいながらも手際よく作業し、品質は悪いがちゃんとした製品になったのである。
ちなみにこの世界でちゃんとした製品とは鑑定で名前が表示されるものとされている。製品に成らなかったものは原料名が表示される。
見習いは陶器をつくるのだが、ガルフの鍛冶屋では最初の鍛冶だけ鉄のナイフを作り、鍛冶師として働いている間はそれを大切に保管するという慣習がある。
たいていは製品にならず、鑑定すると『鉄』としか表示されない。セージは『鉄のナイフ 低品質』と表示された。
前世の記憶の影響があり、器用のステータスも高く、雑用をこなしながら鍛冶師たちの様子をずっと観察していたことが功を奏した。
もちろん最初から製品になる場合もあるのだが、多くの者はうぬぼれてしまい結局成長しなかったりする。
しかし、セージはそのことに満足することなく、鍛冶に邁進した。
実際の所セージとしては、鍛冶にというよりはランク上げに邁進していたのだが。
(本当にあいつは何なんだろうな。あれから少しでも空きがあれば鍛冶に取りかかってめきめき腕を上げて、二年ちょっとで鍛冶師をマスターしちまいやがった。でも、それは金のためじゃねぇってんだからな)
見習いでは珍しく、セージには少し給金を渡すことにしていた。
セージが来て以降、利益が目に見えて上がったからだ。多少セージに渡そうと利益を考えると微々たるものだ。しかし、セージはそれを全て孤児院に寄付していた。
これはセージが孤児院で肉を食べたいからと、セージに時間が無くなった分、孤児院の子供に薬草などを採取させるためだ。
自分が欲しいものは薬屋の利益だけでなんとでもなる。
しかし、ガルフたちはそんなことは知らない。セージが給金の全てを孤児院に渡していて、そのことをしばらく経ってレイラから聞き感動したのである。
セージの知らないところで株が上がっていた。
(それに、出ていくときにとんでもない物を残していきやがって)
セージがラングドン家の研究所長になり、さらに王都へ行くという話を急に聞いたときのことだ。
セージのサポートが受けられなくなると知って嘆く鍛冶師たちの中、ガルフはやっぱりそうかという気持ちだった。
セージがこんなところで満足するわけがないと心の隅で思っていたのである。
考えていたより早かったがいずれ出ていくだろうと想定していた。
鍛冶場の環境が良くなっている今、なかなか元に戻せない。これからどうするかということがガルフの考えることだった。
とうとうセージが最後の仕事日になったとき、ガルフは仕事終わりに呼ばれた。
この時から、ガルフのドワーフ生が変わった、いや、進みだしたと言っても過言ではない出来事が起こったのである。
「どうした? 二人で話すことがあるなんて珍しいじゃねぇか」
仕事は終わっているのに一つの炉がついており、その前にセージが立っていた。
セージの表情はいつも通りだが、いつになく真剣な雰囲気があった。
「ガルフさんにお願いがありまして。いくつかの武具を作って欲しいんです」
「はぁ? 何言ってんだお前、自分で作れるだろ?」
「最高の品が欲しいんですよ。僕が作るより確実に良い物ができますから」
鍛冶師をマスターしたと言っても出来映えは変わらない。
薬師をマスターしていたトーリが普通品質の回復薬を作っていたように、作り方が重要なのである。
そして、ガルフの腕前は王国の中でもトップクラスだ。
「まぁいいがな。餞別だ。何でも作ってやるよ」
「ありがとうございます。では遠慮なく、気合いの盾、精霊の籠手、氷結の剣をお願い……」
「おい、セージ。本気で言ってんのか?」
セージの言葉をガルフは遮る。その声に怒気が帯びているのは、それらの武器はガルフが作れないものであったからだ。
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