第6話 山の実り

 毛毬の服を直し、溜息交じりに俯く。すると、気付かない間に、私達の影が長く伸びていました。壊れた箇所の確認をするだけでしたが……予定よりも時間が掛かっていたみたいですね。


 ふむ、この時間から家のことを進めるのは得策ではないですね。むしろ、すぐにすぐ崩れるわけではないでしょうし、それ以外のことも進めておくべきでしょう。


「毛毬、動けますか?」

「あ、はい!」

「今日のところは、ここまでにして、それ以外の準備をしましょう」

「準備、ですか?」

「ええ、準備です」


 言いながら、砂の入ってしまった硯を水で流し、少し汚れてしまった紙をパタパタと振り、汚れを揺り落とす。そうして、いまだ不思議そうな顔をしていた毛毬に「机を家のなかにいれていただけますか?」と、お願いをしてから、私は家の方へと足を向けました。


「……はい、ありがとうございます」

「え、えっと……」

「では、暗くなる前にご飯の準備をしましょうか」

「え、あ、はい!」

「といっても、貯蔵していたものはあまり残っていないので……明日以降のためにも、まず今日中に取りに行かないと厳しいでしょう。というわけで、毛毬はそちらのかごを持ってきて頂けますか?」

「わかりました」


 村長に貸していただいた背負いかごよりも、一回り小さい籠を背負ってもらい、私は小さな鉈を手に。今日の獲物としては……夜と朝用の山菜や木の実、また、枝などの薪になるもの……でしょうか。

 出会ったときの毛毬の状態を見るに、食べられるものと、食べられないものの区別はついていない見たいですし、まずは簡単なところから教えてみましょう。 


「では行きますよ。ちゃんとついてきてくださいね」

「はい!」


 楽しそうに返事をする毛毬に笑いつつ、私はゆっくりと家を出ました。


 ……そうして、山道獣道を歩くことそれなりと少し。太陽が少し赤みを帯びてきた頃、私達は少しだけ涼しい場所へと来ていました。

 そう、山から流れてきている川、すなわち渓流というところです。ちなみに、毛毬を洗った川はもう少し下流ですよ。


「はい、到着です。疲れましたか?」

「い、いえ、だいじょうぶ、です!」

「……まあ、少し距離がありますからね。でも、この場所は覚えておいてください。明日からは、毎朝、水を汲みに来て頂くことになりますから」

「えっ!?」


 驚きと同時に、“そんなまさかー”と言わんばかりにひきつった笑みを見せる毛毬に、私はにっこりと微笑んでみせる。ええ、もちろん。頑張っていただきましょう。

 ここの水は人が来ることがほぼ無いこともあって非常に綺麗で、飲み水として使うには最適なのです。毛毬を洗った川だと、小牧村から山菜採りに来る人もいますからね……。


「では日が暮れてしまう前に始めましょう。今回、毛毬に採っていただくのは、こちらの山菜です」

「……うずまきの草、ですか?」

「はい。正式には、ぜんまい、ですね。今の季節だと、こういった川の近くなどによく生えているものになります」

「そうなんですか?」

「ええ。えーっと……ああ、ありました。こちらに生えてますね」


 近くの茂みを探し、目的のものを見つけたところで、私は毛毬を手招き。私が手で開いたところには、にょきっと渦を巻いて綺麗に伸びた草がありました。

 この感じなら、結構生えていそうですね。


「ほ、ほんとにそのままで生えてるんですね」

「はい。で、採っていただくのは、この渦を巻いた茎ですが……背が低く、茎がツルッとしているものにしてください」

「ツルッと、ですか?」

「ええ、そうです。例えばこの草ですと……この真ん中の茎、ですね」

「……えっと、全部採ったらダメなんですか?」

「ダメです。まず、ぜんまいの茎には二種類の茎がありまして……」


 詳しく説明をしながら、実際に触ってもらう。そうすることで、細かな違いもしっかりと認識できるようになりますし、山菜ひとつとっても、命は命です。人と同じく大事にするべきものであることには、代わりがないですから。


「えっと、つまり……背が高くて、ツルッとしてなくて、うずまきがぐちゃってなってる方があれば、また生えてくるってことですか?」

「はい。その通りです。ですが、だからといって、それだけを残しておけば良い、ということでもありません。それぞれの茎に役割がありますから、ツルッとしている方もちゃんと残しておかないと、生きていくことができなくなってしまいます」

「な、なるほど……」

「ですから、ひとつの株で、一本から二本程度にしてくださいね」

「分かりました!」


 元気な返事をする毛毬に頷いて、私は「では、私は別のものを集めてきますので」と、立ち上がり毛毬へと背を向ける。すると背後から、「がんばるぞー」という、元気な声が聞こえてきたので……まあ、きっと、大丈夫でしょう、きっと。


 さてはて、毛毬がぜんまいを採ってくれている間に……ヨモギと、薪と……あればつくしも集めたいところですね。といっても、つくしは日当たりの良い場所に生えるので、この辺りだと少し厳しいかもしれませんが。


「と、いってる間にヨモ……ギじゃないですね、これ」


 ふと、足元を見れば茎からパッと開いたような草が見えました。ヨモギらしい形ではあるのですが……やはり違いますね。

 まず、私が近くに来ているにも関わらず、匂いを感じなかったことが一番の違い、でしょうか。ヨモギには、よく似た草が何種類かあり、その中のひとつに腹痛や下痢といった症状や、死んでしまうほどの力を持つ草があります。ただ、見分け方は難しくなく、匂いがしないこと。そして、ヨモギにはある、白い毛が生えていないこと、ですね。


「ただ、強い力を持つ草は、触るだけでも危険ですから。毛毬にはまだ教えられないですね」


 毛毬の性格的に、それっぽい草を見つけたら、すぐに手を出しそうですし。


「なんというか、弟子というよりも、なんだか妹や子供みたいな感じですね。見てても危なっかしくて……なんだか、心配になってきましたけど、いやぜんまいなら大丈夫でしょう、はい」


 そんなこんなで、後ろ髪を引かれ続けながら採取をしていたからか、私の方は予定よりも全然集められず……持ってきたかごの中には毛毬の集めたぜんまいが半分以上という結果になってしまいました。

 し、師匠として不甲斐ない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る