グレン・ロードクロサイトと文化祭

 学生が学校生活で楽しみにする定番行事の一つ、文化祭。勉学に励む場所で思い思いの店や催し物をする事が許される日。国直属の魔法学校の学園祭ともなると尚更期待は高まるものだ。校庭に立ち並ぶ、音と香りで食欲を刺激する模擬店。中庭に設置されたステージ用のスピーカーから響く音楽。そして校舎のあちこちに設置された魔法道具は煌びやかな光を放ち、華やかさを演出している。その光景はさながらテーマパークだ。これを楽しみにするのも頷ける。しかしいくら『楽しみ』とは言っても傍観と参加では感じ方が異なる。クラスの出し物から決められる優秀賞を目指したり、大人数で一つの事を成し遂げる、といった体育会系のノリはあまり得意ではない。勿論自分の役目は全うするつもりだ。だが作業自体は居ても居なくても大差のない役割、生徒Gぐらいが丁度良い。紙の上に並ぶ『裏方』をぐるりと囲み、担当決めのアンケートをクラス委員に提出した。


 ギラギラと痛いほどに照りつける夏が終わった。まだ暑い日もあるが、夏とは違う乾燥した空気を感じ始め、鮮やかな空には太陽が輝く。室内に居るとその日差しも心地良い。日当たりの良い場所で昼寝をする、実家の大きな飼い犬を思い出す。そんな日常のワンシーンが恋しくなる程に目の前の笑顔は秋の太陽よりずっと眩しく、視界がぐらりと揺れた。急な頭痛も気のせいではないと思う。「もう申請しちゃいました!」と、自分よりも明るく長い赤髪の後輩、メイソン=ガルシアが手にしている紙には『ステージ使用申請』と書かれており、でかでかと押された許可印が存在感を放っていた。文化祭で中庭に設置されるステージの使用には実行委員や生徒会の許可が必須となっている。その許可を得る為の書類がこれという訳だ。原本は実行委員が管理しているとすると恐らくコピーだ、などと推測しながら文字を追った。申請書に記入された使用目的は歌やダンス、そして参加者の欄には『メイソン=ガルシア』と記入されていた。ここまでは何一つ問題無い。しかしガルシアの名前の下に当然の如く書き込まれたのは、ガルシアの名前と同じ筆跡の『グレン・ロードクロサイト』だ。ほんの数分前に宣言された通り、自分の名前である。

「……この前、文化祭のステージがどうとか言ってたけど……本気だったンだな……」

「当たり前じゃないですか〜〜!……って、もしかしてグレン先輩、冗談だと思ってました!?」

 ニコニコと笑っていたガルシアだったがその表情がたちまち驚きへと変わると、彼の声は二人しか居ない教室と俺の頭に響いた。


 体を動かしながら、一定の間隔でカウントを取る事にも慣れたものだ。お互いの解釈の不一致はあったがものの、結局ガルシアの押しに負けた俺はステージパフォーマンスに参加する事になった。そして善は急げとダンスや歌の練習が始まった。そういった経験が無ければ、その道を目指している訳でもない二人で何故参加を?と疑問に思うところだが、ふわふわとした頭で相槌を打っていたらしい自分にも非がある。何より経験が無いからこそ、他人に見せられるレベルに仕上げるのが筋というものだ。ステージ上でも笑顔を振りまく姿が想像出来るガルシアと俺ではタイプが違う事も理解している。だからこそせめて最低限の事はこなさなくては、と思うのだ。頭を悩ませる暇もなく体に感覚を叩き込み、同時進行で歌の技術を磨く。勿論、体力作りのジョギングやストレッチといった基礎的なトレーニングを行う事が大前提だ。運動自体は苦手ではない。とは言え、こうも課題が山積みでは体がいくつあっても足りない。いつも通りの学校生活に加え、クラスの出し物の準備は当たり前の様に有るのだから、時間の余裕もない。文化祭を傍観する予定だった生徒Gとは何だったのか。改めて考えると儚い夢だった……。


 放課後の空き教室でキュッキュッとリズム良く床を蹴っていた音が止んだ。プレイヤーで流していた曲はアウトロを終え、それぞれの呼吸音だけが聞こえる。荒い息を整えていると、先程まで隣で踊っていたはずのガルシアは既に隣に居らず、部屋の片隅で喉を潤していた。毎度の事ながらオンとオフの切り替えが早さには感心する。ノロノロと彼の背中を追い、自分のカバンから取り出したタオルで汗を拭う。ふと、不自然な沈黙に気付いた。ピンク色をした水晶の様な瞳には自分が映っている。黙って考え込むガルシアに「どうした?」と尋ねるよりも早く、ガルシアは口を開いた。

「グレン先輩、何か無理してます?」

 髪色と比例した様な明るさと異なる真剣な面持ちで彼は首を傾げた。練習前に「体を動かすので」と言いながら束ねていた長い髪が揺れる。

「……そうか?」

 核心を突かれた様な言葉と視線にわずかながら恐怖を覚えた。その恐怖には気付かなかった、と平然を装う。心当たりが無いと言ったら嘘になる。『特別ではない人間』が『特別になる』というのは容易いものではないのだ。それでも追い詰められている訳ではない。日々の積み重ねで、実力は確実に付いている。自分にも分かる程に。その多忙さや疲労も含め、身になっていると感じるのだ。

「それよりさっきの所、もう一回確認してェンだけど……」

「先輩は、楽しいですか?」

「!!」

 その場をはぐらかす自分の言葉は、先程より少し強い口調で断ち切られる。まるで切れ味の良い刃物の様だ。この話題から逃げられそうにない事を悟り、自然と眉間に力が入る。

「そう言われてもなァ……、練習はそんなに楽しくないだろ」

「でも先輩、最近練習以外でも楽しそうにしてないじゃないですか」

 そうなのだろうか。面と向かって言われた事にピンと来ない。普段から笑顔で居るタイプでもない自分が『楽しそうにしている』のはどういう時で、以前そう感じたのはいつなのだろう。考えれば考える程、普段の感覚というものが分からなくなりそうだ。

「一緒にステージに出てくれるのは嬉しいです」

 返すべき言葉も分からず黙り込んでいると、ガルシアはポツリと呟いた。その声は何となく負い目を感じている様にも思える。しかしきっかけはどうであれ、最終的決断したのは俺だ。彼が責任を感じる必要はない。そう声を掛けようと息を吸った。

「けど、俺はグレン先輩と楽しい時間を共有したい!そうじゃないなら一緒に出る意味がないじゃないですか!!」

 扉も窓も閉じられた空間で、不思議と風が吹き抜ける感覚を覚えた。先に無音を破ったのは自分ではなく、これから出るはずだった言葉は息へと変わる。そしてこの時ようやく自分が誘われた意味を理解すると、その場にへたり込んだ。自分が変に気負い過ぎていただけで、ガルシアが求めていたのは至ってシンプルなものだったのだ。

「はァ〜〜〜〜……何も分かってねェな、俺は」

「グレン先輩が真面目過ぎるんですよ」

 呆れながらも軽口を叩く後輩は満足そうな顔だった。


 今日の学校はいつも以上に賑わっている。清々しく澄みきった秋空の下、文化祭は幕を開けた。学生が作り上げた特有の祭りをゆるりと探索してクラスの担当を終えると、一息つく間もなく着替えを済ませる。そして人混みをかき分けて向かった中庭のステージ裏でいつも赤髪を探した。

「あっ、こっちです!グレン先輩!」

 こちらが探している事に気が付いたガルシアは、既に自分が着ている物と同じタイプのジャケットを身に付けており「やっぱり身長高いと見つけやすいですね〜」などと言う余裕がある様だ。

「ガルシアは緊張しないタイプなんだな」

「もしかして、グレン先輩はしてるんですか?」

「まァ、少し……」

 見栄を張った。正直な所、気を抜くと手の震えが分かってしまいそうなぐらい緊張している。とは言え、以前の自分と比べると些細なものだと思う。そう感じる程にあの日の出来事は転機となった。『他人に見せられるパフォーマンス』より『楽しむ事』を意識する様になったというのは自分にとって大きな変化だ。そうすると自ずと気が楽になり、それは自分だけでなくガルシアにとってもプラスになったと思う。だが観客がどう思うかは別問題というのも事実。自分のパフォーマンスが受け入れられるものなのかと考えただけで、口から心臓が飛び出そうだ。我ながら情けない。気持ちを落ち着かせる様に酸素を取り込んだ。

「大丈夫ですよ!俺も一緒なんですから!」

 隣で聞こえた声に視線をやると、ガルシアはドヤ顔でこちらにウインクを飛ばした。その姿に気が抜け、ふっと笑みが溢れる。

「そういうのは俺じゃなくてステージでやれって」

「グレン先輩だって!それファンサじゃないですか〜」

「……?どれだよ」

 二人で戯れている間にも出番は刻々と近付き、MCの紹介と共に曲のイントロが流れ始めた。無言の合図を送り合うと、揃ってステージへと踏み出す。

「やっほ〜!みんな盛り上がってる〜〜!?」

「こんなもンじゃねェよな?まだまだ楽しめンだろ?」

 マイクを通した自分の声が、ステージ上の大きなスピーカーから聞こえた。


- - - - - - - - - - 補足 - - - - - - - - - -


ソシャゲの文化祭イベに触発されてから書き始めたので、書き上げる頃には文化祭の時期とっくに過ぎてました。Happy Halloween♡


2021.10.31 初出

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