第31話 レベッカは特級魔法を見せる

 ラングドン家には広大な訓練場がある。訓練場とはいってもただの広場のようなもので何かあるというわけではない。

 隣には牧場があり、騎乗訓練もできる。


 訓練場では第三騎士団が模擬戦をしていた。セージは走りよって挨拶すると、後で参加させてくださいとお願いする。

 騎士団とはギルとの訓練の時やビッグタートル狩りの時に面識があった。特に第三騎士団は遊撃部隊だったため、戦いの中で良く見ていた。

 第三騎士団からしても、厄介なビッグタートルを次々と倒していくセージはありがたい存在だった。騎士団の中でも話題になっていた。


(節操のない。魔法使いなら魔法知識を学んだり、魔法言語の訓練をしたりすべきだ。そもそもこいつは薬師が本職だろ。まったく、なぜこんな者が研究所長なんぞに)


 心中穏やかではないレベッカの所へセージが走って戻ってくる。


「お待たせしました。ところで、ここで何をするんですか?」


「魔法を見せて貰う。まず、最も強い魔法を使ってくれ」


「最も強い魔法、ですか」


 少しセージは悩んだ。というのもセージの最大魔法はgrandis魔法詞を用いた上級魔法である。grandis魔法詞はまだ秘密にしている上に、上級魔法には使ったことが無かった。

 それに、魔物は火耐性が高いものが少ないため火魔法を使うことが多いのだが、威力という点だけでみると実はどの属性でも同じだった。


 セージが迷っていると、レベッカは本当の実力がばれるのを恐れて躊躇っていると考えた。


「自分の中で最強の魔法くらいわかっているだろう。まぁいい。まず、私から見せよう」


 レベッカの最強魔法、それは火系統の特級魔法だ。レベッカは第二学園で個人的に師匠と敬っていたネイオミという教官から特級魔法を教わっていた。

 所縁の無いヘンゼンムート魔法師団に入隊できたのは、これを習得していたということも大きな理由だ。


 特級魔法は上級魔法のはるか上をいく威力である。レベッカはセージに呪文が聞こえないよう少し離れた。


『Cupio ad maguna salamandra gion rex id ignis, ferum ignis selsus columna radir ante hostium』


 上級魔法よりはるかに長い呪文を唱え、最後の一節を響かせる。


『インフェルノ』


 その言葉と同時に目標物として置いてあった木の杭を中心に大樹の様に炎の柱が立ち上がり、熱波がセージとレベッカにまで届く。

 わずか五秒程度の事であるが、それでも圧倒的な迫力があった。


 長い呪文を唱える必要があるため発動まで時間がかかる上にMPの消費が大きい。それに、上級魔法まで使わなかった言葉も多く、発音が難しい。レベッカはまだ動きながら唱えるなどはできない。

 しかし、パーティーを組んで守ってもらいながら戦う場合ではこの魔法が活躍する。この間の戦いのボス戦ではレベッカの魔法によって予想よりも早くボスを倒すことができたのである。


(これで違いがわかったか)


 セージの方を振り向くと、年相応と言えるような輝いた眼差しを向けられていた。想像とは違うセージの表情にレベッカは戸惑う。


「今のはインフェルノですよね? 初めて見ました! いやぁ、あんな感じなんですね。やっぱり生で見ると迫力が違います。上級魔法の中にいくつか魔法がないなと思っていたんですが、やっぱりあったんですね。じゃあメテオとかタイダルウェーブもあるんですか?」


(な、なんだこの反応は。メテオとタイダルウェーブってなんだ? それに、なぜインフェルノを知っている?)


「なぜこの魔法がインフェルノだと知っている? 聞こえないように離れたはずだが」


 セージは「えっ?」っと言って固まった。


「どこで聞いた? 特級魔法は秘匿されているはずだが。メテオとタイダルウェーブとやらも特級魔法の一つか」


「あー、そうですね。優秀な魔法士と知り合いでして。その人から聞いたのかもしれません。あっ、次は僕が魔法を見せる番ですね。それでは」


 セージはそう言ってそそくさと離れる。


(何を隠している? 優秀な魔法士とは誰のことだ? 十一歳の子供の知り合い?)


 レベッカはセージの方を見ながら考えていたが、魔法が発動した瞬間そちらに目を奪われた。

 それはセージが離れて間もない時で、呪文を唱えた時間は極僅かだ。それなのに突如として目の前が火の海に変わった。


 幅二十メートル以上の大地が燃え盛り、さらにその勢いを増す。

 その光景を見ながらレベッカは呆然と思う。


(なんだこの魔法は……上級魔法のフレイムにしては規模が大きすぎる。magnus魔法詞を使っても無理だ。まさか、特級魔法か? いや、そんなはずはないし発動が速すぎる。私が上級魔法を使うよりも速い)


 セージはその魔法を誇るわけでもなく、先ほどと同じ表情でレベッカのもとに戻ってきた。


「これが僕の最大魔法です。やはり特級魔法には劣りますね。さすが魔法騎士団長です。特級魔法を学びたいと常々思っているのですが機会が無いんですよね」


 ペラペラとしゃべるセージの言葉を聞いている余裕はレベッカにはなかった。


「あの魔法は何だ? 特級魔法ではないのか?」


「あれは上級魔法フレイムです。修飾魔法詞を使っていますが」


「修飾魔法詞magnusであれだけの威力は……そうか。五年程前、魔法使いギルドにmagnusよりさらに強力な修飾魔法詞の報告があったな。詳細は秘匿されていたが、それを教えてもらったのか?」


「まぁそんなところでしょうか。ええと、じゃあ、訓練に行きますね」


 セージは慌ててごまかしながら、訓練に行こうとする。


「ちょっと待て。一つ聞かせてくれ。あの上級魔法を何発放てる?」


「えっと、今なら四十発くらいでしょうけど」


「……そうか。参考になった。時間を取らせてすまなかったな」


「いえ、僕も特級魔法が見られて良かったです。ありがとうございました。それでは」


 レベッカは特級魔法を五十発程度は放つことができるが発動が遅い。実戦でどちらが役に立つかは明白であった。

 それに、強力な修飾魔法詞がどれほどMPを消費するかわからなかったが、少なくともレベル30のとき普通の上級魔法でさえ四十発も放つことはできなかった。そもそも十一歳で上級魔法を自在に使うことなんてできない。嫌でもセージが自分以上の能力を持っていると分かってしまう。


(そうか、私はまた慢心していたというのか。ここに来てから私より実力のある者に会ってなかったしな。これじゃ子供の頃と変わらない)


 去っていくセージの後ろ姿を見ながら思う。悔しい気持ちはある。ただ、それを自覚することですっきりとする部分もあった。


(報告を認めずに十一歳の子供だからと言って侮るとは、精進が足りないな。そういえばセージは王都の学園に行くという話だったか。あの腕なら確実に魔法科のトップを取れるだろう。もしかしたら王国魔法騎士団に入ってラングドン家に戻ってくることはないのかもしれないな。ネイオミ教官に連絡を取ってみるか)


 そう考えながらレベッカはいつの間にか集まって遠くから見ていた魔法騎士団員の方に向かっていった。


(よし。今日は基礎訓練からみっちり行うか。私はまだまだ強くなる)


 レベッカは気持ちを新たにして訓練を開始するのであった。

 ちなみに、レベッカが第三学園に魔法科が無いことを知るのはまだ先の事である。

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