第44話 ルシール・ラングドンは覚悟する
ルシールはセージと話をした後、再び騎士を目指すことを決めた。
そして、伸ばしていた髪を短く切り、変装して冒険者になった。
弟が12歳になるまでは次期当主としているが、それが終われば家を出る。
髪を切った姿でそれを言うと、母親からは悲鳴と共に説教を受けたが頑として意見を変えなかった。
もちろん当主のノーマンにも話をしに行った。
覚悟をして挑んだものの、ノーマンは「ラングドン家の娘として誇り高く生きろ」とだけ答えた。
それはルシールにとって意外な言葉だった。すぐにでもラングドン家から追い出されるかと思って、いつでも出られるよう先に冒険者になったり、生活に必要なものを用意したりしていたのだ。
まさか受け入れられる、しかも家名を捨てなくてもいいとは思っていなかったのである。
一時的な次期当主という立場に立たせてしまった負い目があったからか、セージとの縁という打算があったからか、ただ単に娘に対する甘さが出てしまったからか。
なぜ激励のようにも聞こえる言葉だけで終わったのかルシールにはわからなかった。
ノーマンの言葉に「はい」と答えて頭を下げ退室した。
その後から五ヶ月、ランク上げに明け暮れた。全ては勇者になるためだ。
マーフル洞窟でゴーストへの回復魔法を使うとダメージ、さらに復活の魔法である『リバイブ』を使うと一撃で倒せることをセージから教えてもらった。
ランク上げの方法を知ったルシールは特定の魔物を狩り続けて根絶やしにした。
あまりに大量の魔物を狩ると出現しなくなるのだ。
これは魔物の数が無限ではなく、そしてHP回復時間が設定されているからだ。
スライムならHP0になって逃げてもしばらくするとHPが回復して出現するが、レベル50以上で倒す魔物になるとそう簡単には復活できない。
マーフル洞窟の全てを一掃するまで578体という大量の魔物を倒した。
マーフル洞窟は定期的に討伐隊が組まれるとは言っても、大してINTの高くないレベル50の聖騎士がレベル50以上で格上になるゴースト系と戦って勝てる訳がない。
討伐は上層までで終わらせていたため、何十年もの間放置されて溜まった魔物が大量にいたのである。
しかし、二つの職業をマスターするには後22体必要だった。その後は別の場所でランク上げをしたのだが、ランクを上げることだけに集中していても一ヶ月以上かかった。
結局二ヶ月かかったのだが、それで商人と旅人をマスターしたのだから、通常のランク上げでは考えられないほど早い。
そして、とうとう賭博師のランク上げに取りかかった。
賭博師のランクは学園時代に友人パスカルに誘われて三年間ギャンブルをしていたため、表示された時点でランク36まで上がっていた。
ルシールはギャンブルにハマっていたわけではなく、勇者になるためには必要だと言われて真剣に取り組んでいただけである。
当時ルシールは十二才だったが、ギャンブルが必要とは思わなかったし、そもそも学園でギャンブルは禁止である。
ちなみに初代勇者の第三騎士団の一件から騎士団でも全面禁止になっている。
普通なら信じなかっただろう。ただ、それを言った友人、パスカルは勇者の孫であり、子供は親の職業を受け継ぐため本人も勇者だった。
ルシールはパスカルから言われたため、勇者になるためにはギャンブルが必要だと信じてしまったのだ。
パスカルは勇者の血を引き継いだからか根っからのギャンブル好きで、ただ単にギャンブルがしたかっただけである。
ルシールが興味を持ちそうなことを口から出任せで言っただけだった。
まず最初にルシールを誘ったのも、第一学園の騎士科にはほとんどいない女子だったからだ。
ギャンブルが禁止されていてもルシールがいたら人が集められるだろうとの考えだ。
学園卒業前に最後の賭博を盛大にやって、教官に見つかりルシールはパスカルと共に主犯の一人にされた。
二人とも王国騎士団に入る訳ではなかったため進路に影響することはなかったが、学園内で厳しい罰が与えられた。
ただ、ルシールにとっては罰よりも、パスカルから勇者になるために賭博が必要だと言ったのは出鱈目だったと聞き愕然とした。
さらに、ラングドン領に帰ると、その情報が伝わっていた親から激怒されることになる。
それ以来賭博には手を出していなかった。セージから賭博の話を聞いたときに真っ先に思い浮かんだのはパスカルだ。
当時は恨みしかなかったが、賭博師ランク36を見たときには感謝した。
(まさか悪友パスカルに感謝する日が来るとはな。人生わからないものだ)
そんなことを思い出しながら賭博師のランク上げに勤しんだ。
賭博場や闘技場にいったり、ギルや騎士団の一部を巻き込んでセージから教えてもらった賭け事をしたり、約三ヶ月間みっちり集中して賭博師のランク上げをした。
マスターしたのはセージから教えてもらった『手本引き』と呼ばれる賭博をギルや騎士数人と一緒にしていた時のことだ。
簡単にいうと、親になる一人がカードを選び、他の人がそれを当てるというゲームである。
ルシールに親の番が回ってきたとき、選んだカードを全員に当てられて、持っていたお金が全て巻き上げられた。
悔しく思いながらも賭博師のランクが上がってないか確認した。
セージから教えてもらっている賭博は聞いたことがないようなものばかりで、ランクが上がりやすい。
手本引きを始める前はランク48で、数時間しか経っていない。でも、49になってれば良いというくらいの気持ちで確認したのだ。
そして、賭博師マスターの言葉と共に待ち望んでいた文字が見えたのだ。
『Joukyuu-shoku Yuusha ranku 1』
不意打ちのように出てきた職業を見た瞬間、ルシールはしばらくの間固まり、そして何度も確認する。
(まさか、本当に? 夢じゃないよね?)
聖騎士と賭博師をマスターすると勇者になれる。セージの言った通りだった。
ルシールは呆然としながら、走馬灯のように今までのことが思い出される。そして抑えきれない気持ちが込み上げて、涙が流れた。
(ついに……辿り着いた……! セージの言っていたことは本当だったんだ……!)
セージの言葉を信じていたと言っても、心の隅に残る僅かな疑念が消えることはなかった。
そもそも藁をも掴む思いで信じたことだ。
セージ自身も勇者になっていないのに、絶対勇者になれるだなんて信じきれる訳がない。
例え、セージが勇者になれようとも、信じきることはできなかっただろう。
初代勇者もセージも遠い存在で、結局自分には勇者になれる才能は無いんじゃないか。どれだけ頑張ろうとそんな考えが頭から消えることはなかった。
全てをマスターしてもステータスに勇者が現れず途方に暮れて立ちすくむ自分の夢を見て飛び起きる、なんてことも良くあった。
憧れで終わっていた勇者、壁を超えられずなれなかった騎士、貴族の娘として何もできない自分。
苦しんできた人生でやっと一歩踏み出した気がした。
ちなみに、一緒に賭博をしていたギルや騎士たちは、ルシールが負けた後に突然泣き始めたので大慌てで謝ったりおろおろしたりと大変な目にあっていた。
その日はすでに夜だったが、こっそり教会に忍び込んで職業を勇者に変更した。
そして、勇者になったことは誰にも言わずに秘匿している。
まずはセージに伝えようという気持ちがあったのと、王国に知られたくなかったからだ。
勇者になったことを王国が知ると、ルシールを上位貴族に迎え入れるだろう。
そして、王族の誰かと結婚させられ、勇者になる方法を聞き出すか、子を成せと迫られることはわかりきっている。
男である初代勇者ならまだしも、女であるルシールにとってそんな縛りをかけられると自由に生活することさえ困難になる。
もちろんメリットもある。勇者として認められ、王国女性騎士団の団長になることも夢ではない。そして、生活は豊かになるだろう。
しかし、ルシールにとってそれは魅力的なことではなかった。
ルシールは好きに生きると覚悟を決めたのだ。
職業だけの勇者、形だけの騎士に意味はない。魔を斬り払う勇者、人を守る騎士になる。
名誉、地位、金よりも大切なもののために人生を使うと決めた。
そのためにまずは強くなること、そして冒険者として困っている人々を助けて回ろうと考えていた。
次の日から賭博をぴたりと止めて勇者のランク上げを始めた。
勇者の補正によってステータスが大幅に向上し、ランク上げは少し楽になった。
レベル50以上に適した魔物の多くは上級職になっていることを前提としている。中級職で戦うのは厳しかったのだ。
そして、ランク上げを始めて一ヶ月後、神霊亀が動き出したという情報が流れ、ラングドン領は大騒ぎになった。
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