第23話 ギルは本気になる

 午前の座学が終わり、午後からはギルとの訓練が始まった。


「よっしゃ! まずは準備運動から、ランニング、腕立て、腹筋、背筋、素振りだ!」


 セージは十一歳であるが、レベル20である。レベル1の成人男性より身体能力が高い。準備運動を順調にこなしていく。


(十一歳の準備運動にしてはハードなんだが、まだ余裕があるな。レベル20ってそんなにステータス上がったか? もう忘れちまったぜ。しっかし、変わった素振りだな)


 セージは元剣道部、ではなく剣道部の友達から教えてもらったり、ネットで剣の扱い方を学んだりしていた経験がある。なので素振りと言われると剣道の動きになるのだが、ギルには見慣れない動きだった。


(動き自体は様になっているが、両手剣でもないのに両手で持って、振り下ろす動作だけって、どんな流派だ? あんなに振り上げると隙だらけなんだが)


 この世界ではレイピアの様に突く動きや片手で振り回すような動きをすることが多い。基本的に盾を持っているからである。両手剣もあるが、両手でしか振り回せない大きさの剣なんて、巨大な魔物を狩るときくらいにしか用いられない。通常の魔物や人との戦闘では不利になることが多いからだ。


「セージ、変わった動きだが、どこかで剣術をならっていたか?」


「えぇとまぁ。少しかじった程度ですが。変でしたか?」


「そうだな。俺は見たことが無いが……まぁいい、実力を知るため一度模擬戦をするぞ。本気で来い」


「わかりました」


 お互いに刃を研いでいない模擬剣を持って向かいあう。

 刃があってもHPの加護があるため怪我をすることはないが、威力が上がりHPが多く削られる。そのため訓練では模擬剣を使うことが一般的であった。


「特技と魔法は使ってもいいんですか?」


(魔法? 確かセージの職業は狩人だったはず。戦闘に使えるような魔法は覚えないはずだが。特技は弓を持ってないからダート系くらいか。まぁ問題ないな)


「いいぞ。実力をみるんだから何でもアリだ」


「わかりました」


 するとセージは鈴を取り出し、何やら準備を始めた。


(何をしているんだ? 魔道具か? そんな高級なモン持ってるはずが……いや、そういえば生産職をマスターしてるんだったか? しかし、あんな魔道具見たことがない)


 ギルはこう見えて騎士団長であった。四十歳を過ぎた時に、第一線から退いたが、戦闘経験は豊富である。しかし、そのギルから見てもセージの行動はわからなかった。


「お待たせしました。準備完了です」


「おう。じゃあいつでもかかってこい」


 ギルは緩やかに剣と盾を構える。


「よろしくお願いします」


 鈴を数回鳴らした後、そう言って祈るようセージはお辞儀をした。


(まったく、丁寧なやつ……なんだ?)


 ギルは体に違和感を持ったが、それよりもセージの構えに気を取られる。セージは右手に剣を持ち左手をギルに伸ばしていた。


(魔法士をマスターしてるのか? ファイアボールでも撃つつもりか? この距離なら避けれるがな)


 ギルは様子見だ。先制攻撃はセージに譲るつもりでいたのである。魔法を避けて一撃を入れるつもりで距離は保ったまま待った。

 すると、セージの左手が光り、何も持っていなかったはずの手に盾があった。こっそり盗賊の特技『スティール』を発動して、ギルの盾を盗んだのである。


「はっ? って、おい!」


(盗賊をマスターしてるのかよ! してやられたぜ! だが、剣でなくてまだ運がいい!)


 ギルは急に盾が無くなったことに驚いたが、すぐに切り替える。

 セージは盾を奪ったものの、身軽さが損なわれるため投げ捨てていた。ギルは再びスティールを発動されないよう、すぐに距離を詰めて剣を振るう。

 しかし、体が思うように反応せず、セージに避けられて、カウンターが来た。ギルは最小限のステップでそれを躱す。微かに当たったが、大きなダメージはない。


(やられた。最初のお辞儀は速度低下の祈りか!)


 ギルの動きが悪くなったのはセージのせいである。これもこっそりと祈祷士の特技、速度低下の祈りをしていたのだ。

 ギルはさらに横なぎに襲い掛かる剣をバックステップで避ける。しかし、セージはさらに踏み込んで剣戟をギルへ当てた。 


(早い! レベル20の動きじゃないぞ! 鈴の音か! 十一歳でどれだけ職業をマスターしてやがる!)


 セージは旅人をマスターしている。実は試合前から旅人の特技で自分にバフを掛けていた。


(剣筋もなかなか鋭いが、これでどうだ!)


 袈裟切りを完璧に見切り、一歩踏み込み足元へ掬い上げるような一撃を繰り出す。

 ギルは足元への警戒が疎かになっていることに気づいていた。


 セージは反射的に飛び退きながら剣を振り上げて距離を取ろうとする。

 しかし、ギルはそれを予想していたかのように剣を避け、さらにそのセージの剣の軌道に自分の剣を合わせた。

 切り上げられた剣は、セージの手から離れはしなかったものの打ち上げられており、次の攻撃には対処できない。


(勝負あったな)


 ギルがそう思って、軽めの一撃をお見舞いしようとした時、セージが手をギルに向けていることに気づいた。


『ファイアランス』


 その呪文が言い切られる直前にギルはセージの横に向けて飛んだ。

 高威力の魔法がギルの足を掠めて飛んでいく。それに怯むことなくギルは回転するように剣を振るった。

 セージは体勢を崩しながら咄嗟に剣で受けたが、力の入ったギルの攻撃に弾かれて剣が飛んでいく。


 セージは地面に転がったギルに『スティール』を発動しようと手を向けた。

 しかし、ギルは起き上がると同時に剣を手放す。


 それを見たセージは『スティール』をキャンセルして、狩人の特技『ダート』を使い、矢を生成してダーツの様に投げた。

 しかし、ギルはそれを正面に受けながら肉薄する。

 セージは呪文を唱え始めていたが間に合うはずもなく、ギルの拳がセージを襲った。


 セージは体をひねる様にして躱そうとしたが、避けきれず肩に拳を受けて、地面に転がる。しかし、セージはそれでも呪文詠唱を止めない。

 迫り来るギルから逃れるように転がり、起き上がると同時に魔法を発動した。

 ギルは至近距離でセージが発動した『ウィンドバレット』を拳で殴り、さらにセージへ第二撃を与えた。

 

 セージは腕で防御したが押さえきれるものではなく吹き飛ばされる。

 さらに追撃しようとするギルに対してセージは叫んだ。


「降参です!」


 そこでギルはピタリと止まった。


(そうだ。力量を測る模擬戦だった。つい熱くなっちまったぜ)


「セージ、強いな。って、おい! 怪我してるじゃねぇか!」


(しまった。やりすぎた!)


 ギルはセージが十一歳でレベル20だったことを思い出した。全盛期を過ぎたとはいえ、ギルのレベルは限界の50。直撃したら耐えきれるものではない。


「最後の一撃でHPが全部削られましたね。特技も使わないただの拳でここまでダメージがあるとは。完敗です」


「完敗って、おまえなぁ」


 怪我をしているというのに笑顔で答えるセージにあっけにとられる。


(とりあえず、治療所につれていくか。あぁお嬢に怒られそうだ)


 なんて説明しようかと少し憂鬱になるギルであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る