第37話 セージの呪文

 辺りを警戒していたマルコムが緩やかに言うと同時に全員が戦闘準備をする。


「それは期待できるね! 少しは楽しめるかも」


 そう言いながらミュリエルは武器や防具の点検をする。全員自分の点検とパーティー内でお互いの点検を手早く済ませた。


「無理はするなよ、ミュリ。ボスがいる可能性だってある。慎重に行こう。様子を見て場合によっては撤退する。セージは連携が取りにくいだろう。無理に戦う必要はない。戦いが安定したら俺がサポートする」


「わかりました。ありがとうございます。基本は後衛ですが前衛としても戦えますので」


「そうか、気をつけろよ」


 セージは頷いて呪文を唱え始める。

 すでにギガトレントが近づいてきており、ミュリエルは接敵していた。両側から襲い掛かるギガトレントの枝を盾で受け、剣で打ち払い、返す刀で剣戟を入れると横跳びし、別のギガトレントに切りかかる。その後ろにカイルが入り、ミュリエルのサポートをしている。その間、攻撃力や素早さを上げるバフをジェイクが行い、マルコムはギガトレントに攻撃しながら誘導していた。

 そして前衛が一旦下がった瞬間にヤナの発動した魔法『フレイム』が辺りを焼き払う。


(さすが、息の合った連携だな。魔法は強力な分、発動に時間がかかるし、回数に制限がある。近接攻撃だけでは単体攻撃になるので数が多いと囲まれる可能性がある。上手く補い合っているな。一気に集まらないよう遊撃や中距離で牽制もされているし、正直入る余地がない。ちょっと別で戦いに行くか)


 セージは少し離れたところにいたギガトレントに攻撃を仕掛けるため走り寄る。

 ギガトレントは長い枝を振り下ろす攻撃を繰り出し、セージは盾をつかって受け流した。


 そして、ちらりとHPを見る。

 HP691/720の表示を見て、軽く攻撃を入れるとすぐに下がった。


(ダメージ0と思うくらいしっかり受け流せたと思ったんだけど29ダメージか。直撃したら100ダメージくらいは余裕で受けそう。戦えるかもしれないけど、接近戦はやめておこう。無理はしたくないし)


 バフをかけても剣では倒すのに時間がかかる上にダメージも受ける。セージは近接戦闘にならないよう位置取りに気を付けて全力で距離を取って『フレイム』を放つ。

 せっかくなので特級魔法を使いたかったが、発動失敗なんてすると最悪だと考えて上級魔法を選んだ。


(トレント系は動きが遅いから逃げるのは余裕だな。しかし、ギガトレントになると上級魔法でもやはり一発では倒せないか。火に弱いはずなのにさすがだな。今までgrandis魔法詞の弱点をついた上級魔法ですぐに倒せていたけど、レベル40以上になると厳しいか)


 そんなことを考えながら、もう一発放ちギガトレントを倒す。ついでに巻き込まれた他のギガトレントも倒した。


(そもそもFSシリーズ初期の魔物はレベル40以上に対応していないからなぁ。ボスを倒しているレベルだし、そりゃ強いよ)


 セージは周囲を警戒しつつ、次に来たギガトレントが一体だけであることを良く確認して、特級魔法を放つ。

 炎の柱が立ち上ぼりギガトレントを燃やし尽くす。効果範囲はフレイムより狭いが強力であった。


(特級魔法では一撃か。でも二体以上まとまってるならgrandis魔法詞フレイムを二回が効率的かな)


 周りにギガトレントがいなくなり一息つく。


(ただ、やっぱりパーティーが一か所に集めてくれたりした方が効率的な戦いになるか。ランク上げのためにソロで活動してるけど、さっきのを見ると羨ましくなるなぁ。それに、ビッグタートルとかギガトレントは動きが遅いからいいけど、コング系とか大量に来られたら詰みそう。ちょっとパーティーも考えようかな。その場合、俺は後衛か。前衛にもなれたらいいんだけどなぁ)


「セージ、大丈夫か? 戦闘中、こっちの声は全く聞こえてなかったか?」


 カイルの方も戦闘が終わり、近づいてきてくれていた。戦闘中に声をかけても反応がなかったので心配していたのだ。


「すみません、ちょっと考え事をしていまして」


「戦いながら考え事とは余裕だな」


「癖みたいなものです。ずっと一人だったので。気を付けますね。カイルさんたちこそ余裕そうですね」


「こう見えても一級冒険者だからな。ギガトレントの群れくらいに遅れはとらないさ。っと、どうしたヤナ」


 カイルの後ろでじっとセージを見ていたヤナが待ちきれなくなったのかカイルの服を引っ張った。


「セージ、お願いがある」


「あぁまたか。すまないなセージ」


「構いませんよ。ヤナさん、どうかしましたか?」


「唱えている呪文を聞かせてほしい」


 ヤナが頭を下げてお願いをする。その姿にセージは驚いたが、それよりもカイルたちパーティーの方が衝撃的だった。

 エルフは基本的にプライドが高く高慢な者が多い。ヤナは普段の日常ではそういった傾向はなかったが、魔法に関してはプライドを持っていると感じることが多かったのだ。セージと出会ってからその部分も柔軟になっていると思ってはいたが、頭を下げるところは初めて見たのである。


 実際ヤナは自分より優秀な魔法使いは人族にいないと思っていた。ヤナはエルフ族の中でもトップレベルの魔法使いだったからだ。

 そして、人族の町に出てさらに魔法に磨きをかけた。里に篭っているエルフたちより魔法使いとして成長し、誰にも負けないという自負を持つようになっていた。


 それを壊したのがセージだ。

 魔法学について対等に議論でき、言語学、自然学、数学において、先を行くセージに敬意を持っていた。

 それに呪文は魔法使いにとって財産なので、頭を下げようが普通は教えないものである。


 魔法で戦う者は常にどう発音すれば早く確実に魔法が発動するかを考えている。それは努力の結晶なので戦闘中も他者に聞こえないよう小声で発音する。

 パーティー戦の時、仲間に何を発動するか知らせるため一部を大きな声で唱える場合もあるが。

 ちなみに、セージは敵に魔法を悟られないようにするため小さく発音しているだけだ。


「呪文を早く唱えることは魔法の技術。聞くのは非常識とわかってる。ただ、セージの魔法の発動速度は速すぎる。一度でいいから聞かせてほしい」


(あっ、聞くのは非常識なんだ。良かった。レベッカに特級魔法の呪文を聞かなくて)


 セージは教えることに関して忌避感がなかったので、全然違うところでホッとしていた。


「もちろんいいですよ。ヤナさんにはお世話になっていますし。少し進んでギガトレントを見つけましょうか。声を出して戦いますので聞いていてください」


 ヤナはコクリと頷いて、全員で森の奥に進む。

 少し進むとまたわらわらとギガトレントが集まって来た。

 セージは横から来る魔物をカイルたちに任せて目の前の敵に集中する。


「Lieru ignis magnus ardens flamma mare ante hostium『フレイム』」


 隣にいるヤナに聞こえるよう呪文を唱えた。

 手を向けた方向にいるギガトレントを中心にして燃え盛る炎が出現する。

 それを繰り返すこと二回。

 そのあとは戦っているカイルたちの支援を行い、周囲の魔物を倒しきった。


「すみません。横取りしちゃって」


 セージはカイルに向かって、支援中に一体倒してしまったことを謝る。


「全然構わない。俺たちはランクもレベルも上限。討伐数なんて誤差みたいなもんだ。しかし、セージは本当に魔法の速度が速いな。威力も正確性も高い。いい魔法使いになれそうだ。ヤナ、どうだった? 発動が速くなるなら連携を変えるが」


 セージの呪文を聞いてから呆然としていたヤナは、カイルに話しかけられて我に返る。


「無理。速すぎて理解できなかった」


 その言葉にカイルが驚く。


「それほどか。早いと思ってはいたが」


「でも、まだまだ先があることがわかった。それだけでもいい」


 ヤナの魔法発動速度は速い。上級魔法では十秒程度で発動できる。

 Lieru ignis magnus ardens flamma mare ante hostium『フレイム』は「リエル イグニス マグナス アルデンス……」と発音していき、一つ一つの言葉の間を切るのが普通だ。もちろん発音方法もローマ字とは異なるため難しい。さらに、あまり早口で発音したり、間違った発音をしたりすると発動しないことがある。発動する範囲で出来るだけ早く唱えるのが魔法使いの腕になる。

 初心者では不発にならないよう、止まって集中しながら一つ一つの単語を丁寧に発音するので、初級魔法でさえ十秒近くかかる。

 ヤナは戦闘を行いながら上級魔法で十秒は早いと自負していた。


 それはセージに打ち砕かれたのだが。

 セージは五秒かからない。

「リェリグニマグナサデン……」といった感じにヤナには聞こえていた。

 セージがソロで素早く敵を倒して行けるのは、この魔法発動速度にある。一つ一つの単語を切らない発音をしているため、呪文を唱えている間の隙が少ない。さらに、セージは戦闘を行いながら発動できる。


「ヤナさんもできると思いますけど。綺麗な発音していますし」


 セージは素直な感想を述べたのだが、ヤナは真顔でセージを見てため息をついた。

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