第7話 孤児院の生活
セージは盗賊になった後すぐにでも神木の道に行きたいところだったのだが、教会のお勤めの見学や孤児院での生活についての説明、近隣の挨拶などがあり、その日はもう夕方になってしまった。
セージは仕方なく諦めて明日の朝に行こうと考えながら、孤児院の他のメンバーとの挨拶の場に立つ。
教会の奥に孤児院が併設されており、リビングと六つの個室があるだけの簡単な造りだ。
リビングには学校の教室くらいの空間に大きなダイニングテーブル二つと丸太の椅子が並んでいた。部屋の隅にはキッチンも付いていて、他には食器棚くらいしかない。建物は全て木造だが木の香りというよりも、土の匂いが強くて爽やかさは皆無だった。
先ほど一人の子に皆を集めるよう言っていたため、全員が着席している。
(八人か。思ったより少ないな。年齢は小学生くらいに見えるし、一番年下になりそうだ)
「この子が今日からここに住むことになったわ。セージ君、自己紹介してくれる?」
「はい。セージ、五歳です。記憶が何もなくて親も出身地もわかりませんが、今日孤児院に拾っていただきました。ここで暮らすため精一杯お手伝いをしたいと考えています。よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をして、一歩下がる。
特に何か言われることもなく、皆ぽかんとしていた。
記憶と親をなくした五歳が大人のような挨拶をしていて、どう反応していいのかわからなかったからだ。そんなことは知らないセージは首をかしげる。
(面白味にかけるけど無難な自己紹介ができたと思ったのに、何かおかしかったかな? 急にフレンドリーにしてとか質問してとか言わないからさ、軽い拍手くらいは欲しいなぁ)
レイラも堂々と挨拶する五歳児に若干引いていたのだが、空気を変えようとポンと手を打つ。
「さて、皆さんご飯の準備をしましょう。ティアさん、セージ君に教えてあげてくれる?」
「はい!」
最も年長に見える女の子が返事をする。ティアナはポニーテールでつり目の可愛らしい子だ。
「私はティアナ、十歳よ。この中では一番お姉さんなの。何でも聞いて」
「はい、ティアナさん。よろしくお願いします」
「ティアって呼んで。今日から家族になるんだもの。お仕事にみたいなしゃべり方してるけどそんなのいらないわ。わかった?」
セージはこの子はグイグイ来るなと思いながらも素直に「うん、わかった」と頷く。
ティアナは食器の場所や種類、机の拭き方などを懇切丁寧に教えてくれる。
他の子たちも火加減を見たり、レイラの手伝いをしたり、それぞれ適宜動いて手伝っていた。
料理はレイラの担当だ。毎日お祈りをして料理の時だけ職業を魔法使いに変えている。魔法で着火したり飲み水を出すためだ。
献立は粗い小麦粉を水で練って焼いたものと、刻んだ野菜と豆を煮込んだスープという質素なものだ。味付けはわずかな塩のみ。香辛料、肉は値段が高く、孤児院で出てくることはほとんどない。
野菜にしても教会の敷地内にある畑で取れたものが多く、寄付金で買っているのは豆類が多い。
ちなみに粗い小麦粉というのは、粉末になった小麦粉をフルイにかけたときに残る粉と平民用の小麦粉を混ぜた物だ。
(畑は後でチェックだな。農業師のランク上げが捗りそうだ。畑担当にしてもらおう。料理はマスターしてるからいいや。日曜大工とか繕い物とかそんなお手伝いないかな?)
セージはそんな打算的なことを考えながらお手伝いに精を出す。
準備が終わると全員で祈りを捧げてから食事を開始した。
(体に良さそうな味というか、正直薄いな。パンもモソモソしてる、というかこれはパンと言って良いのかも怪しい。現代日本なら健康食として良いだろうけど、毎日これだと健康状態的に大丈夫なのかな。孤児院だし仕方ないだろうけど)
「味はどう? 大丈夫?」
「ええ、美味しいです」
聞いてきたレイラにセージは笑顔でそう答える。
(まさか、味が薄いと言えないしなぁ。肉も欲しいし)
「えっ? 美味しいの? 今までどんな物食べてきたわけ?」
そんな気を使っているとは知らずティアナが驚いて言った。
(あっ、やっぱり美味しくないんだこれ)
「ティア、嫌なら食べなくてもいいわよ」
「嫌じゃないから食べるけど美味しくはないでしょ。冬は大したもの採れないんだから。肉もないし」
チクりと言うレイラにティアナが言い返す。いつものことなのか他の子達は気にしていない様子だ。
(今冬だったんだ。ごわごわの長袖一枚で少し肌寒いくらいだけど、温暖な気候なんだな。ゲームのシステムのこととかばっかりで、季節とか聞くの忘れてた)
後でこの地域の常識とかを聞かないといけないなと思いながら、セージはレイラとティアナの言い合いをさえぎる。
「えっと、久しぶりの食事っていうのもあるのかも。お腹がすいてて」
「ふーん。まっいいわ。あたしが働いて稼いだら、もーっと美味しいものを食べさせてあげる。ふわふわしたパンとか、あの、何だかわからないけど美味しいやつがついてる肉とかあるのよ」
ティアナが自分でも良くわかってない食べ物を自慢気に言う。
他にも甘い果物の話をされたり、焼き菓子を食べた話をされたりしながら食事を続けるのであった。
食事が終わると皆で片付けをして、洗濯物を片付けたり、軽く掃除したり、手分けして手早く行う。
あとは川で水浴びをして、寝る準備をする。
暗くなる前に全ての用事を済ませるのが基本だ。
(電球もないから仕方ないけど、不便だな)
王都や大きな町では魔法による光で夜も明るいが、田舎の町では松明くらいしかない。日の入りと共に寝て日の出と共に起きるのが普通だった。
部屋はローリーという九歳の男の子と一緒だ。ローリーは穏やかな性格で笑顔が可愛らしい。
「セージ、よろしくね」
「うん、よろしく」
もう外は暗いが廃油から作った蝋燭の光がぼんやりと部屋を照らしている。
部屋には二段ベッドと簡単な机と椅子が二つあった。元々は同室の子がいたが、つい最近独り立ちしたそうだ。
「ずっとティアと一緒で疲れたでしょ。ついこの間一番年上になったから張り切ってるんだ」
「まあね。でも、色々と教えてもらえて良かったよ」
「ほんとに? 僕はやりすぎだと思ってたけど」
実はセージも思っていたので曖昧に笑う。
中身がおっさんなので手取り足取り教えられなくても良かったのだが、それを指摘するのもどうかと思って何も言わなかった。
この孤児院では十歳から十二歳の間に働き口を探すのが決まりだった。
大抵は十歳でどこかでお手伝いをさせてもらい、十二歳になって決めることが多いのだが、ティアナの一つ上の男の子はすでに決めて住み込みで働き始めて、ティアナが一番年上になっていた。
「自分一人が仕事に出てるからって自慢も多いし。嫌だったらはっきり言った方がいいよ」
セージは苦笑しながら「これが続くようなら言ってみるよ」と答え、あるものに気付いた。
「あれ? ローリーの机の上にあるのって計算? 孤児院でも勉強するんだ」
引き出しもない簡素な机の上にはローマ字が書かれたり計算が書かれたりしている木の板があった。
計算式の板には裏に答えが書いてあるようで、セージは英語の単語カードを思い出した。
「ああこれ? 前までこの部屋にいたタラフから教えてもらってたんだ。商会で働いてたから夜に少しだけね。文字と計算を覚えたら絶対に役に立つって」
この世界では田舎なら商売をしている人でさえ計算があいまいだったりする。
識字率はそれなりにあるようだが、学校の様に教えてくれるような場所は特にない。
「それは間違いないと思うよ。すごいね」
「ありがと。でも、実はタラフが途中で出て行っちゃったから半分くらいはわからないんだけどね」
板を見ると四則計算、単位変換、面積計算など小学生レベルの問題が書いてあった。FSの世界での単位や計算方法は日本と同じなので、セージにとっては簡単なものだ。
(もちろんわかるんだけど、五歳児だしなぁ。あまり知ってるのもおかしいし、年下に教わるのも嫌かな。でも、ローリーの今後に役立つだろうし。うーむ)
「……わからないとこ、教えよっか?」
「えっ? わかるの?」
「たぶん、全部わかると思う」
ローリーは少し疑わしそうな顔をして「これは?」と木の板を見せて来た。
〈5+12=〉と書かれている。
「17」
セージは即答する。
ローリーは次々に木札を見せ、セージが淡々と答える。それを十回続けるとローリーは拍手した。
「ほんとにすごいねぇ! 全部すぐに答えちゃうし。本当に五歳なの?」
「う、うん。ステータスにはそう書かれてたから」
(本当は三十一歳だけどね)
「そっか、記憶がないんだったね。でも、こんなに計算ができるんだったら、大商人の子供、もしかしたら貴族様だったのかも。すごいなぁ」
「たぶん普通の家だったよ。覚えてないけど。良かったら明日から時間があるとき教えようか?」
「うん。お願い。もっと勉強したいんだ。体が小さくて力も無いから」
ローリーは少し身長が低くて孤児院の中でも特に華奢な体をしていた。
(そうだよな。体格が良ければ力仕事とか冒険者業でもなれるだろうけど、生まれ持ったものだし食事も良くないし無理だろうな。わずか九歳でそんなことを考えるのか。俺よりずっとすごいな。九歳の頃なんて何も考えてなかったような気がするぞ)
その後、少しの雑談と明日の勉強の約束をしてベッドに入る。
(とりあえず衣食住は確保できたけど、俺はどうすべきなんだろう。FSの世界に来たってことは間違いない。FSの基本ストーリーは魔王を倒すことだけど、俺が主人公なのか? パーティーを集めて魔王を倒せってこと? それとも勇者の仲間、あるいはモブの村人A? うーん、今考えても仕方ないか。子供のステータスだと絶対勝てないし。とりあえずスライムからだ。どうなってもいいようになるべく早く成長して強くならないと)
セージは自分がこの先にどうしていくかを考えながら眠りにつくのであった。
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