第24話 ボーナスステージ
ギルとの試合から二日間、座学は止めてギルから指導を受け、片手剣と盾の扱いの基礎を学んだ。
セージが選んだ盾は魔法を使えるように腕につけるタイプの小さなものだ。重くなるのでセージは盾を使っていなかったが、HPの加護があるこの世界では有用だった。盾に当てることでダメージ量が大きく異なるからだ。無理に避けるより盾で受けて反撃する方が良い時が多い。
たった二日間であったがその成長ぶりはギルが驚くほどであった。
剣を扱っていた経験とDEXの高さが効いている。それにセージの取り組む姿勢が貪欲なこともあった。
(若返った影響か意外と悔しかったんだよな。負けても仕方ないくらいのことはわかっているはずなのに。初めての本格的な対人戦闘だったけど、魔法を使えば勝てるかもなんてちょっと思ってたし。初っ端から上級魔法ぶっ放せばよかった)
実はセージは悔しさのあまり集中して剣技の訓練をしていたのだが、ギルはその姿を見ながら、心の内で騎士団に入ってほしいと思っていた。
そして回復薬を戦場に送る一団が出発し、セージもそれについて行っていた。
これはセージの願いの一つである。
わざわざ戦場について行きたいと希望したのにはもちろん理由があった。
大量発生しているというビッグタートルを狩るためである。セージの見立てではレベル23から26あたりだと考えていたが、このあたりで他にレベル20に適していると考えられるものがいないので妥協する。学園に確実に入るためにも、神霊亀や魔王に対応するためにも、早くランクとレベルを上げておきたかったからだ。
(まぁそんなにビッグタートルは経験値が高くないしレベル20からでも良いだろ。数百体いるらしいからな。ボーナスステージだ。これを逃す手はない。三十体倒して教会に行って、さらに狩り続けよう。これで確実に狩人はマスターできる。次は武闘士か戦士。まぁこれはどっちでもいいか。どうせ物理攻撃はしないし)
ビッグタートルはレベル20の戦士では手も足も出ない魔物だ。レベル30でも手こずる上に経験値が低いという、できれば戦いたくない相手として知られている。
戦士が手こずる理由はビッグタートルの特技にある。『甲羅に籠る』と『眠煙』だ。
相手から物理攻撃を受けると甲羅に籠り、物理ダメージ十分の一の効果を得る。その代わり移動や攻撃ができなくなるのだが、眠りの効果のある煙を噴出するのである。
これが戦士と聖騎士で構成されているラングドン領軍にとって厄介な特技で、しばしば倒すのを後回しにしてしまう。
しかし、魔法士にとってはたいした敵ではない。つまりセージにとって都合のいい相手だ。水属性以外の魔法耐性が低く、中級魔法二回ほどで倒せる相手である。
(ゲームでのダメージ十分の一がこの世界でどうなっているのかも、眠り状態への耐性がどうなのかもわからんけど、中距離から魔法で何とかなるだろ。魔力回復薬も持っているし)
今回は戦士たちの中に入り込むため、ソロで狩っているときの様に別の魔物から逃げ回らなくていい。ということで、セージはかなり気楽に考えていた。
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作戦に参加する上でまずはラングドン家当主に挨拶に向かった。
結局研究所長の話は、セージが名目だけ研究所長となり、トーリが副長兼研究所長代理と言うことで収まった。
セージは学園に推薦される者としてラングドン家と縁を持つ必要があり、トーリは頑として師匠を差し置いて所長にはなれないと主張したからである。
ちなみに、トーリは研究所長などに興味がなかったが、所長の権限で薬師や錬金術師の本を買える、給料が出て研究に没頭していてもいい、ということで就任を希望した。
セージが所長になったことや作戦に参加することなど全てすでに報告されており許可が出ているが、形式的に挨拶することになったのだ。
町長の家の広いリビングが作戦本部になっており、大きなテーブルに騎士団長などが数人集っている。
そして、一番奥に領主ノーマン・ラングドンが座っていた。がっちりした体つきは日頃から鍛えていることがわかる。
(思ったより若いな。前世の俺よりちょっと上くらいか? ぽっちゃりだった前世の俺とは体型が天と地ほども違うけど)
セージたちは部屋に入ると座ることなく入り口付近に並ぶ。
「ノーマン総長。セージをつれて参りました」
ルシールが挨拶する。視線はセージに集まっていたが、本人は特に気にすることなく、どちらかというとルシールの方が緊張感があった。
「お前がセージか。本当に子供だったのだな」
「はい。薬師のセージです。子供ですが少しでも力になりたいと思ってこの戦いに志願しました。この度は参加する許可を頂きありがとうございます」
セージは恭しく頭を下げる。
「ほぅ。礼儀正しいじゃないか。ギルも見習ったらどうだ?」
「勘弁してくださいよ。小難しい言葉はどう使うかわからねぇんです」
(見た目は厳ついが、そんなに堅くはなさそうだな)
軽く笑いながらギルに対して話を振る領主を見てセージは思った。
「それで、殲滅戦に参加するとのことだが、本当に問題ないんだろうな」
ラングドン領は武術のみでのしあがってきた家系である。
この領地は、ノーマンの曾祖父である元冒険者ノアが騎士爵になったあと魔物との戦いで幾度も戦果を上げ、ラングドン男爵となり与えられた領地であった。
ノア・ラングドンが冒険者パーティーにいたとき魔法士と仲が悪かった。それは、戦士であるノアが魔物と最も早く戦闘を開始し、弱ったところで魔法が飛んできて止めをさされるからである。
そうするとノアは魔物を倒していないためランクが上がりにくい。
それについて文句を言っても、これが魔物を倒す上で合理的だと言って取り合わなかったのである。
騎士になり領主になっても魔法士嫌いは治らず、そしてそれは受け継がれていた。
二年前に代替わりした新たな領主であるノーマンはそれを変えたいと思っていた。
その関係で新たに大きな生産職の研究所を作り、第一魔法士団を作ったのだ。ただ、そもそも領内で魔法士になりたいと言うものは少なく、優秀な者は他の領やギルドなどに囲われていた。
一級の薬師、さらに魔法士としても優秀と聞いてセージを失う訳にはいかないとノーマンは考えており、学園から卒業後は仕官してもらおうと思っていた。
ノーマンの心配についてルシールが答える。
「剣技は新人騎士程度ですが、魔法は魔法騎士団でも団長級でしょう。さらに回復魔法や自己強化も堪能。それに、万が一に備えてギルがついて行動します。心配ありません」
「そうか。十一歳でそれほどであれば先が楽しみだな」
「ええ、末恐ろしいものがあります」
団長たちもざわついていたが、セージは冷静だ。
(本当にチート級になれたらいいんだけどな。ゲームのシステム上、地道にレベルとランク上げをし続けなきゃいけないから、そこまで簡単にチート化させることは無理だし。期待されていて、その程度かなんて思われたら悔しい)
この世界の中ではセージは現時点でも魔法士としては上級の実力がある。十一歳としては反則級に強いのだが、セージ自身の意識は違う。
ゲームを徹底的にやりこむことが普通であるセージにとって、魔王でさえもどうすれば早く倒せるかを考えるもので、タイムアタック的要素でしかない。
その領域に行くことがセージにとっての当たり前であった。
そんなセージを置いて話は進み、軽い打ち合わせをして、ギルと一緒に戦場へ向うことになった。
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「進め!!」
号令と共に銅鑼の音が鳴り響き、ラングドン軍が前進を始めた。
今回の目的は最大戦力で中央突破し、最奥にいるはずのボスを倒すことだ。
ボスとは各地で定期的に出現し、魔物が増えて周辺の町を襲うという厄介な存在である。
強さや種類、出現時期・場所はバラバラだ。一つのパーティーで討伐できたり、ボスと気付かれなかったりすることもあれば、今回の様に大所帯でかからないと倒せない場合もある。また、人里周辺に出現し、急に襲われるといった例も多い。
セージはランクを上げきるまでビッグタートルが増え続けるように、すぐにはボスを倒さないでほしいな、と不謹慎なことを考えていたがもちろん口にはしていない。
全兵士のうち第一騎士団と第一魔法士団が中央突破組である。
第二騎士団は遊撃部隊、第三騎士団が防衛部隊となる。
小隊ごとに広く散らばる遊撃部隊に混ざり、セージは走り回ってビッグタートルを見つけ次第倒して行った。
ビッグタートル以外も爬虫類系の魔物が数多くいるのだが、そちらについては騎士たちが倒していく。
もしセージがその他の魔物に会ったとしても、全てギルに押し付けてビッグタートルに集中した。
第一魔法師団は全員が中央突破組に入っていたので、ビッグタートルだけが残ることが多い。
防衛の場合は足止めできればいいため、ビッグタートルが『眠煙』を出そうとして動かない状態になれば急いで倒す必要がない。
戦士はビッグタートルに会った場合、一撃入れてすぐに逃げる戦法を取っていた。
そして、それがセージにとっては最高の狩場であった。邪魔な魔物は一掃してくれて、魔法が味方に当たらないか心配する必要がなく、ビッグタートルは動かない上にピンクの煙『眠煙』を出して存在を主張しているのだ。
(走りながらピンクの煙に魔法を打つだけでいいんだから楽なもんだ。動かないから絶対に当たるし、すでに少しダメージ受けてるし。数十分もしないうちに狩人をマスターできるな。今までの苦労はなんだったんだと思うくらい、サクサク捗る。なんかちょっと腹が立つくらいなんだけど。今までもこんなボーナスステージが欲しかった)
さくっと狩人をマスターし、走って近くの教会に駆け込み、武闘士になってすぐに戻る。
下級職は戦士と武闘士の二択だったが、武闘士の方にAGIのプラス補正が入るため、少しでも多く狩れるようにと考えたのだ。
順調に魔物を倒し続け、百八十体を超えたあたりでボスが倒されたと一報が入った。
セージはもう少し遅くてもいいのにと思いながらビッグタートル狩りを続ける。
(さすがにビッグタートルが見つかりにくい状態になってきたな。それでもまだ魔物が多い気がする。ボスは倒したんだよな?)
その時、空気の壁を通ったような、何かの中に入ったという不思議な感覚がした。
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