栁楽ロホムニとくまさんパーカーに着替えないと出られない部屋
○○をしないと出られない部屋。一部の界隈では有名な話で、耳にした事がある者も居るだろう。目を覚ますと生活感のない謎の部屋に閉じ込められ、提示されたお題を実行しなければ解放されないというものだ。そのお題というのは様々。学生の罰ゲームじみたものから、如何わしいものまでと人間性を疑う他ない。
いずれにしても非常に悪趣味な部屋と聞いている。『聞いている』というのも、これはあくまで都市伝説の類だと認識していたからだ。仮にその部屋が実在したとして、閉じ込められた側に金銭や能力の要求もなく、お題を実行すると解放されるなど不可解にも程がある。閉じ込めた者の弱みを握るなら学生の罰ゲームの様なお題を出すといった遠回しな事はせず、直接脅す方が手っ取り早いだろう。実に奇妙で意図が読めない話だ。
そして閉じ込めた人物の情報は一つとして耳にしない。つまり考えたところで真実には辿りつかないのは明白だ。そもそも噂でしかない以上、尾鰭が付いていないとも言い切れない。都市伝説に真実を求めるべきではない、という事だろう。
と、いうのが『出られない部屋』に関するイメージだ。まさか自分がその部屋に閉じ込められるなどとは予期していなかったもので、今思うとそれは他人事だったのだと実感する。
白い無機質壁に囲まれた部屋を再び見回すが、先程との変化は見られず深い溜め息を吐く。
「見るに絶えないだろう、まったく……」
聞いていた通り、部屋から脱出する為のお題はきちんと用意されていた。目覚めて早々、ご丁寧に目につきやすい場所に封筒が置かれていたのだ。その中身を見る事はもう二度とないだろう。『くまさんパーカーに着替えないと出られない部屋』などといったふざけた内容を見るのは一度で充分だ。寧ろこの文を見る事なく人生を終えても良い。生活感のないこの部屋に備え付けられたラックにはこの場にそぐわない、柔らかな手触りのクマ耳付きのパーカーが存在感を放っている。
事態を把握して以降、あらゆる方法で脱出を試みたが現状はお手上げ状態だ。強行突破を繰り返し、体力を削るのも得策ではないだろう。しかしどうにかパーカーを身に付けず済ませたい。解決の糸口がつかめない状況に、頭が痛むのだった。
結論から言おう。例のパーカーを、着た。
私が折れる以外の脱出方法は結局見つからなかったのだ。それは他人に見られておらずとも拷問で、黒歴史となると確信しているがやむを得ない。言わずもがな眉間にはシワが深く刻まれている。自分でもよく分かる程に、だ。
一人、地獄のような時間を感じているとガチャリと扉の方で鍵が外れた音が響いた。噂に聞いていた『お題をこなすと解放される』という話は本当だった様だ。身に着けていたクマのパーカーを脱ぎ、元の場所に戻すと扉を開く。大した危機は無くとも、長時間未知の部屋に閉じ込められていた事には変わりない。部屋から一歩出た場所で開放感に浸っていると、何処から落ちて来たのか紙切れがひらりと過ぎり、近くを歩いていた陽気な仔犬の足元に落ちた。
「なんだろう?」とそれ拾い上げた仔犬もとい、ゴーシュは紙切れを確認した途端、輝いた目でこちらに詰め寄って来る。
「ホム兄先生、くまさんのパーカー可愛いね!」
ゴーシュがニコニコと手にしていた紙切れをこちらに見せながら言う。その手には先程の、例のパーカーで不愉快そうにしている自分が写っているではないか。
「……消す以外に方法が無い」
「え〜〜っ!?ホム兄、殺人犯になっちゃうよ〜〜〜〜!」
あの部屋の主はやはり悪趣味だったらしいが、顔も知らないその人物の事を考えている場合ではない。一刻も早く証拠をこの世から消すべく、ちょこまかと逃げ回るゴーシュを追うのだった。
- - - - - - - - - - 補足 - - - - - - - - - -
2021.06.17 初出
2021.10.31 脱字修正
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