第7話 怖がりの一歩

 採取量に少し思うところはありましたが、そこをどうこうと言うほど、私は子供ではありませんので……ええ、子供ではありませんので。それよりも傾きを強くした日が、山の中に影を強くしていることを、気にした方が良いでしょう。


「ある程度採れましたし、遅くなる前に帰りましょうか。かごは持てそうですか?」

「は、はい! 大丈夫です」

「でしたら、私が先導しますので、離れないようについてきてくださいね。夜が近いですから、はぐれると迷ってもおかしくありませんから」


 言いながら毛毬へ背を向けて、私は家の方へと歩き出す。時折、後ろを振り替えって、毛毬がついてきていることを確認しつつ歩き続ければ……行きよりも少しばかり時間がかかったものの、完全に暗くなる前には家に帰りつくことができました。

 結構ギリギリでしたし、明日からはもっと余裕をもって動きたいものですね。


「さて、それでは夜ごはんの準備……といきたいところですが、先にすることがありますね」

「そうなんですか?」

「ええ。まずは片付けもそうですが、毛毬の寝床を整えないといけませんし……」

「あっ」

「まあ、毛毬の寝床に関してはどうにかなると思っていますので、ひとまずは片付けですね」


 昼過ぎに毛毬が確認してくれた通り、我が家の屋根は入り口から台所にかけて大きく空いています。つまり、かまどの上が見事に空なのですが、ありがたいことに囲炉裏もありますので、今までは囲炉裏で、ある程度はどうにかしていました。かまど付近は土間で寒かったですしね。

 しかし、毛毬も一緒に住むとすると……かまどが使えないという状態はあまり良くない気がしますね。いえ、普段から使えない状態というのは良くないのでしょうが。


 ただ、かまどの上が大きく空いているというだけで、他が空いていないわけではなく……よくよく見てみれば、いえ、よくよく見なくても分かるほどに、我が家の屋根はボロボロです。そんなボロボロな屋根に空いている穴を避けて道具や素材を置いているだけに、家の至るところに小さく纏められた物が点在していて……ええ、すごく散らかっているという状態ですね。

 いえ、ある意味すごく片付いているのですが……一人で生きていたからこそ、なんとかなっていたという感じでしょう。


「……とりあえず、かまど自体の掃除はまた明日として、毛毬の寝床となる場所の確保をしましょうか」

「は、はい!」

「素材と道具に分けて、素材はひとまず種類ごとに分けて整理を……」

「……え、っと?」

「…………はい、それは私がやります。ですので、毛毬は囲炉裏に火を入れていただけますか?」

「………………は、はい」


 あ、これはダメそうですね? 毛毬くらいの歳であれば、共働きも多い村育ちなら家のことをある程度できるようになっているものなのですが……あまりそういったことをしたことがないのでしょうか?


「毛毬、火の入れ方はわかりますか?」

「は、はい! 大丈夫、です!」

「……ふむ。ではお願いします」


 大丈夫と言うからには、大丈夫だと一旦信じてみましょうか。各々で出来ることや出来ないことを知っておく方が、この先の共同生活にも役立つでしょうし、本人がやろうとしている以上、止める義理も無いですからね。……さすがに、周囲に引火するようなことがあれば止めますが。


 ――あ。


「……もしかして、毛毬。火が怖いのですか?」

「っい、いえ」


 一瞬怯むようにして震えた身体を、薄暗の家の中で、私はかろうじて目に捉えることができました。もう少し時が遅ければ、彼女の震えにすら気づくことが出来なかったでしょう。……それはつまり、知らずとはいえ、彼女を苦しめることを、なんの躊躇いもなく行ってしまっていたであろうということ。

 全く。全くもって未熟ですね。私は。


「……毛毬、いいですか? 囲炉裏に火を入れるときは、薪の置き方がなによりも重要なのです」

「は、はい……?」

「火種となるのは、小さな枝や葉といったもの。もちろん枯れているものや、乾燥しているものに限ります」


 言いながら、囲炉裏の中に枝葉を積み重ねる。消し壺を使って、昨晩の火を残しておくという家も多いみたいですが、我が家にはそんなものはありませんからね。壺があるなら、雨漏りにでも使ってますし。


「火を起こすときは、火打ち石とその火を移すための燃えやすいものを使います。燃えやすいものは色々ありまして……全部ひっくるめて火口ほくちと呼ばれていたりしますよ」

「なるほど……?」

「今回は木を削って出るくずを火口に使いましょうか。毛毬、鉈で薪を削ってもらえますか?」

「あ、はい!」


 鉈を受け取った毛毬が、薪を持って土間へと降りていく。そして、「えいっ!」と気合いを入れながら、薪へと鉈を振り下ろしていた。

 ……ええと、薪割りではないので、振り下ろすというよりも削るように使ってほしかったのですが。まあ、良いでしょう。


「えいっ、たー!」

「……う、うーん…………」

「とりゃ! 壊れ、ろっ!」

「あ、あの、毛毬? もう少し弱めに……」

「このっ、このっ……このぉ!」


 ……何でしょう? 力任せに振るっているのは振るっているのですが、どことなく薪をなにかに見立てているみたいにも見えますね。でも、今はそれをどうこうと言う時では無さそうです。


 土間が大変なことになってますし。


「毛毬」

「このっ! このこのこのこの!」

「……毛毬!」

「こにょっ!?」

「もう十分です。……一体どれだけ燃やすつもりですか?」

「え? ……にゃ!?」


 ようやく我に返った毛毬が、自身の身体を見下ろして、驚いたように尻尾をまっすぐに伸ばす。その尻尾の毛は木くずでぼさぼさになっていて、綺麗に戻すには一手間かかりそうですね……。


「まったく、仕方ないですね」

「ご、ごめんなさい、です」

「別に怒ってはいませんよ。十分なほどの木くずも出来ましたから」


 言いながら手招きをして、毛毬の尻尾から木くずを取っていく。大きなものから、粉のようなものまで、掴んだり手櫛を通したり。

 ふと視線を感じて顔を上げれば、そこには目に少しばかりの涙をたたえて、申し訳なさそうな……そんな顔をした毛毬がいました。

 ……全く。怒ってないと伝えたはずなのですけど……。


「……さて、毛毬が作ってくれたおかげで沢山できた木くずを集めて、板や枝の上へ。そこに火をつけ……てっ!」


 火打ち石をぶつけるように擦り合わせ、木くずへと火を飛ばす。ガツンカツンと数回ほどで付いた火は、木くずの中でじわじわと広がり、それを見ながら私はゆっくりと囲炉裏へとその火を移しました。

 そしてその火を絶やさないよう、少しずつ風を送り、小さな枝から大きな枝へ……少しずつ火を強く大きく。

 ただ、火が大きくなるにつれて囲炉裏から逃げるように離れていく毛毬には、怖いのだろうと分かっていても、苦笑してしまったのですが。


「毛毬」

「は、はい」

「ごめんなさい。あなたが火を怖いと思っているであろうことは、もっと早くに気づいてあげるべきでした。本当にごめんなさい」

「そ、そんなっ! 頭をあげてください! 言わなかった私が悪いですし、それに火が怖いなんて、この歳になって言ってたらダメですよねっ」

「……そんなことはありませんよ」


 恥ずかしそうに笑みを見せた毛毬に、私はてを差し伸べながらきっぱりとそう言い切る。――怖いということは……とても大事なことだから。


「怖いと思うことは、すごく大事なことなのです。恐怖を忘れてしまえば、人は考えることをやめてしまいます。しかし、怖いと思うことで、悪いことにならないようにと、考えを巡らせることができるようになりますから」

「え、えっと……」

「私は病気や怪我がとても怖いです。そして薬を作るのも、出すのも怖いです。もし診断を間違えてしまったら、もし違う薬を出してしまったら……と、診る時はとてもとても心配になります。でも、だからこそ、私は薬師でいられるのです。きっと、毛毬にとっての火も……同じなのでしょう」

「私にとっての、火。ですか?」

「ええ、そうです。怖いということを知っているからこそ、扱うことに対して逃げてしまいたくなる。……でもね、毛毬。大丈夫です。火はこんなに暖かくて、明るくて。その上、料理の時は私達を手伝ってくれるます。一歩勇気を出して向き合えば、その先には良いことも待っているはずです」


 そう。私が恐怖しながらも薬師をやっているのは、頑張った先にある笑顔が嬉しいから。だからこそ、頑張ろう、絶対治そうと努力することができる。毛毬にも、そんな気持ちを知ってほしい。

 だって、私の弟子ですから。


「ほら、毛毬。もう少し近くにおいで。大丈夫、私がいますから」

「……はい!」

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