第38話 急転
その時、警戒にあたっていたマルコムが声を上げた。
「これはなかなか多い団体さんが来たよ。ギガトレントとスプリングキラー、合計三十体くらい? スプリングキラーの動きと麻痺攻撃は厄介だね。カイル、どうする?」
カイルは一瞬考えて決断した。
「退却する。俺が最後尾。ヤナとジェイクは俺のサポート、マルコムとミュリは先頭、その後ろにセージだ」
カイルはセージもいるため無理すべきじゃないと考えたのだ。決断の早さはパーティーを助けると考えているため、すぐに判断するよう心掛けていた。
セージはミュリエルがごねるのかと思って見たが、意外にもすぐに対応していた。
(おおっ、さすが高ランクパーティー。対応が早い。俺も遅れないようにしないと)
走り出したとたんマルコムが今までにない緊張感のある声を出す。
「前からフォレストウルフ十体! まだ増えるかも! どうする!」
「戦闘に入る! 俺とヤナで後ろを抑える! ミュリ、マルコム、セージはフォレストウルフ、ジェイクは全体のサポート! セージ、無理するなよ!」
すぐに指示を出すカイルにセージは「はい!」と返事をする。
「まかせて! マルコム、セージ、援護してね!」
ミュリエルがジェイクの支援を確認するためタタッとステップを踏む。そして、先頭のフォレストウルフに飛び込み剣閃を走らせた。
右側にいた魔物がまとめて二匹吹き飛んだが、左側からミュリエルに噛みつこうとフォレストウルフが飛びかかる。
それをマルコムが籠手で受け止めて切り払い、ミュリエルがそいつに向かって突きを放つ。
飛ばされていくフォレストウルフには目もくれず、横からの攻撃に剣を合わせる。マルコムは、ミュリエルの後ろに迫っていたフォレストウルフを蹴り飛ばしていた。
(すごいな。フォレストウルフの群れ相手に二人で戦えてる。連携が良すぎてどう入ればいいかわからん。とりあえず魔法の準備はできてるんだけどどうやって伝えよう)
呪文の後に言うファイアランスやフレイムなどの言葉が発動の合図になるのだが、その間に何か別の言葉を挟むとリセットされてしまう。しかし、勝手に発動したら巻き込む危険がある。
言葉を発することができずセージが迷っていると、マルコムが戦いの合間にセージの方を見た。
(助かった! さすがマルコムさん!)
セージが魔法を放つポーズで頷くと、マルコムは「引くよ!」と鋭い声をだし、それを聞いたミュリエルは反射的に後方に飛んだ。その瞬間、セージは全体に向けて『フレイム』を放つ。
多くのフォレストウルフが巻き込まれて逃げていく。
「いいよ! そんな感じ!」
「はい!」
「次はキラードッグが来た!」
「りょーかいっ!」
フォレストウルフの生き残りにキラードッグの群れが合流する。すぐにミュリエルはキラードッグへ切り込み、マルコムはそのサポートにまわった。
一体のキラードッグがセージを狙い駆けてきたのを見て呪文を切り替える。
(雑魚だとヘイトが溜まるとかもないし後衛でもターゲットにされるよな。仕方ない)
セージは飛び込んできたキラードッグを避けてカウンターを入れようとするが、突如として繰り出された爪の攻撃が肩に当たる。
よろけながら振るわれた剣はキラードッグの後ろ足に当たったが、ダメージは小さそうだ。
(このっ!)
『ウィンドバレット』
数十もの空気の礫が放たれる。キラードッグは素早く避けようとしたが、避けきることはできない。
『メガスラッシュ』
礫が当たった直後を狙い戦士の特技を放つ。頭にウィンドバレットが当たったばかりのキラードッグは、反応できずに首に攻撃を受けて地面に転がった。
(首に入ったからクリティカル判定になるはずだけど、倒せたのか?)
呪文を唱えながら警戒していたが、キラードッグはすぐに起き上がると逃げていった。
(ふぅ、耐久がないやつで良かった。よし、次にいこう)
そのときマルコムが声を上げる。
「次はリーフタートルとキラーベアが来た!」
「厄介なやつが来たね! リーフタートルは堅すぎだよ! セージ! とりあえず残党のキラードッグに魔法いける!?」
セージは手を上げて頷くと二人が飛び退き、キラードッグに向けて『フレイム』を発動する。
「次はリーフタートルに魔法をお願い!」
そう言い残すと燃え盛る炎が消えるタイミングで飛び出し、キラーベアに剣を一閃。すぐに離れて別のやつに斬りかかる。
ミュリエルは蝶の様に舞いながら着実にダメージを与えて、マルコムは影のように動きサポートをしていた。
(すごいな。やっぱり近接戦闘は敵う気がしない。俺はとりあえず後方でフレイム連発でいいか。リーフタートルは弱点氷なんだけどな。こんなことなら氷魔法が使える魔導士になっておくんだった)
セージは『ステルス』を使って隠れながら魔法を連発する。キラーベアはミュリエルとマルコムが全て受け持ってくれているため、遅いリーフタートルはセージの的でしかない。
(あれっ? また魔物が来た。こんな感じの連戦ってボスの前っぽいな)
「今度はキラービーとウッドランサー! ミュリ! キラービーの麻痺に気をつけて! この量は対応仕切れない!」
キラービーとウッドランサー、合わせて二十体が押し寄せてくる。
「セージ! キラービー狙いでよろしく!」
セージはピシッと敬礼をして返事をする。
(でも手っ取り早く魔法を当てるには範囲攻撃だよな。ウッドランサーは水に強いけど、まぁいいか。両方とも魔法耐性も耐久性も低いし、それなりに効くだろ)
セージは近づいてくる魔物がいないか警戒しながら、覚えたばかりの水系特級魔法の呪文を唱える。
そして、マルコムに合図を送る。
ミュリエルとマルコムが下がった瞬間に発動した。
『タイダルウェーブ』
水の波状攻撃が敵に襲いかかる。飛び上がって避けたキラービーが数体いたが、ほとんどが襲い来る水の壁に巻き込まれ、大ダメージ受けて逃げていった。
「わお! セージ、すごいね! マルコム、別れて狩ろう!」
「了解。魔物の群れも収まった様だし、やっと退路ができるかな」
ミュリエルとマルコムが残党狩りを行っていると、突然カイルが叫んだ。
「ボスが現れた! エルダートレントだ! マルコム、ミュリ、セージ、来い!」
「了解!」
最後のキラービーを吹き飛ばしてカイルに駆けつけようとしたミュリエルとマルコムが一瞬止まり、バッと振り返る。そして、ミュリエルが叫んだ。
「こっちもボス! キラーパンサー! ジェイクのバフは切れてる!」
稀にボスが二体同時に出てくることがある。同じ範囲に二体出ることもあれば、別々で出現することもある。
今回はバフが切れているため、後者の場合ということだ。
そして、セージはその言葉に困惑していた。
(えっ? ボスの範囲に入った感覚なかったけど?)
「二体同時か! くそっ! セージはどっちだ!」
「たぶん、どっちにも入ってません!」
「そうか! じゃあセージは……」
カイルはそこまで言って迷いが出た。
選択肢は三つ。一人で逃げるか、カイルの方に入るか、ミュリエルの方に入るか。物理ダメージに弱いセージを一人で逃がすより、そしてキラーパンサーと戦うより、エルダートレント相手にカイルと戦った方が安全だ。
カイルはセージに来いと言おうとしたが、そうするとミュリエルとマルコムが二人だけになる。この二人でキラーパンサーを相手にするのは危険だった。
普段の回復役はカイルとジェイク、サブがヤナである。マルコムとミュリエルは一応使えるものの慣れていないしMPも低い。
そして、エルダートレントは耐久力があってすぐには倒せない上に、カイルとジェイクのペアの方が防御型である。
セージを呼ぶべきだが、マルコムとミュリエルを助けに行って欲しいとカイルは思ってしまった。
(戦力的にミュリチームかな。キラーパンサーは耐久力はないけど、攻撃力が高くて速いのが難点だな。今のステータスなら一撃死はないけど、狙われたらヤバい。気を付けないと)
セージは珍しく迷いを見せたカイルに叫ぶ。
「ミュリさんの方に行きます!」
先にキラーパンサーを倒して、カイル達と一緒に戦うのが攻略法として正しいとセージは考えた。
カイルは本当にそれで正しいのかと逡巡したが、すぐに切り替えて返事をする。
「頼んだ!」
セージはミュリエルに向かって走るとすぐにボスの領域に入った感覚があった。
「パーティー申請出しました!」
「わかった! ありがと!」
「来てくれて本当に助かるけど、本当に良かったの?」
「何がですか? 早く倒してカイルさん達を手伝いに行きましょう!」
マルコムは厳しい戦いになると思っていたが、セージの中では倒すことが前提で早さを求めていた。
マルコムはちらりとセージを見る。セージの顔には怯えも焦りも緊張もなく、淡々とキラーパンサーを見据えて呪文を唱えていた。
マルコムは自分の方が緊張していたことに気が付き、少し笑って「そうだね」と答える。
「マルコム、セージ、来るよ!」
ミュリエルが注意を促す。じりじりと警戒しながら寄ってきていたキラーパンサーは、その言葉が合図となったように飛び込んできた。
切り裂こうとする爪をミュリエルが受け流すように盾でいなして、カウンターを繰り出す。キラーパンサーはそれをひらりとかわしたが、その先にいたのはマルコムだ。
『メガスラッシュ』
マルコムの特技が直撃する。しかし、マルコムのSTRでは大きなダメージとはいかず、キラーパンサーの反撃を受けた。
小柄で近接戦闘向きではない職業のマルコムでは荷が重い。ミュリエルが割り込むように攻撃したが、キラーパンサーはバックステップで避けた。
その瞬間、セージの魔法が発動する。
『インフェルノ』
着地したばかりのキラーパンサーに業火の炎柱が襲いかかった。
ミュリエルとマルコムが特級魔法に驚く中、セージはマルコムにお願いした。
「マルコムさん。ハウリングをお願いしてもいいですか?」
マルコムはミュリエルとセージを見比べて呟くように言った?
「僕が?」
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