第4話 重たい大工道具

 私のもっともすぎる言葉にひとしきり大笑いをした後、家に帰る灰人くんと一緒に、私は小牧村へとやってきました。もちろん毛毬さん……弟子なので、敬称略に毛毬と呼びましょう……毛毬も一緒に。


「んじゃ先生、姉ちゃんをしっかり案内してやってよ」

「ええ、もちろんです。灰人くんも、真白さんのこと、しっかり看ていてあげてくださいね」

「おう!」


 元気にそう言って、家の方へと走っていく灰人くんを見送り、私は「ふう……」と小さく息を吐く。なんと言いますか……灰人くんのことは好きですが、一緒にいるときはでいないといけないのが大変でして。


「あの、先生……大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。ひとまず村を見て回りながら、大工道具を借りに行きましょうか。確か……村長むらおさの方が、大工さんだったはず……?」

「村長さん、ですか?」

「そうです。毛毬の紹介も、長から行っておけば問題ないでしょうし、一石二鳥ですね」


 突然私が呼び捨てにしたからか、「えっ、あ、はい」と驚いたような声を上げた毛毬でしたが、直後には嬉しそうに顔を緩めていましたし、問題はないみたいです。……いえ、顔が緩んだままなのはちょっと問題があるので、薬師の弟子らしく、もう少しキリッとした顔をして欲しいところですね。


 そんなことを思いつつも歩く小牧村は、出稼ぎに出ている人を除くと、村人全員で二十人にも満たないほどの小さな村で、広がる田畑の中に、ぽつんぽつんと家屋が点在しているような、のどかな村です。寒くなってくると、今のような、まるで寒さを感じない時期からは感じられないほどに、一面が真っ白な雪に包まれ、幻想的な雰囲気になるのが、私は結構気に入っていたりします。


「……まあ、その時期は生死を彷徨うことが多いのですが」

「……?」


 でも、今年の冬は違うはずです! なぜなら、新戦力として毛毬が加入した我が家なら、二人で暖めることだって出来るのですから!

 それに、大工さんに家を直して貰えればもっと完璧ですね! 完璧です!


「左手の畑の奥に見える家が、先ほどまで一緒にいた灰人くんのお家で、今は祖母の真白さんと二人で暮らしています」

「えっと、ご両親は出稼ぎでしたよね?」

「そうですね。もう少し日を重ねて暑くなってくると、一度村に帰ってきて、収穫や寒い時期の支度をされてから、雪が降る前にまた長期の出稼ぎに行かれるみたいです」


 その頃は私も準備に追われているので、あまり村に来ることが無く……実はここに越してから、一度もお会いしたことがないんですよね。街から帰ってきた人達のおかげで、年配の方は一日の仕事量が減りますし……正直、その時はほぼ呼ばれることが無かったと言いますか……。


「おや、先生じゃねぇか。なんでぇ、村に来るなんて、誰か倒れたんか?」


 毛毬に案内したり、考え事をしたりしながら歩いていると、横からそんな声が飛び込んできました。その声にふと横を見れば、首にてぬぐいを巻いた狼人族のお爺さんがニカッと笑っていて……私も笑みを返しつつ口を開く。


源三げんぞうさん、おはようございます。今はこの子に村を案内しつつ、村長のところに向かっているのですよ」

「あん? そいやそっちの子は初めて見る顔じゃな」

「は、初めまして! 毛毬です、その、弟子です!」

「おう、わしゃ源三じゃ。弟子ってのは先生の弟子なんか?」

「ええ、そうなんですよ。このたび弟子を取りまして」


 私の言葉に頷きつつ、「弟子かぁ~」と言いながら、毛毬をじろじろと見る源三さん。……この容赦のない感じが、見事に村の子供の灰人くんにも受け継がれている感じですね。


「はっは、今は肉がないが、べっぴんさんじゃな! 先生はちょっと面倒な人じゃが、知識は本物じゃし、わしらにも優しい人じゃから、ちゃんと勉強すりゃええぞ!」

「え、あ、はい!」

「……源三さん、ちょっと面倒な人ってどういうことですか?」

「まさしくそういうところじゃな!」


 楽しそうに笑う源三さんに「もう……」とちょっとだけ怒っては見せるものの、そんな私達を見て毛毬も少し楽しそうに笑う。

 ……うん、良い感じですね。変に壁を作るような人はこの村にはいませんし、私の弟子ということなら、この村の人にも好感的に受け入れてもらえそうです。


 そんなこんなで源三さんにいじられた後、村長の家へ向かう道中に数人に話しかけられたりなどをしつつも、私達はなんとか村長の家へとたどり着くことが出来ました。

 どうして村人というのは、珍しい人が来ると、どんどん話しかけてくるのでしょうね……。おかげで、村人の半数近くに毛毬を紹介出来た気がします。


 というわけで、村長と話をしていたのですが……とても、予想外のお話が飛び込んできました。


「今、この村に大工はおらんぞ」

「……え?」


 そう、まさかの大工さんがいないという事実です。……いや、ちょっとまってください。

 向かい合って座る村長の前で私は手で顔を覆いつつ、湧いてきた疑問を口にしました。


「いないって……では、家が壊れた際は」

「頑張って住人が直しているな」

「……」


 それは直しているというよりも、とりあえずなんとかしているということなのではないでしょうか?


「確か以前、村の方に、村長が大工だったと聞いたことがあったのですが……」

「それは私の父だ。先代村長だな」

「……先代、ですか」

「うむ。私は父と違い、田畑と向かい合って生きてきたからな。父もそれで良いと言ってくれておったし、旅立ったその日まで父から技術を教わったこともない。つまり、ずぶの素人だ」

「そうですか……それは困りましたね」


 あの家が直せないとなると、今は良くても、この先の寒さに耐えることは難しくなるでしょう。それこそ、毛毬と一緒に暖めあい、ダメな日は生死の境を彷徨うことになりますし……それはさすがに毛毬に悪いですよね。

 しかし、自分たちでどうにかしようにも、道具が……。


「まあ、先生には村のみんなが世話になっとるし……たしか、父の道具がまだ納屋にあったはずだ。それを貸そう」

「えっ、良いんですか?」


 なんてことでしょう、懸念事項が一瞬で消えました。


「使われないよりは使われる方が、道具も喜ぶだろうしな。取りに行くから、ついてきてくれ」

「ありがとうございます!」

「あ、ありがとうございます」


 「よっこいせ」と立ち上がる村長に毛毬と一緒に頭を下げつつ、その背を追いかける。すると家のすぐ裏手にあった納屋から、村長は斧と木槌、ノミ、かんな……などなど、たくさんの道具を出して見せてくれました。なんというか、予想以上に多い。

 さすがに手で運ぶには多すぎる荷物ということで、村長は山菜を採るときなどに使う背負いかごに入れて持たせてくれました。

 ……背負っても、結構重たいのですが。


「直すのに使う木は、先生の家の周りなら自由に伐ってくれて構わん。……このくらいしか出来なくてすまんな」

「いえ、十分過ぎるくらいです。あとは地道に頑張ってみます」

「あ、ありがとう、ございます」

「うむ。先生も毛毬さんも、上手くいくことを祈っておる」

「はい、では」


 予定と少し違いましたが、まあこれはこれで……良しとしましょう。

 隣を歩く毛毬も、どことなくやる気に溢れてるみたいですし、目的がある方が、お互いの関係を育む上では、良い方向に働くものですしね。


「さて毛毬、家に着いたらまず何をすれば良いと思いますか?」

「えっと、木を伐り、ます……?」

「それも大事ですが、それよりも前にすることがありますね」

「うー……?」


 唸りながら考える毛毬に笑いつつ、私は少しだけ歩みを早め、ほんの少し前を歩く。

 見上げた空は、まだまだ太陽が輝いていて……とても良い天気のようで。


「まずは、家の損傷を調べましょう。どこが壊れていて、どこが腐っていて……どこを修繕するべきか。どの順番で直すべきかを、見ていきましょう。家も人も、治療の流れは同じですから」


 新しいことを始める日には、とても良い日なように感じられました。

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