第9話 薬屋のトーリ
店にはいるとカウンターに座っていた若い女性がこちらを向く。レイラより少し上くらいに見えるが、整った顔立ちでエルフだとわかるため、年齢はわからないなとセージは思った。
「レイラか。魔除けの香水を買いにきたのか?」
「今日はちょっと別の用事で」
レイラがセージを紹介しようと前に出す。
「あぁ男の紹介か? ちょっと若すぎるんじゃないか?」
「何を言ってるんですか! 新しく孤児院に来た子供です!」
怒るレイラを気にせず飄々と続ける。
「へぇ、新しい孤児なんて久しぶりだな」
「セージと言います。よろしくお願いします」
名前を聞いた瞬間に「ん?」と観察する目をセージに向けた。少し悩んだ末に「私はトーリだ」と言い、レイラに視線を戻す。
「それで用件は? 子供の紹介だけか?」
「それもありますけど、スライムゼリーを買ってもらおうかと思って」
「なんだ買取か。スライムゼリーなんて大した金にならんぞ」
スライムの核やスライムゼリーは纏まった量があればギルドで常時買取している。ただし、ギルドに登録してなければ買取してくれない。そして、ギルドの登録は十二歳以上でないといけない。それで、薬屋に直接持ってきたのである。
「別にいいんです。この子が拾ってきた物ですから」
「拾ってきた? 状態によっては買い取らんからな」
「状態は良いと思いますよ。詳しくはわかりませんけど、見た感じは傷一つないです」
そう言って麻袋からスライムを取り出した。
トーリは目を見開き、スライムに触れる。
「これは……おい、どうやってこれを得た? 本当に拾ったのか? どこで拾った?」
詰問するトーリにセージは言葉を詰まらせる。
(これは困ったな)
セージはスライムに対する『スティール』の裏技を言うわけにはいかなかった。
強引に盗賊になった手前、確実にこの裏技を知っていたとバレるからだ。何で知っているかなんて説明するのもややこしい。
しかし、売れるとなれば何度も薬屋に持ち込むことになり、拾ったなんて言い続ける訳にはいかない。
何と言うべきか悩みながら誤魔化すように微笑んでいると、突然トーリが別の質問をする。
「種族は?」
「種族? あっ、人族です」
セージは種族を聞かれるのが初めてで、ステータスにあった種族を少し戸惑いながらも答える。
「年齢は?」
「五歳です」
トーリはなにやら考えるそぶりを見せ、ふと思い出したように言った。
「そうだ、レイラ。教会に戻らなくていいのか?」
「戻らなきゃいけませんけど、じゃあセージ君、一度帰りましょうか」
「いや、セージは置いていけ」
「どういうことですか?」
「まだ話すこともある。それにこいつの評価もまだだ」
トーリはスライムを指で突きながら言う。スライムの塊がプルンプルン揺れた。
「五歳の子供を置いていけるわけないじゃないですか。昨日ここに来たばっかりなんです。評価に時間がかかるならまた明日に来ます」
「いいから早く行け。心配なら後で私が送っていく」
セージもレイラがいない方が、都合が良さそうだと感じて援護する。
「レイラさん。僕は大丈夫ですから、先に戻っていてください。道もちゃんと覚えていますよ」
「ほら、本人もこう言っているだろう。さっさと帰ったらどうだ」
レイラは教会での仕事もあり、帰る必要があったため、不満気な表情をしながらもトーリに追い出されていった。
セージと二人になりトーリが口を開く。
「それで、人族の五歳でセージって名前なんだな?」
「そうですよ。ステータスに書いてありますから間違いないです」
「この核の無いスライムを昔に一度だけ見たことがある。勇者が持ってきたものだ」
「勇者が?」
「そうだ。半分エルフの関係でこう見えてもそれなりの年でな。アーシャンデールの勇者に会ってるんだ。まだ薬屋の見習いをしていた時のことだが」
そこでセージにピンとくるものがあった。
アーシャンデールはFS12の舞台であり、最初の町で薬屋の店員をしているのが、ハーフエルフのケルットーリ・コルホラだ。
エルフは純血を貴ぶためハーフエルフは生きにくい。そこで里から逃げ出し、遠く離れた町の薬屋で働いている、という設定だった。ただのモブではなく、イベントありのキャラである
それに気づいたセージのテンションが急激に上がった。
(マジで!? そう思ったらそっくりだ! FSのキャラに会えた! いや、本物か? エルフ系の人って美形過ぎて区別がつきにくいんだよな)
「ケルットーリ・コルホラさん?」
「おい、お前、その名前をどこで、、、」
トーリは驚き目が見開く。
(やっぱりそうだ! これはテンション上がるな! 初キャラがケルットーリとは意外だけど、これでこの世界も今までのFSシリーズとつながっているのは確定だ。ということは、他のキャラにも会える? んっ? 今の時代は?)
「失礼ですが、トーリさんはおいくつですか? 40歳くらいですかね?」
FSは15まで出ているが、時系列は順番通りではない。なので、年代的にはFS13が最も進んでおり、FS12の10年後の話だ。FS12の時点でケルットーリは28歳。逆算するとFS13で38歳。そこから何年経っているかを知りたかった。
「まだ39だ。って年齢までわかるのか!」
トーリは睨んでいるが、セージは気にしていない。それよりも時代考察が重要だった。
(FS13から1年程度か。思ったより進んでないな。ならキャラが寿命で亡くなってることもなさそう。でも、早めに世界を回らないと。あっそういえば魔王との戦いもあるな。FSは10年区切りが多いし、あと9年後には魔王が誕生しているってこと? そうなると14か15歳だから……キツいな。戦えるか? ほったらかしにして万が一キャラが死んだりしたら嫌だけど、体も成長しきっていないだろうし)
「おい! 聞け!」
思考に入り話しかけても返事の無いセージに対してトーリが怒る。
「はい? なんでしょう」
「まったく。それで、スライムは拾ったのかって聞いたんだ」
「あーそのことなんですが、拾ったっていうのは嘘です。僕が倒しました」
「どうやって?」
「それは秘密です。ただ、これからもしばらくはこのスライムを持って来ようと思っています」
トーリは疑わしげに視線を向けるが、セージは笑顔で対応する。
「まぁいい。じゃあ次。何で私の名前や年齢がわかる?」
そこでやっとセージは自分が知るはずの無いことを言ったことに気づいた。
(あっそうか。そりゃ急にフルネーム当てられたら驚くよな。生のゲームキャラに会ってテンションが上がりすぎた。どうやって誤魔化すか)
「実は、さっきレイラさんに聞いたんですよ」
「レイラに本当の名前を言ったことはない」
「あれっ? じゃあ別の誰かに聞いたんでしたかね」
「ちなみに、この町の誰にも言ったことはない」
「あっそういえば、僕は記憶喪失なんですよ。昔に聞いたのが今蘇ったのかも。何処で誰に聞いたかなんて全然思い出せないんですけどねー」
鋭い目線がセージに突き刺さる。セージは冷や汗を流しながらも笑顔を絶やさずにいた。
(まぁ、無理があるよな。どうしよ)
セージが黙秘しているとトーリは急に表情を崩し話始める。
「まぁ勇者とは姿が全く違うからな。アーシャンデールの勇者ではないんだろう。でも、勇者の生まれ変わりかもしれんな」
「えっ? どうしてですか? 違いますけど」
「こんなスライムは勇者が持ってきた時にしか見たことがない。それに私の名前を知っているのは故郷に住むエルフか、勇者だけだ。でもお前はエルフじゃない」
(誤魔化しようがないし、どうやって説明するか。勇者を操作していた人物ではあるし、勇者の生まれ変わりといっても良いのかもしれないけど。でも勇者というキャラと自分は別だしな)
さらにトーリはダメ押しの情報を放つ。
「そして、その勇者の名前はセージだ」
(まさかのキャラネーム。ゲームでデフォルトがない場合はセージってつけてたけど。ということは、FSの世界というより俺がプレイしていたFSの世界なのか?)
「記憶が無いのは勇者の生まれ変わりだからかもしれん」
「ええと、どう言えば良いかわからないんですが、勇者の生まれ変わりではありません。前世の記憶があるのでそれははっきりしています」
「じゃあ、なぜ私の名前を知っているんだ。いや、ちょっとまて。前世の記憶があるだと? どういうことだ?」
そう言われて失敗したと思ったがもう遅い。仕方なく、自分が平凡な人間で勇者のことはモニター越しに見ていたことをやんわりと伝える。
「特別な装置で勇者を通してこの世界を見ていた? ちょっと理解ができないんだが。この世界を見る? 神とでも言うつもりか?」
(確かに神視点でもあるが、この世界の神はシステムかな。いや、開発者の中嶋圭吾氏ということになるのか? うん、中嶋氏はこの世界の創造神だな)
真剣な表情で考え込むセージを見て、トーリは不安そうな顔をする。
「ほ、本当に、神、なのか?」
「いいえ、この世界の創造神と同じ国に住んでいた、ただの一般人です。この世界が大好きで招待された、のかな?」
「創造神と同じ国……招待された……神の使いってこと?」
「いやいや、そうじゃなくて!」
「だから名前を知っているのか。今更だけど、しゃべり方とか、ちゃんとしたほうがいいのか?」
「いや、そのままで! 神の使いじゃないですから! 本当に、普通の人なんです!」
「良かった。堅苦しいしゃべり方は苦手なんだ。それで、つまり神は私の名前を知っているってことだよな?」
身を乗り出すようにしてトーリはセージに質問する。エルフは産まれて100日目に神に誕生を報告する儀式がある。そこで、正式に名前が決まるのである。
トーリはハーフエルフでも神に伝わっていたと思い嬉しかったのだ。それは、ハーフエルフはエルフじゃないと言われていたトーリにとって重要なことだった。
そんな事情は知らないセージは、トーリの急な食いつき具合に引きながらも、いかに自分が普通の人間であるかを説明するのに多大な時間をかけるのであった。
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