第18話 カイルは少年を助ける

 ミュリエルとジェイクは買い物に行くため別行動になり、ヤナとマルコムとカイルの三人で探索に来ていた。


「こんな広大な森の中から探すつもり? なかなか厳しい話だね。教えてもらった場所からは移動してるだろうしさ」


「絶対見つける」


 肩を竦めて言うマルコムにヤナは力強く呟く。そんな姿を見て苦笑しつつカイルが言った。


「師匠を見つけるのは難しいだろうな。でもホーンラビットは見つかるだろ。食料を確保しに来たとでも思って気楽に探そう」


 ヤナが軽く睨むがカイルは気にせずに言葉を続ける。


「この辺りには強い魔物はいないらしいが、絶対なんてものはない。気張らなくとも良いが注意を怠らず行こう。俺が先頭を行く」


 その言葉にヤナが頷き、マルコムが返事をしようとした瞬間、北の方向から破裂音が聞こえた。


「前言撤回。見つかるかもね」


 マルコムが軽く言い、カイルは「行くぞ!」と号令をかける。


 音が聞こえた方向へ走ると木々の影からワイルドベアに吹き飛ばされる少年の姿が見えた。焦りながら二人に指示を出し全力疾走する。

 ワイルドベアが倒れたのも見えたが、なぜ倒れたかはカイルには分らなかった。カイルの位置からは魔法が見えていなかったのだ。バランスを崩したのかと考えたカイルは、すぐに起き上がる姿を見て焦る。


(くそっ間に合わないかっ!)


 ヤナに牽制の魔法を使うように指示しようとしたが、ワイルドベアがその場から動かなかったため手を止める。


(なんだ? 何があった?)


 視線の方向には、ワイルドベアに向かって魔法を撃つ牽制をしながら鋭く睨む少年の姿が見えた。


(あれは……子供なのか?)


 カイルは戸惑った。小さな子供があれだけの攻撃を受けて、恐怖に怯えることなく立ち向かえる姿に。


「加勢する!」


 ワイルドベアがカイルを警戒したとき思わず口に出たのはそんな言葉だった。

 冒険者同士のマナーとして戦いが劣勢に見えたとしても一声かけて加勢の許可を得る。これはレベルやランクを上げるための経験や、魔物の素材を横取りしたなどと揉める原因になることだからである。


 カイルは元々子供を助けるために走っていた。声かけなんて考えてもいなかったが、姿を見た瞬間冒険者のマナーが頭をよぎって思わず声が出たのだ。


 少年が頷くと同時にワイルドベアに向かって盾を突きだしつつ右上から剣を振るう。

 ワイルドベアが左に飛んだ瞬間、ヤナがファイアランスを放った。

 セージが放つものより一回り大きな炎の槍がワイルドベアの頭部に直撃し、地響きを立ててワイルドベアが倒れる。

 そこにマルコムが現れて止めの一撃を繰り出し、ワイルドベアの首に深々と短剣が刺さった。


「あれっ? 刺さった?」


 マルコムがヤナの方を向くがヤナも首を傾げる。カイルのパーティーからするとワイルドベアは格下の相手だが、ファイアランスの一撃で倒せるわけではない。

 それを踏まえてマルコムが攻撃したのだが、すでにHPが0だったため刺さったのである。

 カイルも不思議に思ったが、気持ちを切り替えて少年に近づく。


「少年、大丈夫か」


「ええ、大丈夫です。助けていただきありがとうございます」


(子供の様だが、どうだろう。小人族か? そうは見えないが)


 子供とは思えない態度と丁寧さに違和感を覚えながらもカイルは話しかける。


「HPが減っているだろう。どれくらい減っている? 回復しようか?」


 聖騎士であるカイルは回復魔法が使える。回復量はそれほど多くないがワイルドベアと戦うくらいならすぐに回復できるだろうと思っていた。

 しかし、少年はすぐには答えず、考える様子をみせる。カイルはそれを警戒しているのかと考えた。


(回復で金を取られると思っているのか? 確かにそういうこともあるが)


 他のパーティーに助けられた時や回復してもらった時などに何か見返りを要求することは良くあることだった。

 そして、その要求には無茶なことではなければ応じるのがマナーだ。そうすることが安全性を高めることに繋がっている。

 ただ、カイルは子供に金を要求しようなんて思ってはいない。


「心配するな。金をとろうなんて思っていないぞ」


「いえ、そういうわけではなく、HPが0なので回復できないんです。蘇生の魔法、『リバイブ』ですかね? それをかけていただけると助かるんですが」


 当然のように言う姿にカイルは驚いた。

 この世界はHPという加護があり、怪我をすることが稀だ。だからこそ怪我などの痛みに弱いのである。

 大人の冒険者でもHPがわずかになったら慌てるのが当たり前で、HPが0になったら死がよぎって動けなくなることもある。普通の人は少しでもHPが減った状態になると不安になるものである。

 セージはHPが0なら回復魔法では効果がないという当たり前を話したつもりで驚かれたので戸惑っていた。


「えっと、蘇生の魔法は使えますか?」


「あ、あぁ、使える。ちょっと待て」


 カイルは何ともいえない表情で滅多に使わない蘇生呪文『リバイブ』と『ヒール』を使った。

 セージはカイルの表情に困惑しながらもお礼を言う。


「ありがとうございます。助かりました」


「怪我は?」 


「大したことはないですね。全身痛いですが歩ける程度です」


 カイルは『レスト』の上位の回復呪文『ヒール』を使って回復したのだが、HPが回復しても怪我が治るわけではない。身体の傷や病気に回復呪文は効かないのである。


(全身痛いってよく平然としていられるな……そんな状態でワイルドベアと向かい合っていたのか。俺でもそんな極限の戦いができるかどうか……)


 カイルは先程見たセージの姿、死と隣り合わせで鋭く敵を睨んでいたことを思い出す。HPが0になっているにもかかわらず、その目に浮かんでいたのは恐怖ではなく闘志であったことに戦慄した。

 そんなことを知らないセージはますます訝しげな表情になる。

 その事に気づいたカイルは慌てて言った。


「そうだ、町に戻って治療しよう。教会なら怪我を見てもらえるだろう。肩を貸そ……良かったら、おんぶしようか?」


 肩を貸そうとして子供であることを思い出して言い直す。


「良いんですか? ありがとうございます。実は少し歩くのは辛いなぁと思っていたんですよ」


 カイルは嬉しそうに言うセージをおんぶして、その軽さに驚いた。


(子供ってこんなに軽かったのか。こんな体でよく戦っていたな)


 辺りを警戒していたヤナとワイルドベアの解体をしていたマルコムが戻ってきたので、簡単に説明した。

 そして、教会に向かおうとしたとき、ふと思い出した。


「君の名前はセージか?」


「えっ? 何で知ってるんですか?」


 驚く反応が何だか子供らしくて、カイルとしては逆に違和感があるくらいだった。


(会えばわかるか。確かに不思議な少年だな)


「歩きながら話そう」


 カイルはそう言い、セージをおんぶしながら歩き始めた。

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