第39話 マルコムはタンクになる

 マルコムは種族としては人族だったが、祖母が小人族だった影響で人族の中では女性を含めた中でも小さかった。


 そして、それはステータスにも影響する。

 素早くて器用だが、力はないし魔力も少ない。

 冒険者に向いているとは言えなかった。

 それでも冒険に憧れて冒険者になり、一級冒険者パーティーの一員として活動できている。


 それは職業が万能タイプだったからだ。下級職をマスターし、中級職の暗殺者として技能を磨いてきた。

 何か特化している訳ではないが、前衛でも後衛でもいける万能さがあった。


 そんなマルコムから見てセージは、焦りを覚える相手だった。

 下級職全てをマスターしている上に、魔法の発動速度は誰よりも速い。


 一緒に戦ってみると聖騎士のはずのセージが、暗殺者の特技を使っていることがマルコムにはわかった。

 さらには、ダイダルウェーブなどの特級魔法を使いこなし、格上の魔物を目の前にして臆することのない胆力もある。

 近接戦闘はまだ負けないだろうが、セージは十二歳の人族だ。マルコムのステータスは後数年で抜かれてしまう可能性が高い。


(本当に優秀だよね。引退を考えるべきかなぁ)


 ミュリエルの動きを考えながらキラーパンサーの死角に入るように動き、剣を振りかぶる。

 キラーパンサーがミュリエルの剣を避けて飛んだ瞬間に特技を発動した。


『メガスラッシュ』


 マルコムの剣が吸い込まれるようにキラーパンサーを捉えたが、大きなダメージが入った感触はない。

 キラーパンサーからの反撃は持ち前の素早さを発揮して何とか直撃を避けるが、ダメージは大きかった。


(ホントにこの前衛に向いてない体が嫌になるね!)


 何とかキラーパンサーの三連撃を凌ぐと、ミュリエルがフォローを入れる。

 それをキラーパンサーがバックステップで避けた瞬間、セージの魔法が発動した。


『インフェルノ』


 目の前に立ち上がる業炎に驚いて飛び退く。


(強烈だなぁ。特級魔法ってこうも簡単に発動出来るもの?)


「マルコムさん。ハウリングをお願いします」


 巨大な火柱を見上げるマルコムにセージがさっと近づいて言った。

 マルコムはミュリエルを見たが顔に疑問が張り付いており、セージに視線を戻して答える。


「僕が? ミュリじゃなくて?」


(盾役? 耐久力がないのに?)


 マルコムは疑問でいっぱいになった。しかし、セージはそんなことには構わず木工師ジッロが彫金した腕輪を渡し、一方的に説明する。


「はい。これを装備して、さらにAGI上げますので。攻撃を全て避けて『カウンター』です。ミュリさんは全力で攻撃です」


 セージはそう伝えると呪文を唱えながら素早く逃げて隠れた。

 早く倒すために効率的だと考えてセージは提案したのだが、二人には困惑が残された。


(全て避けて反撃って無茶な。いくらAGIが上がっても避けきれないって)


 そうは言ってもキラーパンサーは待ってくれない。インフェルノが消えると防御の姿勢をとっていたキラーパンサーが弾けるように起き上がって唸る。

 マルコムが『ハウリング』と呟いた時にはすでに駆け出していた。


(まったくこんな無茶は久しぶりだね!)


 一級冒険者になってからは調査依頼も少なく、経験も積んでいたので、イレギュラーな事態に会うことは無くなっていた。

 マルコムは久々の無茶振りに笑いながら大声を出す。


「子猫ちゃん、遊んであげるよっ!」


 キラーパンサーの視線がセージの方向から自分に向き、威圧を感じる。一緒にミュリエルの視線も感じたが気にしないでおく。


(さて、とりあえず回避に集中しようかなっと)


 キラーパンサーの突進を避けるため横に踏み込んだ。


(あれっ? これって……)


 相手の動きが明確に見えた。咄嗟に、踏み出した足と反対方向に飛ぶ。

 キラーパンサーもその動きに反応したが、マルコムは爪攻撃を予測して、盾で受け流しながら反撃の刃を入れた。

 その動きには僅かな余裕がある。


 キラーパンサーが身体を捻りマルコムに噛みつこうとした瞬間、ミュリエルの剣撃が襲いかかった。


『メガスラッシュ』


 首を断ち切る勢いで振るわれた剣にキラーパンサーは呻き声をもらす。

 その隙に二人は追撃しようと剣を振るうが、キラーパンサーは大きく後ろに飛び退いた。

 

その瞬間、キラーパンサーは再び『インフェルノ』に呑み込まれる。

 立ち上る業火を前にしてマルコムは高揚していた。


(ホントにすごい! なにこれ!? バフが二回かかってるの!?)


 マルコムの速度が大幅に上がったのはセージが小技を使った奥の手として用意していたものだった。

 基本的に素早さを上げるバフは重ね掛けできない。バフを二回使っても効果の時間が延びるだけだ。

 元の素早さの1.5倍になるという、ステータス変動のないシステムが原因だ。

 しかし、アイテムの高品質スピードブースターはAGI+100、戦闘前に渡した装備の効果は元々のAGIを1.2倍にするというものだ。AGIの値を変化させてからバフをかけると、バフを二重掛けしたかのような効果を得ることができる。


(この技教えて欲しい!)


「マルコム! 回復はどっちがする!?」


「えっと、そうだな……」


 ミュリエルがマルコムに問いかける。しかし、マルコムは悩んだ。


(回復魔法に気を取られてたら戦えないし、ミュリに頼みたいけど苦手だしなぁ)


 ミュリエルは今の状況が把握できておらず、マルコムはカイルに任せていたので判断することが苦手だ。

 そうしているうちにキラーパンサーが跳ね起きる。


 仕方なく自分が回復しようと口を開いたとき、マルコムのHPが回復した。

 マルコムは口を閉じてミュリエルをちらりと見る。ミュリエルも気づいている様子であった。セージに任せよう、という意味を込めて頷き合う。


 そして、キラーパンサーを迎え撃つため、ミュリエルは回り込むように動き、マルコムは構えて軽くステップを踏んだ。


(うん、やっぱりバフ二倍みたい。これならいけるかも)


 セージの言葉通り、攻撃を全て避けてカウンターを実行しようと考える。

 カウンターは武闘士の特技だ。発動後、攻撃を避けると同時に攻撃を当てれば1.5倍ダメージになる。しかし、相手の攻撃が僅かにでも当たればキャンセルされるため、使いどころが難しい特技だ。


 MPの消費が小さいとはいえダメージ倍率はメガスラッシュと同じなので、あまり使われない特技でもある。


(ここまでしてくれたんだから冒険者の先輩として頑張らないとねっ!)


 マルコムは『カウンター!』とミュリエルにわかるように声を出す。

 あと五メートルというところまで近づいたキラーパンサーは急加速し、一瞬で距離を詰める。

 

 それを読んでいたマルコムは真横に飛んで身体を捻り着地。

 キラーパンサーはその動きに反応してほぼ直角に曲がってくるが、マルコムはさらに反対方向に飛び、キラーパンサーの攻撃を避ける、と同時に剣を背中に突き立てた。

 カウンターが決まり、ダメージを与える。


「グルゥォ!」


 キラーパンサーは苛立ったように唸りながら、回転するように後ろ足で蹴りを繰り出す。

 その攻撃はマルコムが着地するのと同時に放たれたため避けることができず、盾で防いで後ろに下がった。


(さすがに強烈だな!)


 キラーパンサーが追撃しようとしたとき、ミュリエルが『メガスラッシュ』を放つ。

 キラーパンサーはミュリエルの方向に急旋回し、剣が肩に当たるのを厭わず突進した。


 ミュリエルは盾で防いだが、強い衝撃に思わずよろける。キラーパンサーは爪の連続攻撃で追撃した。

 ミュリエルはその攻撃は避けれないと判断して『メガスラッシュ』を発動。お互いの攻撃が直撃する。


(隙あり!)


 それと同時にマルコムが『フイウチ』を発動。攻撃が当たるまで完全に相手の視界に入らなければ2倍ダメージになる暗殺者の特技だ。


「グルァア!」


 二人の攻撃により大ダメージを受けたキラーパンサーは高速で一回転しながら爪の攻撃を繰り出した。

 それと同時に『ファイアランス』という声が聞こえて魔法が一直線に飛んでくる。


「マルコムさん! ハウリング!」


 セージの声が聞こえてマルコムが気づく。


(そうか、ハウリングで注意を引かないと。今は盾役なんだった)


 キラーパンサーの特技『旋風爪』は、モーションが決まっているので、直後すぐに動くことができない。ファイアランスが突き刺さった。

 そんなキラーパンサーにマルコムは狩人の特技『ランダート』を発動。手に現れた矢をダーツのように投げる。


 ダートの上位特技ランダートは、当たればダートの二分の一の威力で十連続ヒット扱いになる。

 元々のダートの威力が低いのでキラーパンサーに対して大きなダメージは見込めないが、注意を引くために放った。

 そして、マルコムは『ハウリング』を発動する。


「子猫ちゃん、こっちにおいでっ!」


 そう言い放つと『カウンター』を発動した。


(さて、前衛の仕事をしますか!)

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