第16話 熊

 セージが放ったウィンドカッターは、ホーンラビットに避けられ、その後ろに続いて出てきた魔物の手に当たった。


(まずい!)


 魔物を見て珍しく焦るセージ。

 その姿を一言で言うと熊、ワイルドベアと呼ばれている魔物で、当然ホーンラビットより遥かに強く、この辺りの森では最強クラスの魔物だ。中級魔法が直撃したとしても一撃で倒せない。


 ウキウキした気持ちは吹き飛んだ。すぐに隠れようとしたがすでに遅く、ワイルドベアと完全に目があう。セージはとっさに逃げながら、別の呪文を唱え始めた。


「ガァアアアア!」


 ワイルドベアは怒りの咆哮を上げた。三十メートル程度の距離があったが、セージにまで威圧感が届く。

 そして、三メートル近い巨体にもかかわらずホーンラビットより速くセージに向かって走り出した。


「ファイアランス」


 猛烈な速度で迫るワイルドベアに向かって、用意した魔法を解き放つ。セージの手から一直線に飛び出した炎の槍がワイルドベアに突き刺さる、と思った瞬間ワイルドベアが横に飛んだ。

 槍はわずかに追尾したが肩を掠めて後方の木に当り、破裂音を響かせて弾けた。


(そんなのあり!? 普通魔法は必中、あっFS12以降はそんなことない、ってこれはやばいぞ!)


 セージ自身は反対方向へ逃げながら、再びワイルドベアが迫ってくるのを見る。セージは内心で悪態をつきながらすでに次の呪文を唱えていた。


「ウィンドカッター」


(これなら当たるだろ!)


 魔法を解き放つと、空気の刃が木々を掠めながらワイルドベアに襲いかかった。しかし、ワイルドベアは爪を一閃させて受ける。


「グルァァァアアアア!」


 ワイルドベアにも少なくないダメージは通ったが、ウィンドカッターは弾かれて直撃とは言えなかった。


(くそっ! ますますヤバイぞ! 冷静になれ冷静に)


「Lieru ignis tracien hastam……」


 セージは次の呪文を唱える。

 ワイルドベアはウィンドカッターに少し怯んだものの、すぐに怒りを増して近づいて来ており、セージの側まで迫っていた。


(マジかよ。くっそ、次こそは当ててやる)


 焦りながらも呪文はしっかりと唱え切り、追い付く寸前に木の影に隠れるように横飛びする。


「ファイアランス」


 腕を付きだして呪文を唱え終わった瞬間、目前にワイルドベアが姿を現した。


「ガアァ!」


 唸りと共にワイルドベアが爪を振り下ろす。その寸前に魔法が発動。ファイアランスはワイルドベアの胸に直撃した。しかし、ワイルドベアの攻撃は止まらなかった。


「ゴアァァアア!」


 ワイルドベアはのけぞりながらも爪を振るう。セージは反射的に腕につけた盾でガードした。しかし、盾でガードしているにも関わらず薄いガラスが割れるような音が頭に響き、セージは吹き飛ばされた。

 バランスを崩したワイルドベアは転げるように倒れる。


「かはっ、けほっ……Lieru ignis……」


 セージは再び呪文を唱えながら、木に手を付きつつ立ち上がる。そして、ステータスをちらりと見た。


 HP 0/22


(HP0でも死なないって聞いてたけど本当だったな。検証したくなかったけど)


 ワイルドベアも起き上がり、手を向けているセージを睨む。しかし、飛びかからずに一定の距離を保ち警戒していた。

 セージの状態は悪く、口の中は血の味が広がり、全身がズキズキと痛んでいる。HP0のためワイルドベアの次の攻撃には耐えられない。

 死が迫っていた。


(こんなところで死んでたまるか!)


 ワイルドベアにも余裕はなかった。元々魔法耐性が低いこともあり、中級魔法の直撃を何度も受けられない。

 加えて、ファイアランスは一点に集中する分、中級の中でも高威力だった。それを知っているからこそセージは使っていたのだ。

 ワイルドベアのHPはあと僅か。次の魔法が少しでも当たればHP0になることは理解しており慎重になっている。


 セージは呪文を唱え終わり、発動するための姿勢も取っている。後はファイアランスと唱えるだけで発動するのだが、それをせずワイルドベアとの睨み合いをしていた。


(来いよワイルドベア! 魔物だったら襲ってくるのが普通だろ! くそっ、どうするか考えろ。このままだとじり貧だぞ。何とかして切り抜けないと)


 声を出すと呪文がキャンセルされてしまうため、セージは黙ったままここを打開するための方法を必死に考えていた。

 しかし、どう考えても自分がやられる未来しか思いつかない。


 いつでも魔法を発動できる姿勢をとっているが魔法を放って避けられたらゲームオーバーだ。そして、敵は避けられるだろう距離を保っている。

 魔法を避けられて、次の魔法を唱えきる前に一撃を食らって死ぬのが目に見えている。

 

 ただ、逃げようにもセージは満身創痍。魔法を発動する姿勢をとっているだけで精一杯だ。そもそも万全の状態でもワイルドベアの方が圧倒的に速い。


 そして、早くしないと他の魔物に襲われたら終わりという時間制限もある。


(詰んでないかこれ。死んでも大丈夫とか、ないだろうな。ワイルドベアは近づいてこないし。こっちが倒れるのを待っているのか? 魔物ってそんな思考したりすんの? もっと単純かと思ってた。本当に設定がハード過ぎるぞ。もう、そんなことはいい! なんとか切り抜ける方法を考えないと)


 混乱しながらも打開策を考える。セージが焦っていると、ワイルドベアが視線を外し別の場所を警戒し始めた。


(どうしたんだ? 魔法を打つか? いや、フリかもしれないし、外したら本当に詰む。命を張った賭けなんてしたくないぞ)


 魔法を撃つべきか迷うセージに声がかかる。それはセージにとって救世主の声だった。


「加勢する!」

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