第19話 ヤーナ・ルシッカ(ヤナ)は知りたい

 歩き始めてすぐにカイル、ではなくヤナがセージに話しかけた。


「私は魔導士でエルフのヤナ。セージは魔法士? 人族?」


 ヤナはワイルドベアが一撃で倒れたことを不思議に思っていた。子供が直接攻撃できるようには思えない。

 人族の小さな子供が魔法を使えるとも思えないが、ワイルドベアが警戒していて、ヤナのファイアランスで一撃だったとなると魔法を使っていたと考えるのが自然だ。

 それにセージがワイルドベアと対峙していた時、魔法を発動する姿勢だったこともある。


「そうですよ。それよりもさっきから気になっていたんですが、ファイアランスが大きくありませんでした?」


 ヤナが子供で魔法を使うセージに興味を持っていたのと同時に、セージもヤナの一回り大きいファイアランスが気になって仕方がなかった。


「修飾魔法詞magnus。知らないの?」


「しゅうしょくまほうしまぐなす、ってなんですか?」


 ヤナは怪訝そうな顔をセージに向ける。


(どういうことなの? 修飾魔法詞は下級魔法書に載っているはず。魔法士が修飾魔法詞の中で最も有名なmagnusを知らないなんてありえない)


「magnusは呪文のignisやventusの前につけるもの。ほとんどの魔法使いが知ってる。貴方はどこで魔法を習ったの?」


「習ったというか独学です。一昨日中級魔法書を買ったばかりで、まだ初心者なんですよ」


「magnus修飾魔法詞は下級魔法書に載ってる」


「あっ、そうだったんですね。早く下級魔法書が読みたいです」


「……下級魔法書を読んでない? 発音はどうしたの?」


 呪文はローマ字読みでなく発音も異なるため、魔法を使う者が最初に苦労するところだった。そして、正しい発音の仕方が下級魔法書に書いてある。

 しかし、セージは前世で英語など別言語の発音方法、読み方も知っている。回復魔法や生活魔法の発音をレイラから教わっていたため、文字を見ればだいたいわかるようになっていた。

 セージにしてみると発音の判定は結構甘いので、何度か練習すれば難なく発動できる程度のものでしかない。


「発音は昨日何度か練習しましたよ。教会で生活魔法は教えてもらっていたのでだいたい発音の方法はわかっていたんです」


(生活魔法と中級魔法では単語が全く違う。どういう頭の構造してるの、この子)


「すみません。もし良ければちょっと練習したいんですが。いいですか?」


 セージがカイルに聞く。


「あぁ、俺たちは急いでいないからいいんだが」


「ありがとうございます」


 カイルが複雑な表情で立ち止まる。


(この子、怪我してるんだよね?)


 ヤナはカイルに視線で問いかけ、カイルは頷いた。

 怪我をしながら平然としている姿はヤナ達にしてみれば頭がおかしいとしか言いようがない。


(今までの生活が過酷だった? こんな子供で?)


 その間にセージは呪文を唱え一回り大きなファイアランスを放って目を輝かせていた。

 ちなみに火の魔法を使っても簡単に木が燃えたりはしない。植物にもHPの設定があるからだ。


(一発で成功するなんて……しかも発動が早い。もしかして、私よりも? この子は本当に人族なの?)


 セージはまた呪文を唱えている。しかし、不発が続いていた。


(不発ってMP切れ? そんな雰囲気には見えないけど。そういえば何でもないように中級魔法を放てるのも子供にしてはMPがある……んっ?)


 六回ほど不発が続いた後、急に魔法が発動した。そのファイアランスの魔法は元の二倍ほどの大きさで、一本の木をなぎ倒した後、後ろの木に当たって弾けて消滅した。その威力にヤナだけでなくカイルとマルコムも驚いている。

 セージ一人だけ満足そうに頷いていた。


 カイルが問いかけるようにヤナを見たが、ヤナは首を振って答える。


(何これ。見たことない魔法。もしかして未知の修飾魔法詞? エルフの私が知らないことをなぜこんな人族の子供が? magnusも知らなかったのに?)


 セージはもう一発放って無駄に森林破壊をすると、満足そうに頷いた。


「お待たせしてすみません。教会まで連れて行ってもらえますか?」


 何事も無かったかのように言うセージに、カイルたちは驚きが冷めないまま進み始め、少ししてからヤナが発言する。


「セージは本当に人族? 年齢は? レベルは?」


 急にヤナから聞かれてきょとんとしながらもセージは答えた。


「人族ですよ。最近6歳になりました。レベルは6です」


 6歳、レベル6という低さにカイルたちは驚いた後、6歳に見えるし、レベル6でも当たり前、むしろこの年齢にしては高いことに気づく。


(6歳? レベル6? それで中級魔法を自由に使うの? ありえない。エルフでも無理。本当に人族なの? それにあの魔法は?)


「……さっきの魔法はなに?」


 セージは言葉に詰まる。たまたま呪文が成立したが、知っていたわけではなかったからだ。

 セージのFSの中でmagnusのファイアランスよりも強力なグラフィックを見たことがあった。そこで、思い付いたのは水魔法マグナウェーブより上、勇者の技グランドスラッシュのグランドだ。grandの発音を適当に変えてgrande、grander、grandel、grandusと唱えていたらgrandisが当たったのだ。

 ただ、セージはmagnusの上があると知っていることも、勇者の技を知っていることも言うわけにはいかない。


「秘密であれば答えなくていい」


「秘密ってわけではないんですが……えーっと、実は適当につぶやいていたら当たっただけなんですよね。強いて言うなら修飾魔法詞grandisでしょうか」


(魔法詞の発見……! しかも強力な修飾魔法詞!)


 修飾魔法詞は魔法使いの基礎攻撃魔法全てに適用される言葉だ。この影響は大きかった。

 後に魔法士ギルドで大きな波紋を呼ぶことになるとは知らずに、セージは困ったように笑いながら気楽に答えていた。


(これは、ギルドに報告しないといけないけど、詳細は言えない。新たな魔法詞開発の研究者が悩んでいるというのに。こんな簡単に明かしていいものではない)


「セージ、魔法について話すことがある。私たちの宿に来て。カイル、マルコム、この修飾魔法詞について誰にも言わないで」


 するとカイルが口をはさんだ。


「確かに重要なんだがな……」


「最重要」


「わかっている。しかし、まずは治療しないといけない。それに、親もいるだろう?」


(そうか。そういえば子供だった)


 ヤナは魔法のインパクトが強すぎてすっかり忘れていた。


「これから教会に行くんですよね? 僕は併設された孤児院に住んでいますから。外で泊まると言っておくので大丈夫ですよ。せっかくなので僕も魔法について話がしたいですし」


 セージは魔法についてまだ知らないことが多かったため、これを機に教えてもらおうと考えた。

 カイルたちはセージが孤児だったことにまた驚く。


「孤児だったんだな。不思議な少年と聞いていたが、不思議どころじゃないぞ」


 カイルの言葉にセージは不思議?と首を傾げる。

 その時、今まで黙っていたマルコムがあっと声を上げる。


「僕たちは目的を忘れていないかい? 師匠を探して回復薬を作ってもらうんだろ?」


「「あっ」」


 二人そろって声を上げ、セージはまた首を傾げた。


*******************************************


 セージは町に戻って教会で応急処置を受けて薬屋に行き、トーリと回復薬を作った。心配されたが、セージとしては打撲と少し口を切ったくらいで大丈夫だと答えた。結局トーリが下準備以外の作業を全て行ったが。


 その後、カイルが止めたもののヤナが強引にセージを宿に連れて行き、夜が更けカイルに怒られるまでヤナとセージは魔法について話をした。

 それはgrandis修飾魔法詞を他人に教えないことやギルドに詳細を明かさず報告することなどだけでなく、魔法や呪文のシステムや自然科学的理解にまで及ぶ。

 さらに、高品質の回復薬についても聞かれたが、トーリとの経験からややこしいことになると想定したセージは全力でごまかした。


 そして、夜が明けてすぐにヤナはセージを起こして話を続けた。カイルはここまで話すヤナを見たことがないと呆れていたほどだ。

 カイルはこの町に残ってセージと魔法談義を行うとまで言い出したヤナを説得し、文通をするということで話をつけて、後ろ髪が引かれるようにして去っていった。


 さすがに死闘の後に治療し、回復薬づくりを手伝い、濃密な魔法談義で睡眠時間も少なく疲れきったセージは、その日教会に戻ってから全てを投げ出して泥の様に眠ったのは言うまでもない。

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