第30話 レベッカは突っかかる

 レベッカはラングドン領にある大きな商家の生まれだった。

 第二夫人の三女という特に何かを期待されることがない立場で、何不自由なく過ごしてきた。幼少の頃から魔法使いに憧れて、魔法について教育を受け、王都の第二学園に入学した。


 親としては第二学園で将来有望な男と仲良くなって欲しいと思ってのことだ。

 グレンガルム王国では、一部例外はあるが、一般的に女性がどこかへ嫁ぐことが多い。第二学園に入る者は良家の子供ばかりなので、苦労せずに済むだろうとの考えだ。

 本人は立派な魔法使いになることを目指していただけだったが。


 入学してまず他の子供の能力の高さに驚いた。レベッカは自分が魔法士として才能があると思っていたので、自分より優秀な子供がいると考えていなかった。

 首席で卒業して王国魔法騎士団に入ることを空想していたのである。


 実際、ラングドン領では冒険者を除くと大人も含めてトップレベルの能力であった。ラングドン領が騎士を重用する領なので、優秀な者は住まないからだ。

 当然、様々な所から入学してくる第二学園ではトップどころか上位ですらない。トップグループの多くがラングドン領から北東にあるミストリープ領出身の者であった。

 ミストリープ領は必ず女性が領主を務めるというグレンガルム王国では珍しい領で、ミストリープ魔法騎士団は王国魔法騎士団を凌駕するとまで言われている。


 レベッカは下位グループの中でさえ優秀とは言えなかった。

 下位グループのほとんどがお金やコネだけで入った者だったが、常識として魔法の知識は持っている。レベッカは魔法の扱いには長けていたが、圧倒的に知識が足りていなかった。


 今までが井の中の蛙であったことを知ったレベッカは一週間落ち込み、そして猛勉強、猛訓練を始めた。

 学園史上類を見ないほどの急激に成績を上げたが三年間では昇りつめることはできず、優秀な魔法使いと言われている上位に追いつきそうなところで卒業した。


 第一学園の者や第二学園の上位層が王国騎士団のエリートとして採用される。

 レベッカは魔法騎士団に入ろうと思えば入れただろう。しかし、エリートコースに入ることはできない。

 同じ学年の上位層のやつらの下につくなんてごめんだと思い止めた。


 実力はあったため、コネはなかったが王都の西にあるヘンゼンムート領の魔法騎士団に入ることができた。ヘンゼンムート魔法騎士団は王国では中堅どころである。

 レベッカはそこでも猛特訓を続けて、若くして第二魔法騎士団の副団長に選ばれた。しかし、副団長になって僅か三ヶ月後、領主の娘である団長ともめて五年目でクビになった。


 その後は冒険者になり各地を転々として魔法を学びながら名を上げていた。その頃にラングドン領で魔法騎士団設立の話を聞き入隊、そのまま団長にのし上がった。


 ラングドン魔法騎士団は騎士団の聖騎士たちとも交流があり、対人戦闘や剣術について教わることがあった。

 レベッカにとってその部分は良かったのだが、魔法騎士団の団員も剣術の方が得意だったりするような者ばかりだったのである。

 それに、新設ということもありヘンゼンムート領の魔法騎士団の時とは比べ物にならないほど資料も知識もない。

 

 団長になったからには魔法騎士団として最強と言われるような部隊にしてやると意気込んでいた。

 まずは、ラングドン領では軽く見られがちな魔法騎士団に対するイメージを払拭したかった。その足掛かりとして今回の作戦があった。魔法騎士団が中心となる今回が見せ場だったのである。


 そんなときに来たのがセージという異分子の存在だ。

 レベッカはセージの戦果がどうしても信じられなかった。十一歳の子供が魔法を使いこなすなんて、なかなかできることではない。

 例え呪文を知っていたとしても魔法理解と発音が出来ていなければ発動しない。学園の上位層であれば中級魔法を自在に使うことはできるだろうが、レベル20程度では優秀な者でも二十発は撃てないだろう。さらにmagnus魔法詞を使うとさらに必要なMPが増える。


 セージはレベル20の武闘士でMPが千を超えているという話も、そんなはずはないと声を荒げたい話だった。

 ラングドン領の者は魔法に疎いためどれほどあり得ないことかわかっていなかったが、レベッカは何を馬鹿なことをと思っていた。ラングドン領どころか王国の誰に聞いても有り得ないというステータスである。

 セージのMPは種族の補正としてMPが高くなるエルフならばあり得るかもしれないというほどの高さになっていたのだ。


 さらに高品質の上級回復薬なんてものはエルフの秘薬などと呼ばれている物でありそう簡単に手に入らない。騎士団にいる者はずっと騎士をやってきた者ばかりで、その辺りも良くわかっていなかった。

 ラングドン家は代替わりしたばかりで、ノーマンが魔法騎士団や研究所を導入した。その成果が出ているのだと思っているだけだ。

 実質セージがいるからであり、実際のところそんなに早く成果が表れるなんてことはない。

 ノーマンの評価が上がっているだけで、この異常さに気付いているのはレベッカくらいだ。


 レベッカが冒険者の時、魔物大量発生に巻き込まれて途中でMP切れになったことがあった。持っている魔力回復薬は低品質か普通品質しかなくて回復量が小さい。数発魔法を放って魔力回復薬を無理やり飲んで嘔吐しながらも戦った。

 そんな経験をしてきたからこそ異常さがわかる。普通に考えて格上の魔物を二百六十体も倒せないのである。さらにボスまで倒したなんて信じられるわけがなかった。


「君はこの間の戦いで二百六十体の魔物とボスを倒したそうだな」


 セージはいきなり何だろうと思いながら「はい」と答える。


「武闘士でレベル25なのにMPが千を超えていると聞いたが」


「そうでしたね。今はレベルが上がって職業も変わりました」


「ほう、そうか。教えてもらってもいいかな?」


「レベル34で職業が暗殺者です」


 さらりと答えるセージにレベッカは驚いた。


(十一歳で中級職? しかも暗殺者? 確かに盗賊と武闘士をマスターしたら暗殺者になれるが、なぜ魔導士ではなく暗殺者をめざす?)


 セージは厳しい顔で黙っているレベッカに対して言い訳をする。


「悪事を働くためではないですよ。ステルスという特技があってですね。魔物から見つかりにくくなるので便利なんですよ」


(ステルスは知っているが、そんな特技いるのか? ビッグタートルを根絶やしにしたやつが何を怖がっているんだ。やはり、あれは虚偽だな。ランクとレベルは金で買ったか)


 ランクやレベルを上げる仕事というのがこの世界にはある。

 特に中堅冒険者が稼ぐ仕事の一つであり、止めの一撃だけ依頼者にさせてランクやレベルを上げる仕事だ。レベルに見合った報酬になるため、高レベルになるほど依頼料は高くなる。レベル上げだけの場合は安全かつ効率的に上げるため、セージとは真逆に経験値重視の狩り方になることも多い。


 また、ヘンゼンムート魔法騎士団にいた時、団長に取り入って実力もないのに分隊長などに昇格するような者がいて、レベッカはそういう者を嫌っていた。


(まぁいい。何にせよ、魔法を見ればわかることだ)


「今から時間は空いているか?」


 ますます鋭くなる眼に戸惑いながら、断れる雰囲気ではなくセージは「はい」と答える。


「そうか。では訓練場に行こう」



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