第45話 ルシール・ラングドンはルシィになる

 すぐにラングドン家に帰ると、ノーマンから至急セージを呼び戻して欲しいと言われて飛行魔導船に乗った。


 ノーマンは領主であり、領地を守るのが義務だ。当然ラングドン領に神霊亀が来た場合、戦わなければならない。

 しかし、ノーマンは勝てないと考えていた。


 実は、ノーマンは八年前の戦いで負けている。

 かつてラングドン領から南にあった領、ナイジェール領に神霊亀が攻めてきたときのことだ。


 ナイジェール領はラングドン領に援軍を求めた。

 すでに領地の境界で敗戦し、領内に侵攻していたので後がなかったのである。


 当時ノーマンは当主ではなかったが、代替わり間近であった。神霊亀との戦いで敗戦しなければ、すぐに代わっていただろう。

 援軍の総大将としてナイジェール領都で神霊亀を迎え撃ち、大敗した。神霊亀は圧倒的だった。


 ナイジェール軍六百人、ラングドン援軍二百人、冒険者二百人、総勢千人が神霊亀に総攻撃を仕掛け、実際に攻撃できるところまで近づけたのが約百人。九割は遠距離攻撃によって壊滅もしくは逃走した。

 百人で攻撃したと言っても、わずかにでもダメージを与えたという感触を持ったのは十人もいない。

 結果として全軍退却し、ナイジェール領は滅亡した。


 神霊亀はノーマンにとって苦い思い出であり、勝てる想像ができない相手であった。

 ノーマンは当主になってから魔法騎士団や研究所を立ち上げ、大型弩弓などの兵器を開発していた。

 しかし、わずか二年では発展途上であり、まだ勝てるとは思えなかったのである。

 唯一可能性があるならばセージが王都で新たな知識を得て帰ってくることだ。その一縷の望みにかけてルシールを送った。


 必ずセージと共に帰るようルシールは言われたが、セージが見つからなければ王都に居ろということである。それはルシールが戦いに出ないようにするためだ。

 ノーマンは自身以外の家族を全員、娘の嫁ぎ先に様子を見に行くなどの理由をつけて領外に出していた。


 ルシールは名目上次期当主であり戦うべきである。そして、本人もそれを望んでいた。

 飛行魔導船は朝に着いたところだが昼にはラングドン領に引き返すのだ。タイムリミットは数時間しかない。


 セージに会い、役目を果たすことが第一だが、もし見つからなくても領に戻って戦うつもりであった。

 セージに会えなくても、会ってラングドン領に戻ることを断られても、何があろうと自分のしたいようにするという覚悟を持って王都に降り立った。

 そして、その覚悟は早速無駄になる。


「あれ? ルシール様? こんなところでどうしたんですか?」


 声の方を向くと、そこにセージがいた。


「セージ? お前こそどうしてこんなところに?」


「どうしてってラングドン領に帰るんです。あっ、無事に入学試験は合格しました。色々と教えていただきありがとうございました」


「あぁ、それは良かった。私は役にたたなかったがな。いや、それよりラングドン領に神霊亀が動き始めていて、あっ、神霊亀っていうのはだな……」


「ルシール様、大体のことは聞いていますので大丈夫ですよ。ノーマン様に試験に合格したことを伝えるついでに神霊亀を追い払っておきます。僕の故郷を潰されるわけにいきませんからね」


(追い払うって可能なのか? お父様やギルでさえ勝てなかった相手に……いや、違うな。セージはできるから言っているんだ)


 さも当然のように言うセージに、ルシールは少し戸惑ったがすぐに納得する。


「わかった。私も戦う。戦い方を教えてくれ」


「もちろんいいですよ。とても助かります」


 そこでカイルとマルコムが口を挟んだ。


「セージ。説明して欲しいんだが」


「そうそう。一緒に戦うのはいいけどね?」


「そうでしたね。ルシール様、こちらは僕が王都でお世話になっていたカイルさんたちで有名な冒険者のパーティーなんですよ」


「俺がカイル。あとはマルコム、ミュリエル、ヤナ、ジェイクだ」


「私はルシール・ラングドン。パーティーの名前は『悠久の軌跡』か?」


 ルシールの言葉にカイルは少し驚く。


「良く知っているな。あまり言わないんだが」


「今はラングドン男爵家として来ているが、普段は冒険者だ。王都の一級冒険者パーティーの名前くらい知っている」


 冒険者は十級から一級までランク分けされており、一級のパーティーはほとんどいないため有名である。

 カイルたちは一級になるのに十年以上かけたが、それでも運が良かったと言えるほどだ。

 カイルとルシールの会話にセージが口を挟む。


「パーティーに名前あったんですね。知らなかったんですけど」


「セージには言ってなかったからな」


「教えてくださいよ。いやー格好いいですね、悠久の軌跡。カイルさんが決めたんですか? 意外とこういう名前をつけるんですね」


 セージが半笑いになりながら言った。カイルは少し眉根を寄せて答える。


「お前は笑うだろうと思って言わなかったんだ。若い頃つけた名前だよ。有名になると名前も変えにくくてそのままだ」


「僕もパーティー名をつけるときは参考にしますね。くふっ」


 カイルは笑いを溢しながら言うセージを呆れたように見て、ルシールの方を向く。


「まったく。それで、ラングドン男爵令嬢、俺たちもセージと共に神霊亀と戦う予定だ」


「そうか、共闘だな。私のことはルシールでいい。呼びにくいだろう」


 冒険者は敬語を使ってはいけないという慣習があり、貴族に対しても丁寧に話したりはしない。男爵令嬢などという言葉を使うのも珍しいくらいだ。

 丁寧に話すことがないため粗野だと思われており、冒険者は貴族からあまり好かれていない。

 ラングドン家は初代が元冒険者なのであまり気にしないタイプである。


「ああ助かる。長いなと思っていたんだ」


「そっちはカイル、マルコム、ミュリエル、ジェイク、ヤナでいいな?」


「すぐ覚えるなんてすごいね! 私はミュリでいいよ! ルシールはルシィでいい?」


 ミュリエルは獣族と人族のハーフであり特に女の子に対しては愛称をつけたがる。

 獣族は愛称で呼び会うのが普通だからだ。ちなみに、ヤナはエルフ族なので愛称ではなく偽名である。


「ルシィ?」


(愛称? そういえばそんな愛称で呼ばれたことなんてなかったな。ギルはお嬢と呼んだりするが、あれは愛称ではないし。ルシィなんて初めてだ)


 人族の中でも愛称をつけることはあるが、貴族は愛称を使う習慣がない。

 というよりも、愛称をつけるのは品がないとか相手を下に見る行為だとされ、避けられている。


「ミュリ。急に言っても戸惑うだろう。すまないなルシール」


「いいや、ルシィと呼んでくれ。呼びやすくていい愛称だ。ミュリ、ありがとう」


「どういたしまして!」


 嬉しそうに笑うミュリにルシールもつられて微笑む。


「じゃあ僕もルシィさんって呼んでいいですか?」


 セージもここぞとばかりに提案する。実はルシール様と呼ぶのが面倒だと思っていたからだ。


(冒険者からならまだしもセージからとなると、示しがつかないけど、まあいいか。どうせラングドン家からは離れるつもりだ。それに、セージだしな)


「好きに呼んだらいい」


「ありがとうございます。さて、飛行魔導船に乗りましょうか。パーティーの場所を決めて荷物を運ばなきゃいけないんですから急がないと。それに飛行魔導船に乗るの楽しみだったんですよね」


 セージは嬉しそうに飛行魔導船の中に入っていく。

 カイルたちもついていくが、一級冒険者なので依頼によっては使うことがあり、慣れたものだ。


(こんなところは少年のようなんだがな)


 ルシールは緊張感のないセージに呆れながらついて行くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る