第2話 お礼
「ドリンクバー3つ。それと山盛りポテトと……あと唐揚げ!」
「太るぞ」
「タケくんには関係ないでしょ!」
「まぁ確かに俺の知った事ではないな」
「それ
「いや何で?」
理不尽すぎる。
「ごめんなさいね、付き合わせてしまって」
向かって左に座る榮さんは豊かな胸の前で申し訳なさそうに手を合わせる。
「いえ俺は別に。あの……お、お姉さん?は大丈夫、なんですか?」
こういう時なんて呼んで良いのか分からなくて困る。
苗字で呼ぶと姉妹のどちらにも当てはまってしまうし、初対面の年上の女性をいきなり名前で呼ぶのも失礼な気がする。なのでひとまず『お姉さん』と言ってはみたが、これも妙な気恥ずかしさがある。
そんな俺の戸惑いを感じ取ったのか、榮さんは「名前で良いよ」と言ってくれるが、名前呼びというのは許可があったところでそれなりの難易度であることに変わりはない。
「……榮さん……の方こそ、その、大丈夫なんすか?」
散々悩んだ末にこの呼称を絞り出した。自分の羞恥心の限界点がここだった。だ いぶ頑張ったと思う。
とはいえ気恥ずかしさは増すばかりで、さっきと同じ内容の質問なのに先ほどよりも無駄に緊張する。
「えぇ、お陰様で。まだ少し
ありがと、と美人なお姉さんに見つめられながら微笑まれては目のやり場に困る。
真っ直ぐに見つめ返すことが出来なくて視線を右に動かすが、そこでは媛がテーブルに突いた頬杖の上でニヤニヤしていた。
女の子のこういう視線は、何もしていないのにイケナイ事をしているような気分になるのでやめて欲しい。心の中で盛大に溜め息を吐く。
どうしてこんな事になったのか——それは今から三十分ほど前に
二人を見送ったあと、タワーから降りてきた二人に遭遇すると気まずい感じになると判断した俺は、さっさと退散すべく相棒である自転車を停めている駐輪場へ向かっていた。
そこへ頂上付近で高所恐怖症が発動したおねーちゃんが腰を抜かして身動きが取れなくなったので助けてほしい、と媛が助けを求めに来て、榮さんを負ぶってタワーを降り、その後ある程度まで回復した榮さんから「お礼がしたい」と言われ今に至る、という訳だ。
だが早くも俺の脳内では帰る口実を探し始めている。
負ぶった時の背中に当たった柔らかな感触が生々しく残っており、それが目の前にあるというのは健やかな男子高校生にとって精神衛生上良くない。
そしてそんな俺へ向けてくる媛の下世話な視線が俺のライフポイントをえげつない勢いで削ってくる。
榮さんは仕方が無いにしても、媛にはタワーでの一件も含め何かしら仕返しをしてやりたいところである。
そんなことを考えているうちに注文した品物が届いた。それを機に榮さんから質問が飛んでくる。
「ところで、媛と同い年ってことはタケル君も今年受験?」
「受験はしないで就職……ですかね?」
「何で疑問形なのよ。ていうか応用クラスって全員進学するものなんじゃないの?」
媛の疑問は
応用クラスというのは俺と媛の通っている高校にある特別クラスの事である。
通常の授業の他に『ゼミ』という名の補修が組まれており、単純に勉強時間が長い。なぜそんなクラスがあるのかといえばもちろん受験に勝つためである。
またこのクラスは単純に勉強量が増えるというだけでなく、内申にも影響するという
「……家庭の事情で押し通すつもりだ」
「でもその感じだと、悩んではいるんでしょう?」
俺の目をまっすぐに見据えた榮さんの質問に返答が詰まる。やはり目は口ほどにものを言うらしい。いや、それとも単純に年上ゆえの経験則だろうか。
何はともあれ、何かしら答える必要があるのでそれっぽい言葉を並べていく。
「まぁ学歴だ何だって言われてますが、大学に行ったからと言って全員が成功するかと言えばそんなことはないですし、大学っていうブランドの為に時間とお金を投資するのが無駄に思えたっていうだけですよ」
近年は学歴よりも資格やスキルを重視する傾向もあるし、
「何と言うか……達観してるのね」
「いえ、達観というほどでは」
ほぼ場を繋ぐための出まかせだ。
それにこれらの単語だって新聞やらニュースやらを見ていれば自然と身に着く知識だし、むしろソースがそこしかないので実情とは違う可能性も否定は出来ない。まぁそれを言い出すとキリがないが。
「ちゃんと将来を考えてるのね。媛にもそういうところ見習ってほしいわ」
「あたしだってちゃんと考えてるもん」
「ふ~ん、例えば?」
「た、例えば⁉えっと……その……」
反射的に喰らいついたのであろう媛は、尻すぼみに勢いを失い、
「あ、あたしだ!ちょっと出てくる!」
助かった、とばかりに携帯を抱え、小走りで店外へと出ていく彼女を二人で見送る。
すると媛が視界から消えたタイミングで「タケル君さ」と榮さんから話を切り出してくれた。急に二人きりになり気まずい時間が流れるのではと危惧していたので正直助かった。
どんな話題かと少し身構えるが、なんであれ話題を振ってくれるのはありがたい。黙って次の言葉を待つ。そして一瞬の空白ののち、その発言は飛び出した。
「もしよければなんだけど、付き合ってくれないかな?」
…………いま、なんて?
聞き間違いか?いやそもそもこういうのは大体『何かをするのを手伝って』という意味の『付き合って』であるというオチが付き物だ。だが、もし違う意味——本来の意味での『付き合って』であったのなら確認するのも失礼になるのか?
一瞬で思考が最高速度まで加速する。
俺が様々な可能性を脳内で精査している間も、榮さんは変わらぬ笑顔で俺の返答を待っていた。
その笑みが更なる焦りを生む。早く何か答えなければいけないが思考が全くまとまらない。
「お待たせ~!お父さんからで、そろそろ帰って来い、って……どしたの?」
戻ってきた媛が固まっている俺を見て榮さんに尋ねる。
だが榮さんは質問には答えず「あら、もうそんな時間?」と、左腕に付けた桜色の時計を確認しながら立ち上がり「じゃあまた今度ね」と席を立つ。
媛もそんな姉に少し戸惑いながら、座席に置き去りだったブルーのショルダーバッグを肩にかけつつ「あ、残り食べちゃって良いから!」と言い残し、既に退店している姉の後を追う。
バタバタと帰っていった二人を見送り、だいぶ広くなったテーブルで一人、冷めたポテトを
ある程度冷静になった頃にはポテトの皿は空になっていた。そこでふと、机の端の伝票入れに目が止まる。そこには白い紙が丸められた状態で入っていた。
「支払い、俺か」
お礼、と言っても様々な形がある。
今回で言えば俺は勝手に『おごってもらえる』のがお礼だと思っていたが、確かに誰もそんなこと言っていない。
この世の中には女の子とお喋りするだけでお金が発生する商売もあると聞く。女の子に産まれていない時点で俺らには不可能な商売だ。女の子最強すぎる。
だがあの二人にその意図はないだろう。であるとするならば、おおよそお礼といえるものといえば——
「アレ、か?」
宿題が残されたような気分ではあるが、確かに『告白』という体験はご褒美と言えなくもないかと無理やり自分を納得させることして、伝票を手に席を立つのだった。
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