第9話 無い物は無い

 長さの違う箸を置いて、「ふへぇ~……」と満足げな声が家に響く。つい先程、桶に水をたっぷり容れて帰ってきた時は、“ひぃ、はぁ”と今にも倒れ込んでしまいそうな、だらしない顔をしていたのですが……今の毛毬はまた違う意味で、だらしない顔をしていました。

 もっとも、倒れ込んでしまっても問題はないのですよ? 毛毬が水を汲みに行ってくれている間に、色々なものを片付けたり纏めたり、どうにかこうにかしたりして、それはもうなんとか床が見えるようにしましたから。


「……早急に、屋根をどうにかしないといけませんが」


 半ば無理矢理、いえ、私自身でも驚くほどの片付け力を発揮したことで、床を広げることには成功しましたが……あまり良い状況とは言い難く。むしろ、誰が見ても危険な状況になってしまったような気がします。いえ、きっと気のせいでしょう。風が吹かないと良いですね。


「ふへぇ~……」

「屋根を直しましょう」

「……?」

「屋根をどうにかしましょう。屋根を」

「あ、はい」


 だらしない顔の毛毬に、しっかりと目を合わせ強く頷く。すれば、私の気持ちが通じたのか、毛毬の顔もしっかりとした顔に戻り……強く頷いてくれました。さすが私の弟子だけあって、理解が早いですね。


□□


「しかし、問題があります」


 家の中で屋根の損傷箇所を描いた絵を作り、家の外へと机を出しながら、私はそう口を開く。もっともぶった言葉ではありますが、正直言えば最初から分かっていたことですけども。


「問題、ですか?」

「ええ、問題です。……どうやって屋根を直しましょうか?」


 この“どうやって”というのも、いろいろな意味があるのですが……まず第一に、“どうやって”屋根に登りましょうか。

 昨日の毛毬のように、木に登って屋根の上に移動するというのも一つの手ではありますが、失敗した際には、もれなく新しい穴が開くことになるでしょうし、家の中からどうにかして天井に、というのも考えにくいところです。もちろん梯子はしごのようなものがあれば良いのですが……我が家にそのようなものはありません。あったら昨日の段階で使っていますしね。


 そして第二に、“どうやって”屋根を直しましょうか。いえ、このどうやってというのは方法と言うよりも“材料”といった意味合いが強いもので、我が家も小牧村の家屋の例に漏れず、かやと呼ばれる草の茎を乾燥させて利用しているのですが、茅の収穫時期は枯れた頃……つまり冬場であり、冬から春にかけて乾燥させたものを茅葺かやぶきとして利用しています。

 つまり、冬と言うよりも春になってしまっている今としては……材料が手に入らない、というわけです。


 ――――いえ、絶対に手に入らないというわけではありません。当たり前ではありますが、小牧村にも備蓄として保管されている茅はありますから。


 ただ、その茅はあの村にとっての大事な“資源”であり、おいそれと頂く訳にはいかないものです。せめてお金を出すか、何かとの交換という形での入手になるでしょう。はい、無理ですね。


「……梯子に関しては、村に借りに行くというのは可能でしょう。真白さんの家にあるかは不明ですが、村長さんのところにはあるでしょうし」

「じゃあ、さっそく借りに行ってきみゃっ!?」

「はい、少し落ち着いてください」


 言いながら駆け出して行きそうだった毛毬の後ろ襟を引っ張る……つもりで、なぜか後ろから首を掴んでしまったのですが、猫みたいにおとなしくなったので問題はないでしょう。というか、猫人族ねこひとぞくも猫と同じで、後ろ首を捕まれたらおとなしくなるのですね。さすがに実験するわけにはいかないので知らなかったのですが、これからは使うことがありそうです。いえ、首根っこを掴みたいわけではないのですが。


「梯子を借りに行く前に、修理用の材料を準備しましょう。その方が行動しやすくなりますからね」

「は、はい」


 茅葺が難しいとなると……板や木を使って屋根を作る、という感じでしょうか? 馴染ませるのは難しいでしょうが、私達が目指すのは“穴の開いていない屋根”であって、綺麗な屋根ではないのです。知識の無い私達が直すので、雨漏りを完全に防ぐのは難しいでしょうが、今よりは防げるでしょう。


「そうなると枝と縄が必要ですね。板は作れないでしょうし、枝であれば刈ったり拾ったりすればなんとかなりそうですね」

「えっと、枝で屋根を作るんですか?」

「ええ、簡易的なものになりますが。縄で枝を縛って場所を固定すれば、穴自体は防げるでしょう。ですので、毛毬は枝を集めて貰えますか? できればまっすぐな枝を選んでいただければ」

「わかりました!」


 言うが早いか、毛毬は背負いかごを持って山に入っていく。なんというか、落ち着きのない子ですね……。


「さて、枝は毛毬に任せておくとして……私は縄を作らないといけませんね」


 というのも、縄があるなら屋根をどうにかすることは簡単だったのです。縄に使われている茅や藁をバラして使ってしまうという使い方もできましたから。しかし、我が家にそんな縄なんてないのです! ないものはないのです!

 ……いえなんといいますか、今更ながらここまで酷いとは、自分でも驚くくらいなのです。物に頓着しない性格と言いますか、私一人生きていくだけであれば、不便でもどうにかなってしまっていたと言いますか。


「いえ、ここはちゃんと認めましょう。……もっと道具とか家とか、そういったことに目を向けないといけないのです。私ももう十六の大人なのですから!」


 ふんっ、と気合いを入れたところで、私もさっそく作業に入るとしましょう。

 縄の材料として使うのはカラムシと呼ばれる草で、つるのような茎を持っています。本当に色んなところに自生しているので、”いざというときに覚えておくと良いよ”と、以前真白さんに教わっていたのです。

 そんなカラムシの茎を使うので、葉っぱの辺りはさささーっと落としましょう。特に力を入れなくても、茎を引っ張りながら手を滑らせるだけで、簡単に落とせるのが気持ち良いですね。つい何本もやってみたくなる、魅惑の感覚です。


「っと、我を忘れないようにしつつ……茎の皮を剥ぐ!」


 折った根元側から剥ぐと剥ぎやすく、シャッと簡単に剥ぐことができます。多少汁が出てきますが、その辺りは気にせず……剥げるだけ剥いでしまいましょう。剥げるだけ……剥げるだけ、剥ぐのです。

 そうして剥いだ皮を並べて、適当な量でまとめ、片側を固結びで結んでしまいます。あとは、結んだ皮を半分に分けて、手で挟み込んで滑らせれば……捻れた束と捻れた束が、お互いにまた捻れて、一本の縄に。あとはこれを繰り返して、細くなってきたらまた混ぜて捻り捻り。


「毛毬が戻ってくるまでに、どれくらいできるでしょうか……。せめて、私の身長くらいの長さのものを、二本は作っておきたいところですね」


 ただ、彼女のことですし……思ったよりも早くに枝を集めてきそうですよね……。どうにも集めることに関しては、結構得意みたいですから。


「まあ、その時は手伝ってもらうとしましょう。特に危険でも難しくもないですからね」


 言いながら私は皮を撚り合わせていく。特に急ぐことも、焦ることもせず……ただただ、確実に。

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廃屋ぐらしの女の子 ~ 二人になったので、生活レベルを上げましょう ~ 一色 遥 @Serituki

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