第17話 カイルはトーリを訪ねる

 ギルドからの調査依頼を終えて王都に帰る途中、ケルテットの町に着いた時のことだ。


「薬屋に行きたい」


 パーティーメンバーであるエルフ族のヤナが呟くように言った。無口であまり自分から声をかけることは無いのだが、余程気になっていたのだろう。


「急ぐ訳でもないし、いいんじゃない? 前は通り抜けただけだったし、泊まっていこうよ。今回の仕事で結構お金も入るんだしさぁ、ぱぁっと使おうよー」


 明るい声を出したのはミュリエル。リーダーのカイルは少し考える。


(日程的には余裕があるし、次の街に着くのは……明日になるか。このあたりの魔物なら野営の危険は少ないとはいえ、リスクは低い方が良い。それに、俺もあの回復薬は欲しいからな。丁度いいか)


「新しい防具を買うんだろ? 無駄遣いは出来んぞ」


「まーたカイルはケチ臭いこと言ってー。良いじゃん、今までかなり急ぎだったんだしさー」


「お前が使う防具だろ」


「それはそうなんだけどさー」

 

 否定的な言葉にミュリエルはぶつぶつと文句を言う。

 ミュリエルは金遣いが荒く、持っている金は全て使うようなタイプだ。もし、気楽にパッと使おうなんて言うと本当に全部使ってしまいかねない。


 実際に一人前の冒険者になれたばかりの頃、ミュリエルが散財して回復薬すら買えなくなったことがある。

 ミュリエルもその時には反省していたが、次の日には忘れていた。

 それを見てカイルは金庫番になったのである。


 不満そうな顔で抗議を続けるミュリエルにカイルは軽いため息をついた。


(これくらい言っておいたらいいか)


「冒険者ギルドで宿の情報を聞こう。薬屋は宿を決めてからだ」


「おっ! なんだかんだ言ってわかってるじゃん!」


「うるさい。マルコムとジェイクもそれていいか?」


「僕は賛成だよ。冒険者に疲れは大敵だからね」


「俺はどっちでも」


 背が低い男マルコムは笑顔で、細身で神経質そうな男ジェイクは興味無さそうに答えた。


「それじゃあ、しゅっぱーつ!」


 ミュリエルは張り切って歩き出した。


 宿が決まり昼食を取った後、大通りから少し入り込んだところにある薬屋に行く。

 行きにたまたま話を聞いて立ち寄った時には、今までに見たことがない高品質の商品が置いてあった。

 急ぎだったためゆっくりする時間がなかったのだが、ヤナだけでなくカイルも気になっていた店だった。


「いらっしゃい」


 ドアを開けると店主のトーリが本から顔を上げてカイルの方を見る。

 カイルは店内を軽く見渡して店主に話しかけた。


「この間も店に来たんだが覚えているか?」


「あぁもちろん。高ランク冒険者は珍しかったからな。うちの店の商品を宣伝してくれたみたいじゃないか」


「宣伝って程でもない。回復薬の品質は命にかかわる。他の冒険者に勧めるのは当たり前だろ」


「さすが高ランクだと言うことが違うね。自分たちが良ければ良い、安ければ安いほど良いなんて奴もいるもんさ」


「そんな奴は長生きしないな。ところで、今日はHP回復薬しかないのか?」


 カイルは高品質のMP回復薬も欲しいと思っていたのだが、棚には置いていなかった。

 ヤナはエルフということもあり高いMPを持っているが、カイルたちは高レベルと言ってもそこまでMPが高くない。

 高品質のMP回復薬はMPが大幅に減ってから飲むのにちょうどいい回復量だった。


「残念だが午前中で売り切れだ。元々そんなに量を作ってないし、お陰さまで買い手が増えたからな」


「なるほど。宣伝しなきゃよかったぜ」


「そんなこと言う冒険者は長生きしないよ」


 ニヤリと笑いながら言うトーリにカイルは苦笑する。


「もし良かったら作ってくれないか? 明日の朝ここを発つ予定なんだが間に合うだろうか。急いでもらえるなら少し色を付けて払う」


 カイルにとっては高品質の回復薬はかなり有用だった。通常の三倍の値段でも安い、四倍でも購入したいと思えるほどだ。


 しかし、カイルたちの拠点からこの町、ケルテットは離れており、気軽に買いにこれる距離ではない。

 買えるのであれば、帰路である今に買いだめしておきたかった。


「無理だな」


 トーリは少し考えてはっきりと答える。


「回復薬を作るのにはそんなに時間がかかるのか?」


「いや、そんなことはない。ただ、師匠がいないと作れないんだ。どうしても欲しいなら師匠と交渉してきてくれ」


 トーリも魔法士のランク上げをしていたが、まだマスターどころかドライの魔法も使えないため一人では作れないのだ。


(ん? 店主はハーフエルフだと言っていたが、その師匠? エルフか? ハーフエルフと共になんて珍しいな。それに人族の町にいるなんて……親が師匠なのか?)


 ヤナがカイルの方をじっと見る。それだけでカイルは何が言いたいのか分かった。


(交渉したいってことか。高品質の回復薬は珍しいが、ヤナがここまで興味を持つとは思わなかったな。いつもは魔法以外に興味を示さないのに)


「よし、わかった。交渉しよう。師匠はどこにいるんだ?」


「必ずと言うわけではないが山の麓だろう。ホーンラビットを狩りに行くと言っていた」


 カイルはトーリからホーンラビットがいる詳しい場所を聞く。そもそもセージにホーンラビットの場所を教えたのはトーリなので、場所を答えるのは簡単だった。


(西にある山なら近いし、会える可能性も高そうだ。それにしてもホーンラビットなんて何故狩りに行ったんだ?)


 ホーンラビットは駆け出しの冒険者が良く狩る魔物だ。角が売れることと肉が手に入ることが大きい。なので、流通量が多くて素材が欲しければすぐに買えるものである。


「会えるかはわからんが、まだ時間はあるし散策も兼ねて山の方に行くか?」


 カイルがヤナの方を向いて聞くと大きく頷いた。


「師匠の特徴を教えて貰えるか?」


 トーリは少し考えて答える。


「師匠の名前はセージ。一言で表すと不思議な少年、だな。珍しい名前だし、会って話せばわかると思うが、失礼の無いようにな」


「わかった」


(エルフの成長は遅いが、幼少期はそこまで人と変わらなかったはず。少年が師匠になれるのか? 小人族ってわけではないよな? 失礼の無いようにって高い身分なのか?)


 ハーフエルフの師匠と不思議な少年の二つが噛み合わず、カイルたちは首を傾げながらも山の方へ向かった。

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