第3話 ようこそ、弟子

 私の話を聞いていた時は、オドオドというよりも、少しばかり悲しみのような寂しさのような、少し暗い雰囲気を身に纏っていた毛毬さん。だからこそ、なんとなくでしょうか……彼女はと思っているのではないかと、感じたのです。


「それとも、今すぐにでも、家に帰りたいと願っているのでしょうか?」

「わ、私、は……」

「はい」

「帰りたいです……でも、もう帰れないんです。帰っちゃ、ダメなんです」

「……なるほど」


 つまるところ、最初の予想のうちの片方であった、ということでしょう。なるほど、なるほど。


「分かりました。そうなると、なかなか厳しい環境の村に住んでいたのですね」

「……?」

「食い扶持を減らすために、というのはよく聞く話ですし……小牧村では、まだそう言った憂き目にあった人はいないみたいですが」

「あ? あー、まあ子供が少ないってのもあるけど、俺の父ちゃんと母ちゃんみたいに、大人が出稼ぎに行って村を回してるって聞いたな」

「ええ。葦原あしはらの街も近いですからね。実際、あの街にはたくさんの人が出稼ぎに来てましたから」


 私がそう答えると、灰人くんが不思議そうな顔を見せる。……おや?


「先生、結構詳しいんだな。俺なんて、近いって言ってもほとんど行ったことないし、覚えてもないぞ?」

「ああ、なるほど。そういうことですか。ほら、私が家を飛び出して向かった先が、葦原だったのですよ。一年ほど住んでましたから、これくらいのことは知っていて当然ですね」

「へー、じゃあ父ちゃん達と会ってたりもしてたのかな……」

「そうですねぇ……狼人族の方と話したりしたこともありましたし、もしかすると知らず知らずに会っていた可能性はあるかもしれませんね」

「そっか! じゃあ、そうだったら面白いな!」


 にかっと笑った灰人くんに、私も笑顔を見せる。

 灰人くんは八歳に見えないくらい、しっかりとした少年ですが……やはり、八歳は八歳なのでしょう。その満面の笑みにも、どこか寂しさが見え隠れしていますから。

 

 そして、そんな灰人くんを見つめる毛毬さんもまた、どこか懐かしむような、憧れるような……そんなものを見つめるような顔をしていました。

 ふむ。


「毛毬さんは、ご家族のことが大好きなのですね」

「……ふぇっ!? な、なんで」

「灰人くんを見つめる顔が、どことなく優しいものでしたから。ええ、それはもうご家族に会いたいと、そう言っているような顔でしたよ」


 私がそういうと、毛毬さんは少し困ったような顔を見せて……顔を俯けてしまいました。

 ……ああ、そうですね。捨てられた側に対して言う言葉としては、あまりにも失礼というか……無遠慮な言葉でしたね。


「ごめんなさい。毛毬さんに対して、言っていい言葉ではなかったですね……」

「い、いえ、大丈夫、です。……それに、私がそう思うのは、ダメなこと、だから」

「それは……」

「だって、捨てられたのは、私が悪い、から。私が、家を無くしちゃったから」

「……どういうことですか?」


 私が考えていたのは、それこそよくある“家庭を維持できず、仕方なく子供を捨てた”ということでした。しかし、その場合であれば、とは言わないでしょう。

 だって私の想像通りだったら、私の家じゃなくなった、とかそういう感じでしょうし。


「燃やしたんです。私が、家を」

「……えっと、燃やした、ですか?」

「はい。燃やしたんです」

「それは、その……よく燃えましたか?」


 いや、私は何を聞いているのでしょう。


「え? えっと……」

「いえ、すみません。その……ちょっと理解が追い付かなくて。つまり、家を燃やしてしまったから、いまここに一人でいる、と」

「……はい」

「それはなんというか……大変でしたね」


 住んでいる家を燃やしたという、なんというかすごい言葉に、なかなか思考がまとまらず、そんな当たり障りのないことを口にしていました。そもそも、家を燃やすって、どうしてそんなことに? ……なんて聞くのもなかなか憚られるような気がしてしまいますし。


「なあ、家を燃やすって、なんでそんなことしたんだ?」

「……えっと、灰人くん? それを聞くのは……」

「いや、だって気になるじゃんか。先生もそうだろ?」

「それは、その」


 気になりますとも。

 でも、それを聞くのはなかなか心の準備とかそういったものがですね……。


「燃やそうと思って、燃やしたわけでは、ないんです……。最初は、お父さんを驚かせようって思っただけで、私……私は、」

「ああ、ごめんなさい。大丈夫、大丈夫ですから! 無理に話す必要はないですから」

「ごめん、なさい……」


 つまり、お父さんへ悪戯しようとした結果、なにかが起きて家が燃えたということでしょうか。……家が燃えるほどの悪戯、ということではなく、悪戯を起点として、物事が転がっていった結果、家が燃えてしまった、と。

 うん、なんといいますか……。


「そりゃ、姉ちゃん。捨てられて当然じゃね……?」

「か、灰人くん!?」

「だって、そうだろ? 悪戯して家燃やすとか、俺がやってら絶対父ちゃん怒るし、捨てられる気がする」

「うぅ……」

「でも、燃えたのって家だけなんだろ? なら、また会いに行けるじゃん」

「……え?」

「また怒られるかもしれないけどさ、姉ちゃんがもっと大人になったら、父ちゃんとか助けに村に戻ったらいいと思う。俺の父ちゃんも言ってたけど、迷惑かけたなら、しっかりと返すもんだって」

「はぁ……。良いことを言ってはいるので怒りませんが、灰人くんはもっと配慮ができるようにならないとダメですよ」


 私がそう口を挟めば、灰人くんは「ダメなのか?」と首を傾げる。

 幸い、毛毬さんはそこまで傷ついているようには見えませんし……むしろ、少し感動しているような感じすらしますし。まあ、なので今回は怒らず……くらいにしておきましょう。


「ううん、ありがとう、ございます。その、励ましてくれて」

「お、おう!」


 近い年齢の女の子に、まっすぐお礼なんて言われたことがないからか、灰人くんは顔を真っ赤にして、ぷいっと横を向く。

 照れてます? ねえ、灰人くん、照れちゃってます?

 私ももお礼とかはしっかり伝えているはずななんですか……こんなにあからさまに照れた姿は見たことがないですね……むう。


「さて、それではどうしましょうか?」

「ん? 先生、どうするって、何がだ?」

「それはもちろん、毛毬さんのことですよ。罪人つみびととして突き出すつもりはありませんが、村に住むと言うのも難しいでしょう?」

「あー……」


 もちろん、突き出さないからといって、野に放つ、というのも……知り合ってしまった以上、あまりやりたい手段ではないですね。仮にも薬師として生活している身ですし。

 ただ、村には村の空気と言いますか……新参者が入っていって、簡単に馴染める、というものではないのもまた事実。それゆえに、私もこうして、少し離れた場所に住んでいたりしますから。


「……なら、先生と一緒に住んだらいいんじゃね? ほら、この家って村と離れてるし」

「それは、そうですが……」

「あのさ、先生。俺、ずっと思ってたんだけどさ……この家、ちょっとボロボロ過ぎるし、一人で住むよりも何人かで住んだ方が良いって。実際、泥棒にも入られたしさ」

「うぐっ」

「ご、ごめんなさい!」


 灰人くんの容赦ない言葉が、私と毛毬さんの心を抉る。正論の、暴力ぅ……。


「それに、ほら……毛毬さんみたいな人を、一人でってやっぱり、あんまり良くねーじゃん……?」

「で、でも……私、その」

「だから、先生。一緒に住んだら良いんじゃねーかな?」

「……まあ、それが一番の落とし所でしょう。毛毬さんさえ良ければ、どうでしょう?」


 違う理由がありそうな灰人くんに苦笑しつつ、私は毛毬さんに向き直って、彼女の目をしっかりと視線で射抜く。そんな私の視線に彼女は一瞬ビクッと身体を震わせて、「良いん、ですか?」と。

 聞いているのはこちらなのですが……きっと、居た方が良い理由ではなく、というものが欲しいのでしょう。

 ならば、そうですね……。


「そうですね、では盗られてしまった朝ご飯の罰として、私の仕事を手伝っていただくことにしましょうか。ご存じの通り、私はこの村の薬師をしておりまして……つまり、罰として弟子にするという感じでしょう」

「弟子、ですか?」

「ええ、そうです。私が一人では大変だったこと……つまり、ご飯を作ったり、山菜を取りに行ったり、薬を作ったり、勉強したりなんかを手伝わないといけない人なんです。大変ですよー、それになんてったって、毎日ご飯を食べないといけないんですから」


 一緒に住むのならば、ほぼほぼ当たり前についてくることを、さも怖がらせるように口にしていく。あくまでも、お願いするのではなく……強制しているみたいな感じに。


「ですので、私にはメリットしかありませんね。それに弟子ができれば、家に帰るときに『私、弟子がいるんで』って、鼻高々に言い切れますし」

「……ぷっ」

「さあ、どうしますか? 罰を受けるのは嫌だーと逃げ出しても、私は追いかけませんし、どちらを選ぶのかは毛毬さん次第ですねぇ~」


 堪えられず笑ってしまった毛毬さんに、私はゆっくりと手を伸ばす。手のひらを見せるように大きく開いて。

 そんな私の手を、彼女は少しだけ見つめて「……お世話になります、先生」と、両手で握ったのでした。


「……はい。ではまず、家を直しましょうか。このままでは空き巣に入られてしまうので」

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