第21話 お願いと見返り

 セージはルシールとギルを部屋に連れていき、子供用の椅子に座ってもらう。ルシールはまだしもギルはかなり窮屈そうだ。

 そして、セージはキッチンで用意した緑茶のような物を出す。


「お疲れでしょう。これはセン茶といいまして、疲労回復の効果がありますよ」


 薬師をマスターしたセージが作ったものであり、本当に疲労回復の効果がある。さらに、ハイエルフの薬師の本を参考にしているため高品質だ。

 森で採れるセンの葉から作っており、味は緑茶のようでセージは気に入って常用していた。


(うん、いい味。俺は薄めがいいんだけど、この世界の人たちの味覚はどうなんだろうな)


 セージが飲むのを確認してからギルが一口飲む。そして驚いたようにセージを見た。


「こりゃすごいな」


 その反応を見てルシールも口をつける。美味しいと思った後、疲労が溶けるようになくなり驚いた。

 普通のセン茶は、センの葉の渋みや青臭さがあり、飲み物というより薬という位置付けであった。さらに、疲労の回復度合いはいまいちなので買う人が少ない商品の一つである。しかし、セージが出したものは飛び抜けて効果が高く味も良かった。


「これは……センの葉を使っているのか? どこで手に入れた?」


「西の森にあるセンの葉を採ってきて自分で作ってます。最近はセン茶をよく飲んでいるんですよ」


「よく飲んでるってそんなに疲れているのか?」


「いえ、美味しいから飲んでいるだけですけど。お口に合いませんでしたか?」


(魔法を使えば早いし、まとめて大量に作れるからな。本当はコーヒーとか紅茶もあればいいんだけど。上級薬師の本とかに書いてないかな?)


 ルシールは少しポカンとセージを見たあと少し笑った。


「いや、おいしいぞ。相変わらず変なやつだ」


 穏やかに笑うルシールと不思議そうに首を傾げるセージの二人を見比べてギルが口を挟む。


「お嬢……じゃなくてルシール様。俺には何がどうなってんのかさっぱりわからんのですが」


 戸惑うギルを見て、二人は神木の道でのことやセージがトーリの師匠であることを説明した。


「まさかこんな子供が師匠だったなんてな。俺はてっきり孤児院の管理をしてるじーさんだとばかり。セージを探してるって言ってんだから教えてくれりゃ良かったのによ」


「すみません。騎士の方に探されるなんて今まで無かったもので警戒してしまいました」


「こいつは威圧感があるからな」


「いや、子供たちに大人気だったんですぜ」


 慌てて言うギルに疑わしそうな目を向ける。セージはそろそろ本題かなと考えてカマをかける


「ところで、ルシール様。本題なんですが、ギルさんから回復薬が必要と聞きました。高レベルの騎士たちでも今回の魔物との戦闘は厳しいとか」


 ルシールのギルに対する目線が厳しいものとなる。


(これは当たりだな。しかし、この辺りでそこまで強い魔物がいたかな? それとも数が多いのか?)


 ルシールから睨まれたギルは慌てて言う。


「おっ、俺は言ってないですぜ。逆に魔物は俺らが蹴散らしている所だから安心してくれって」


 慌ててギルが弁解するがルシールの視線は鋭さを増す。


「そんなことを言うからだ。蹴散らしているなら大量の回復薬なんていらないだろう」


「いや、子供だと思って……」


「まぁまぁ、そんなことはいいじゃないですか。ところで戦況を聞いてもよろしいですか」


 ルシールは仕方ないといった形で大まかに説明する。


 一週間前、ここから北にある町で魔物の襲撃が起こった。西にある山脈の方向から大量に魔物が現れたのである。もちろん町には簡易な防護壁があり騎士もいたのだが、魔物の数が多くて対処しきれず壊滅的な打撃を受けたという。

 今は北東にある領都の援軍が一時的に魔物を押し返したが、殲滅するには至っていない。


 殲滅できていない理由は二点あった。


 一点目は、防御力が高い魔物など打撃が効きにくい魔物が多かったことである。

 ラングドン領の武力は他の領と比べて高いのだが、相性が悪かった。ラングドンの騎士たちは高レベルであるが職業が戦士・聖騎士がほとんどだ。魔法士、魔導士が少ない。

 聖騎士は光魔法が使えるが補助や対アンデットの魔法が多い上、そもそも騎士達のMPも覚えている魔法も少ない。

 魔法は知識であり、魔法機構と自然理解が必要である。長い年月をかけて蓄積された知識の集約が力になる。ラングドン領は男爵領であり、他領に比べて若い。さらに初代領主が戦士を贔屓したことからあまり魔法が重要視されていなかった。


 聖騎士は戦士と聖職者をマスターしてなれる職業である。回復魔法を使えばいいとセージは考えたが、MPが少ないため戦士の特技に使っていたら回復のためのMPが残らないのだ。

 逆に特技を使わなければ戦闘が長引いて回復に多くのMPを消費することになり、結局MPが足りなくなる。


 そういう理由から、拠点では教会から派遣された者に回復してもらい、戦闘中には回復薬を使うというのがラングドン領の戦い方であった。

 ちなみに、ラングドン領の騎士団では毎年恒例で水早飲み大会が行われるのだが、それは戦闘中にどれだけ早く回復薬が飲めるかというのを測る面もある。


 二点目の殲滅できなかった理由は、単純に強かったからだ。

 森の奥深くでボスが誕生し、気付かれることなくそのまま成長を続け、とうとう町まで影響が出始めた。町にいた魔物は応急処置的にすぐ派遣された騎士たちで殲滅できたが、奥に行けばある所を境に一段階強くなった。

 進めばさらに強くなる可能性もある。町を守り、広範囲に広がった魔物が他の町に進行するのを止める必要もあり、人員が足りないと感じた騎士は、応援を頼んだのである。


「今は戦線が安定している。しかし、襲撃が無くなることはない。強力なボスがいる可能性も高いしな。それで魔法騎士団を引き連れて近々攻勢に出ようと思っている。そこで大量のHPとMPの回復薬を投入しようと考えたんだ」


「何本必要なんですか?」


「あればあるだけいいが、予定では二千本だ。その内四百本をMP回復薬にしようと考えている」


「二千、ですか。なるほど。桁が違いますね」


「今回の作戦は援軍が到着すると四百人という規模になる。領都が手薄になるため迅速に攻略したい。二千でも少ないと考えているくらいだ。そこで、領都の設備、そして人員を使って大量に作って欲しいと思っている」


 その言葉にセージは少し悩む。


「それは、製法を教えるということですよね」


「そうだ。しかし、関わるのはラングドン家が抱える薬師のみに限り、秘匿するよう厳守する。そして、それ相応の報酬を用意する」


(トーリの店で二千本作ろうと思ったら四百回の蒸留が必要になるから無理だし。まっ、回復薬の製法くらいならいいか。正直そこまで大量に売れるわけでもないし、助けてもらった恩もあるし)


 低ランクパーティーには過剰性能で、高ランクパーティーであれば回復役がいることが多い。もちろん戦闘中に使うには回復薬が役立つこともあるが、そういった事態になるような無理をしないことも高ランクパーティーになったものであれば常識だ。

 MP回復薬の方が需要はあるが、MPは寝れば回復するので頻繁に消費するという物でもない。

 考える姿をじっと見ているルシールに気付きセージが口を開く。


「報酬についてお聞きしてもよろしいですか」


「もちろんだ。回復薬二千本分の金額、そしてラングドン家の研究所長の職を用意している。騎士団長と同等の権限と報酬がある。これはラングドン家当主が決めたことだ。必ず約束を果たそう」


(なるほど。ラングドン家のお抱え薬師になるってことね。まぁ魔法の苦手なラングドン家にとって、薬師の人材は欲しいだろうし。しかし、いきなり研究所長とは思い切ったな。いや、高品質で作ってるから当たり前? うーん、今働いている人たちの気持ち的にどうなんだろ。それに正直な所、俺にとって魅力がないんだよな)


「じゃあトーリさんに聞いてみてください。研究所長になりたいかどうか。製法はトーリさんも知っています。僕もお手伝いしますし」


「セージはいいのか?」


「僕は、ここでやることが残っていますので。孤児院の改築もまだ終わっていませんし」


「やけに新しいと思ったらこれもセージが……ってそれはいい。それだと、セージへの報酬が無くなってしまう。なにか欲しいものはないのか?」


(欲しいもの……今は物欲がないからな。成長すればそれにあった装備は欲しいけど、今はランクを上げるための魔物が欲しいな。無理だけど。シンプルに金にするか。あっ薬師とか錬金術師の上級編の本とかは欲しい。貴族なら持ってるかな?)


「本が欲しいです。上級の魔法書や錬金術書、ハイエルフの書物などはありませんか?」


「それは……期待に沿えなくて悪いが、ラングドン家にはあまりない。ラングドン家の薬師が書いたものはあるが、セージには必要ないだろう」


(まぁそうか。そりゃ、そんなものを集めているくらいなら魔法士が育っているだろうし)


「そうだ。セージは今10歳くらいだったよな?」


「そうですね。11歳になっています」


「それならちょうどいい。王都の学園に推薦しよう。12歳から学園に通うといい。第一と第二学園は貴族と豪族しかいないが、第三学園であれば入れるだろう。試験に合格できるようにはギルがサポートする」


 急に話をふられたギルが驚いたように答える。


「俺がですかい? 武の実技だけなら教えますが魔法は無理ですぜ」


「それで十分だ。第三学園で魔法の実技はなかったはずだ。座学は多少なら私が教えられるだろう。実技の配点が高いから、座学はそれほどできなくても問題ないけどな」


「ちょっと待ってください。王都の学園には上級書やハイエルフの書物があるんですか?」


「あぁ、そうだ。私には理解できなかったが。ハイエルフの書物だけでないぞ。初級魔法書から神の言語で書かれた書物まであらゆるものが揃っている。全て写本だが貴重なものだ」


(おおっ! それは気になる! FSの神の言語っていったら日本語のはず。何が書いてあるんだろう)


 FSの世界の言語はローマ字表記の日本語であり、神の言語を簡略化したものという設定だ。つまり神の言語とは漢字や平仮名を使った日本語であり、普通に読めるどころか、セージにとってはローマ字よりも読みやすい。


「ぜひお願いします。では、セン茶など他の調合技術も提供しましょう」


「いいのか? これがあると本当に助かるんだが……薬師の秘術だろう?」


「いいですよ。トーリさんが研究所長になりますしね。それに、他にもお願いがあるので」


 そしてセージにとって初めてとなる遠征が始まるのであった。

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