第28話 文化祭・幕表

 ステージに上がるその男の姿に、すごく嫌な予感がした。

 

「同じく三年A組の……」


 そしてその予感は、的中する。


「金田奏音を」


 周囲で沸き起こる大歓声。でも私にはただの不協和音でしかない。

 何をしでかすつもりなのか。まさか本当に告白なんてことは無いでしょう。

 予想のつかないその指名に不快感を抱く。眉間に皺が寄っているのが自分でも分かる。

 そして始まった、彼の『告白』。

 それは額面通りに受け取ればただの僻みでしかないが、意味が分かれば理解出来る。


 彼の言う『嫌いな私』というのは恐らく、学校での私の事でしょう。


 だが、だから何だというのか。

 私の嫌いなところを列挙したところで、この話の意味が通じるのは私と那岐くらいのもの。他の生徒には何のことだか分からないはず。

 それとも何か?学校以外の私のことが好きとでも?だとしたら最低の告白だわ。

 どちらにせよ、ここで私がその告白への返事をする必要は無い。


「で?言いたいことはそれだけかしら?」

「ああ、俺からお前に言うべき事は終わりだ」


 無いのであればこのままステージを降りるだけ。

 しかし、その含みのある言い方が引っかかった。


「……それはどういう意味かしら?」

「ここから先はだ」


 そう言うと彼は悪戯いたずらに成功した子供のような、悪い笑みを浮かべる。

 そしてまるでオオカミの遠吠えのようままっすぐな声を張り、そして宣言をする。

 それと同時に緞帳どんちょうが上がる。

 その奥にはギターを構える那岐と、それぞれ楽器を構えた見知らぬ少女が二人。

 背中から大歓声が聞こえているが、私はそれどころではない。


 彼が何をしたかったのかは理解した。

 だがそこになぜ、那岐が加担しているのか。


「那岐、あんた何して……」

「何でも良いでしょ?お祭りなんだし」

「どういうつもりなのよ?」


 その問いかけに那岐は答えず、ステージの下や脇に視線を向けている。

 その間に彼——オオカミくんからマイクとヘアゴムが差し出される。

 問答無用で手渡されたそれらを手に再び那岐へ視線を戻すと、彼は真っ直ぐに私の目を見ながら口を開いた。


「奏音、想いの伝え方って一つじゃないと思うんだ——」


 那岐の言う事を聞いているうちに気が付く。

 そうか。逆だ。

 これはオオカミくんが仕掛けた事じゃない。那岐が仕掛け人だ。

 その仕掛人の視線が、私の背後へと移る。視線の先は体育館の後方。扉が一か所だけ全開になっている。

 そしてそこには一カ月ぶりに見る二人の顔があった。


 その姿を認め、全てを悟る。本当にバカばっかだ。

 那岐も、オオカミくんも、先生も、そこにいる見知らぬ二人の少女も。私の『罰』の為だけにこんな舞台を作るなんて、本当にどうかしている。

 いや、一番バカなのは私か。

 子供みたいな我が儘を言って、みんなを巻き込んで迷惑をかけてる。これをバカと言わずして何と言うだろう。自分のバカさ加減が笑えてくる。

 那岐へと視線を戻す途中、舞台袖へと捌けていくオオカミくんが何かを呟く。声は聞こえない。だけど分かる。

 その呟きが聞こえたのだろうか那岐は大きく頷き、そして私に向けて口を開く。


「奏音、文化祭のテーマは覚えてる?」


 さっき彼が言ってたじゃない。聞こえなかったけど。


「分かったわよ……那岐こそけるのよね?」


 ここまでお膳立てされたらやるしかない。

 少し挑発気味に那岐を煽る。


「精一杯頑張らせてもらうよ」


 自信なさげな返事。でも、こういう言い方をする時の那岐は絶対に大丈夫。


「そっちの二人も良いわね?」


 少女二人にも声を掛ける。


「は、はい!」

「準備出来てないのはアナタだけだから」


 気合の入ったドラムに生意気なベース、悪くない。

 先ほど受け取ったヘアゴムに指を通す。


 那岐が弾き始める。その選曲に一瞬、思考が止まる。

 この曲はわたしが初めてネットに上げた歌。

 そしてあの日のライブでも歌った、私の大好きな曲。


 もし分かってやっていたのなら……いや、その詮索は必要ないわね。だって、私と那岐の伝えたかったものがこの曲には全て詰まってる。

 髪を留めたヘアゴムを軽く引っ張り、ほどけない事を確認する。本当はシュシュがあれば良かったのだけれど、逆にそこまで準備されていたらドン引きだ。

 気の利き過ぎない彼らしい気遣いに少しだけ口角が上がる。

 

 眼鏡を投げ捨て、観衆へ振り返る。

 那岐の旋律に乗せて、私の中のありったけをぶつける。


 私が先生から課せられた罰は、『家族と和解する事』。


 今の私のままではきっと、それは果たせない。でも本当の私を知っている友と、そして那岐が力を貸してくれた今ならきっと、伝えられる気がする。

 この観衆の向こう側に立つ、たった二人の届けたい人に。


 お父さんとお母さんに——愛してる、と——。

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