第10話 薬屋にて

「それで、スライムの価格はいくらですか?」


 自分は勇者でも神でもない普通の人間で、スライムの倒し方については勇者を真似ているだけだという形で収まった。

 そして、やっと本来の目的に戻る。


「それなんだが、大した価格にはならないんだ。使える部分が多くて質がいいから通常より高いけど、素材としてはスライムだからな。小銅貨二枚ってところか」


 セージはこの国の通貨についても聞いていた。銅貨、銀貨、金貨の順に価値があり、小、大の区別がある。小銅貨の下に輪銅貨という穴の空いた銅貨があり、一般的な平民が使っているのはほとんど輪銅貨、小銅貨、大銅貨である。


 価値としては輪銅貨がセージの前世、日本でいうと十円程度だが、物の価値が大きく違うため参考程度だ。そこから、小銅貨、大銅貨、小銀貨といった順に10倍されていく。

 ただし、同じ輪銅貨でも綺麗なものとボロボロのものとでは価値が違ったりもするのでそこまで正確ではない。


(小銅貨二枚ってことは二百円くらいか。かなり安いな。いやスライムにしては良い値段か? でも、早く武器と防具、回復薬とかのアイテムが欲しいのに、HP回復薬でさえ大銅貨一枚。リスクを考えると持っておきたいんだけど手が出せない)


 黙って考え込むセージを見て、安過ぎると思われたと勘違いしたトーリは慌てて弁解する。


「小銅貨二枚でも良い方だからな。本当だぞ。ギルドで普通の崩れたスライムの買い取りは輪銅貨数枚程度だぞ」


「あっ別に不満ってわけじゃないんです。回復薬とか欲しいなって思っただけで。ちなみに、どうやって作るんですか?」


「そっそうか。良かった。回復薬の作り方は、基本は薬草と水でMP回復の方ならスライムゼリーを使う。詳細は教えられないが意外と簡単に作れるものなんだ」


「じゃあ僕にも作れますか?」


「それは無理だ」


 なぜ?と首を傾げるセージにトーリが説明する。


「作ること自体は簡単なんだがな、薬師のランクを上げないと大した回復薬にならないんだ。薬師ランク1が作った物だと飲んでも良くて1回復だな。何も起こらないことの方が多い。それに、ランクを上げるだけじゃ足りない。作り方によっては回復量が少なかったりもする。作ろうと思ってすぐに作れるものじゃないんだよ」


「なるほど。ランクを上げつつ回復量が上がる作り方を試行錯誤するわけですね。トーリさんは薬師をマスターしてるんですか?」


「私は調理師と薬師をマスターした錬金術師だ」


「錬金術師! すごいですね! ほとんどいないと聞きましたが」


「そりゃ元々エルフの里にいたからな。薬師は里でマスターした。まぁそんなことはいいだろ」


 ハーフエルフのトーリはエルフの里で良い思い出が少ない。それをわかっているセージはすぐに話を変えた。


「錬金術師って何が作れるんですか?」


「ステータスを一時的に上げる薬を作ることができる。これは作るのも難しいし、材料も集めるのが大変で高級品なんだが、高ランク冒険者なら使っているな。あとは香水系が売れるか。魔除けの香水は人気だ」


(ほうほう。剛腕薬とかが作れるわけだ。正直、ゲームではほとんど使わなかったけど、現実的に考えるとありかもしれない。それに魔除けの香水は欲しいな)


 セージは頷きながら考える。


「錬金術師はマスターしたんですか」


「していない。世界の誰もマスターしていないんじゃないか?」


「えっどうしてですか?」


「錬金術師ギルドで記録されている最高ランクがランク35だ。ランクを隠しているヤツもいるが、マスターはしていないだろう。おそらく、今わかっている物だけじゃマスターできないんだろうな。マスターしたのはハイエルフくらいじゃないか」


(うーん。とりあえずFS15までのアイテムは覚えているし、必要な素材も何となくわかるから大丈夫かな。たぶん、材料さえ集められれば全部作れる)


「そうなんですね。実は僕も錬金術師を目指しているんです」


「錬金術師か? 薬師と調理師の二つをマスターする必要があるから普通は無理だろうけどな。私が教えれば十年くらいでなれるんじゃないか? 薬師のランクが10くらいまで上がったらセージを弟子にとって回復薬とかの作り方を教えてもいいぞ。私の師匠に弟子をとってもいいか聞いとくよ」


 一つを極めるのに大人でも数年かかると言われている。その上、鍛冶師や薬師は設備やレシピが必要になるため独学ではまず無理だ。最初に弟子入りする必要があり、その時点でハードルが高い。


「ありがとうございます。薬師ランク10まで上げるのってどうやってするんですか?」


「そうだな。初心者は薬草や薬効のある木の根などを使って飲み薬、塗り薬を作るのが一般的だな。あとは料理もおすすめだ。普段食べている野菜にも薬効のある物があるし、栄養価の高いものでも薬としてカウントされる。調理師と薬師の二つ同時にランク上げができてお得だろ。エルフの里では調理師のランクはあまり上げないが、人族では一般的なランク上げ方法だぞ。金もないだろうし食材を見つけるのが大変かもしれないが、少し意識しておくといい」


(ランク上げの判定って結構アバウトなんだな。何にせよ薬師がランク9の理由が分かった。ほとんどが料理の影響だろうな。ゴボウが中国では漢方になるとか言うし、栄養価高い食材なんて日本には山ほどある。調理師はマスターしてるし、とりあえず薬草からだな)


「わかりました。まずは薬草の飲み薬と塗り薬を教えてもらえませんか?」


「簡単に言うと薬草を粉末にするだけだ」


「粉末にするだけ、ですか?」


「そうだ。その粉末を湯に溶かして飲む。塗り薬はその粉薬を溶かした固形油に混ぜるだけだ。簡単だろ? ランクが上がれば薬草の粉末でもHPが少量回復するし、低質な回復薬くらい効果があったりするな。回復薬より安くて軽くてお腹が張らないから新人冒険者なんかは買っていくぞ。あと、この辺りで簡単に採れて初心者向けなのは、これかな」


 トーリはカウンターの下から四つの植物を取り出した。


(あー、なるほど。薬草と毒消し草、退魔の花だ。FSアイテム図鑑で見たな。あと一つは何だ? 茶葉みたいだけど)


「これが薬草。一番有名でその辺でもすぐに見つかるだろ。こっちが毒消し草。森のいくつかの場所に群生地がある。で、この花は魔除けの香水になる材料なんだが、錬金術師じゃないと使えない。ただ、根の部分は眠気覚ましの原料で薬師でも使えるから、根ごと引き抜いて花部分だけ売りに来ればいい。で、最後にこれがセンの葉。山の方で採れる。揉んだりしてから煮だして飲むものだ。疲労回復に効く」


(やっぱりセンの葉は茶葉みたいだな)


「センの葉だけは草じゃなくて、低い木から採るんだ。なるべく若い芽を採った方がいい」


(ますます茶葉っぽい)


「ちなみに乾燥させて炒めるのもいい」


(それってほうじ茶?)


「発酵させる地域もあるらしいな」


(紅茶だ!)


 そんな風に詳しく初心者向けの薬の作り方を聞くのであった。

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