第40話 カイルは焦る
エルダートレント。
ギガトレントをさらに大きくしたその体長は軽く五メートルを超える。幹は両手を広げたサイズよりも太い巨木だ。
枝も長く太く、振り下ろし、薙ぎ払い、縦横無尽に襲い掛かる枝が脅威の魔物である。
中級冒険者では束になっても勝てないだろう。
カイルたちのような上級冒険者であっても三人で相手をするのは厳しいが、何とか戦況は安定していた。
ただ、カイルには焦りと迷いがあった。エルダートレントと戦ってしばらく経つがHPが大きく減った様子がないからだ。
エルダートレントはHPが半分以下になると葉が黄色に、一割以下になると赤色になると言われている。今はまだ緑のままだった。
カイルたちは今までに戦ったことはなかったが、ギルドでボスの情報は出回っている。
ボス戦は冒険者にとって一番危険であり情報収集は基本だ。当然エルダートレントの色の変化のことは知っていた。
残りHPによって行動が変化するタイプは多いが、ここまで分かりやすい魔物は珍しいので有名である。
戦う前はHPがわかるなんてやり易いと思っていたが、緑色のまま変わらない葉を見ていると、まだ半分にも達していないのかと焦りが出て来ていた。
しかし、なかなか思い切って攻勢に出ることも難しいパーティーだった。
カイルは聖騎士で守りは得意だが、攻撃を積極的に行うタイプではない。ミュリエルが一番の攻撃役だ。
さらに今は前衛一人で攻撃を一手に引き受けている。なかなか攻撃に移ることが出来ずにいた。
ヤナはエルダートレントの大技『枝葉乱舞』に合わせて『フレイム』を発動することで、その技の威力を低減させていた。
『枝葉乱舞』の対処の方法もギルドからの情報である。回復専門の役がいないカイルのパーティーで大ダメージを受けるのは厳しい。
そのため、ヤナはいつでも『フレイム』を発動できるように、自由に魔法を放ち続ける訳にはいかなかった。
ジェイクは支援のバフと回復で忙しい。バフは手を使うので弓矢が持てないし、回復呪文を唱えていると特技を放つことができない。必要があれば弓矢で攻撃するが、大きなダメージは見込めなかった。
(これじゃあ倒すまでにまだまだ時間がかかるぞ。ミュリ達は今どうなっている? やはりセージはこっちに呼び寄せるべきだったか? 急がなければ)
カイルはすでに一度MP回復薬を使っていた。つまり回復魔法や特技を相当数使ったということである。
それでも青々としたエルダートレントを見ると自分が攻撃に出るしかないと思ってしまう。
(一旦攻撃に転じよう。リスクはあるが仕方ない)
「攻撃に入る! 支援してくれ!」
ムチのようにしなり襲い来る枝を受け止めた後、全力で走りエルダートレントに接近する。
『メガスラッシュ』
弱点である木のコブに剣を一閃。エルダートレントはカイル目掛けて枝を振り下ろす。エルダートレントの攻撃を正面から受け止め、剣を返す。
『メガスラッシュ』
振り上げる一閃、それと同時にカイルの上でファイアランスが弾ける。
普通なら一撃目で下がって、代わりにヤナの魔法が入る所だ。
しかし、今回は二撃目に加えて三撃目に入った。
(まだいける!)
『メガスラッシュ』
カイルの攻撃と同時にエルダートレントの丸太のような枝が直撃した。カイルが地面を転がる。
即座にジェイクが狩人の特技『レインアロー』を発動し、エルダートレントに矢が降り注いだ。
この攻撃によってエルダートレントの葉の色が黄色に変化する。
(やっと半分か。ペースを上げないと)
カイルはすぐに立ち上がり、少し下がって体勢を立て直した。HPが回復しているのを確認すると再び接近戦を挑もうと前に出る。
「カイル! 下がれ!」
それを止めたのはジェイクだ。ジェイクは白いローブに鈴や木魚のような楽器、そして弓矢を装備しており、その姿は何ともちぐはぐである。
呼び止められたカイルは仕方なく後ろに下がった。
「どうした、ジェイク」
「どうしたじゃない。前に出すぎだ。ヤナにも攻撃が届いている。俺がフォローしているが、こんな状態は長く続けられない」
話している間もエルダートレントの戦闘は続く。カイルは攻撃を盾で受け止め剣で打ち払いながら答える。
「しかし、あと半分だ。攻勢を強めて……」
「焦りすぎだ」
カイルの話に被せるように断言すると、木魚をポクポク鳴らし始めて言った。
「仲間を信じろ」
その言葉にカイルは一瞬止まってしまい、慌てて迫る攻撃を防御した。
ジェイクは木魚のバフに加えて呪文を唱え始めており、こうなると会話はできない。
(仲間を信じろか。まさかジェイクに言われるとは)
ジェイクは、話はするが積極的に会話するタイプではなく、町に着くと基本的に一人行動を好む。
冒険者としてパーティーを組んで長いが、カイルはジェイクの出身地さえ知らない。仲間意識が希薄なのかと思っていたので意外だったのである。
ジェイクに言われてカイルは自分の焦りを自覚し、少し落ち着きを取り戻した。狭まっていた視野が広がる感覚がする。
エルダートレントが『枝葉乱舞』の動きをしたときカイルは少しだけ前に出た。
(そうか、確かに焦っていたな。無理な攻撃をするのではなく、どこに攻撃を増やす隙があるか探せ。連携を考えろ)
目の前にフレイムが発動される。エルダートレントの姿が見えなくなるが、攻撃を予測して防御の姿勢を取る。そして、フレイムが消えると共に踏み出した。
『メガスラッシュ』
エルダートレントもカイルに攻撃するが、特技発動後すぐにバックステップで離れた。
『シールドバッシュ』
追い縋るように伸びてくる枝に特技を当ててダメージを稼ぐ。再びジェイクの『レインアロー』が発動。
(よし、焦るな。ヤナの魔法を待とう)
薙ぎ払われる大枝を受け止めて剣を打ち付ける。直接本体に当てるよりダメージは小さいがリスクも小さい。
少しでもダメージを増やすため小さな攻撃を積み重ねる。そして、ヤナの魔法と共に前に出て大きなダメージを与えてジェイクの弓矢を避けるように引く。
(ミュリ、マルコム、セージ、無事でいてくれよ)
そう思ったとき、後ろから声が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます