第4話 いざ、異時層

港湾都市として発展したリンデは、いつでもいいニオイだ。特にヴァルヲが気に入っているのは露店のある通りだ。

(ここに住んでもいい)

と思うほど、魚と食べ物の香りに満ち満ちている。


「ヴァルヲ、船ならヤドガニの壺焼きが食えるんだぞ」

魚屋の前から動かないヴァルヲをどうにか説得して、アルドは船着き場へ向かう小舟に乗り込む。

ヴァルヲは、いつか「家のある蟹」にご執心だったアルドを思い出していた。


「よお、あんたたち!元気そうだな!」

レジスタンスの面々はまだ船で生活しているようだ。


アルド達がザルボーに行きたいと頼むと、

「なんだお安いご用だぜ」

一も二も無く引き受けてくれたのだった。


久しぶりの船内でヤドガニの壺焼きに舌鼓を打ちながら、話題は自然とヒドラになる。

「この時層のザルボーから、古代のサルーパに行けるのでござるか?」

リィカのお下げが高速回転する。

「ザルボーの方向から、時空のゆがみをわずかですが検知しています。ビンチョウタンです!」

「・・・・・・」

「エイミさん・・・?」

「はいはい、ビンゴね」

(ったく、リィカへのツッコミ役ってあたし以外にいないわけ?)

「怒っているのですネ・・・」

「ううん、全然!」

(ここまで来たらとことんやるしかないわ)


「なぁ、もし・・・」

(ヒドラがいなかったら)

と言おうとしてアルドははっとする。

ポポロの顔がいつになく険しい。


「ねぇアルド。ノポウ族は、こっちの世界にもいるのかな。こっちのボクは白葉っぱじゃないのかな」

こういう時は、ヴァルヲを見習うように心がけているアルドだった。見れば、ヴァルヲは逃げ出したヤドガニを捕まえるのに夢中だ。

笑ってみるのが一番だとアルドは思う。無理にでも口を広げてみると、すっかり晴れやかな気分になった。

(オレってけっこう単純なんだよな)


「ノポウ族は燃える魔獣城にも住んでたぞ。もう一人のポポロにも会えるといいよな。白葉っぱかどうかは分からないけど、きっとこっちのポポロだって勇敢だとオレは思うぞ」

ほんの少し安心したようなポポロを見て、アルドの気持ちも態度も、さらに軽くなった。

「よしっ。オレ、エグル・サンジャックも頼んでくる」


***


奥ゆかしい香りがない、とヴァルヲは思った。

同じ砂、同じ風のようなのに、匂いだけが違っていた。


一抹の不安を抱えてザルボーに着いた一行だったが、その不安もすぐに消し飛んだ。

「化け物だ!」

の声とともに、逃げ惑う人々の姿が飛び込んでくる。


村人の向こう、砂煙にかすみながらも、巨大な蛇が何匹もそのカマを上げているのが見えた。

「行くぞっ!」

「承知」


駆け出すアルドとサイラスに、エイミとリィカが続く。

剣を片手で構え、砂にかざした手の下からわずかに見えたのは、数匹の蛇を頭に持つ魔物だった。

「あれで一匹なのか!」


低い姿勢のアルドの肩にサイラスが飛び乗り、そこから一匹の蛇の首へと躍りかかる。

「やった」

蛇の頭がドサリと落ちた。

エイミの拳に目を回す首に向かって、今度はアルドが斬りかかる。


5つ目の頭を落としたところで、すでに一行の息はあがっていた。

「じり貧だ。まずいな」

アルドが言ったとき、サイラスが最初に斬った首の根元から、新たな頭が見えた。

「再生するのか?!」

「ボクが行く!」

「ポポロさん、待ってクダサイ!」


***


魔物が逃げていく。

隠れていた村人がおそるおそる顔を出して、口々に礼を言った。


聞けば、

「最近、あの化け物が村へやってくるようになったんです」

「首が何度も何度も生えてくるんだ」

「ルチャナ砂漠の方からやってきて、人を食うんです」


汗に砂埃がはりついて、はやく一風呂ひとっぷろ浴びたかった。

(でも、ここの風呂って砂風呂なんだよな・・・)

こういうときに限って、どうでもいいことを考えてしまう。

(東方の温泉に浸かりたいなぁ)


「とにかく、いったん宿で休もう」


***


砂風呂に寝そべりながら、アルドたちは聞いてきた話をまとめることにした。


口火を切ったのはリィカだ。

「化石の形状と一致シマス。あれがヒドラである確率は99%以上ですノデ!」

やや興奮気味だ。予測が当たったこと以上に、ヒドラがいたことに安心しているのだろう。


「この村の人たちはヒドラとは呼んでないわね」

「村に来るようになったのは最近だと言っていたでござるな」

ヴァルヲは、最近少し出てきたサイラスのお腹の上に陣取っていた。砂がかかると、ちょうどいい感じのフィット感だからだ。


「休んだら、ルチャナ砂漠へ行ってみよう。リィカ、時空のゆがみの場所は分かりそうか?」

「・・・・・・」

「リィカ?」


「いけない!砂埃と砂風呂でオーバーヒートしちゃってる!」

エイミが慌ててリィカを掘り起こし、メンテナンスを始めた。

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実りの夢 @viscacha

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