第24話 文化祭・幕間

「寄ってって~!魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする、奇怪な妖怪の晴れ舞台!最強のお化け屋敷だよ~」


 宣伝ダサすぎんか?

 そもそも言っていることが無茶苦茶である。合っているのは妖怪の部分だけだ。

 跋扈していないし、出てくる妖怪はあくまで有名なものだけだから奇怪でも無い。

 それに妖怪の晴れ舞台がお化け屋敷で良いのか?お化け屋敷はお化けの晴れ舞台のはず……そもそも晴れ舞台というのがおかしい気がする。


 しかしそれにツッコむ者などいるはずがない。

 なぜなら、その呼び込みをしているのがナギだからだ。

 どんな素っ頓狂な事を口走っても、「何か理由がある」とか「敢えて言ってるんだろうな」と深読みをされ、誤りを指摘されにくいのは頭の良い奴の弱点と言えるのではないだろうか。

 その弱点を突いたところで、指摘したこちらが悪者になるのは目に見えているからしないけど。


 白い着物と額に三角形の布を付けた『おばけスタイル』でそんな集客をしているナギの周囲には、女子生徒を中心に頻繁に人が足を止め、談笑しては去るというのを繰り返している。

 こういったイベントの時ならノリと勢いで接点を持てる、と思い込んでいる奴が多いのだろう。

 しかしこの人数を相手にしているアイドル・ナギが一回だけ喋ったとか、一緒に写真を撮ったというだけの相手を全て覚えているかは甚だ怪しい。

 まぁ彼ら彼女らにとっての思い出になっているのだとしたら、それはそれでいいのかもしれないが。

 これが金田の言う『思い出』なのだとしたら、青春とはいかに残酷なものなのかという事を思い知らされる。リア充爆発しろ。


「あ、タケっち~。休憩入って良いよ~」


 ナギが絆創膏まみれの左手をこちらに向かって振っている。

 ひがみ純度百パーセントの呪文を心の中で唱えているうちに、休憩の時間になっていたらしい。俺の文化祭が虚しいものになっている気がするのはたぶん気のせいだ。


 という訳でA組の教室で一人、リラックスタイムを満喫する。

 同じ時間で休憩に入った他のメンバーは、他のクラスを回ると言って大はしゃぎで出て行った。よって教室は貸し切り状態だ。

 外がうるさいのにこの教室の中だけが静かというのは、この教室だけ外界から取り残されたような、そんな不思議な感覚に陥る。

 そんな静かな教室に、沈黙ブレイカーがやって来てしまった。


「あ、タケくん見っけ!」


 俺はいつからかくれんぼをしていたのだろうか。記憶を遡るまでもなく、答えはノーだ。


「俺を見つけても鬼は変わらんぞ?」

「え?何言ってんの?」


 そりゃ伝わるわけ無いっすよね。というか伝わっていたらむしろ怖い。


「こっちの話だ。気にすんな」

「そ?じゃあいいや。ということでレッツゴー!」


 そう言うと媛は、俺の腕を引っ張りながら勝手に歩き始めてしまう。

 だから何でお前は俺を引きずって歩けるんだ。その怪力の源は何なんだ?


「ちょっと待て!どういうことでレッツゴーだ?」

「だって文化祭だよ?」

「答えになっとらん!」


 なんで本気のキョトン顔なんだ。それが答えになるとでも思ったのか。


「まず目的地を教えろ」


 腕をガッチリと掴まれているので逃げるという選択肢は選べない。

 であればさっさと要件を済ましてしまった方が早い。


「それはもちろん、あたしのクラス!」


 その満面の笑みに嫌な予感が止まらないが、ご多分に漏れず媛の怪力を逃れるすべを持ち得ていないので仕方が無い。

 C組に向けて、教室を後にした。


       *


 C組の出し物はいわゆる『リアル脱出ゲーム』というものだった。

 密室の中にあるヒントを探し出し、その謎を解いて出入り口の鍵を見つけるか、キーワードを宣言することでクリアとなる。

 今回はキーワードが脱出の鍵の代わりらしい。

 教室は四つのブースに区切られていて、俺たちは窓側後方のブースに通される。


 そんなわけで媛と二人で参加したのだが……


「え、待って?この公式ってどう使うんだっけ?」

「文系の俺に聞くな!」

「あたしも文系だもん!」

「思い出すしかねぇ!」


 A組なので一応理系科目もそれなりにやってはいるが、苦手なことに変わりはない。頭をフル稼働して解き進める。

 やっとのことで数学の問題を終えると、そこへ媛が新たな絶望を持ってやってくる。


「……ねぇタケくん。この呪文なに?」


 目が完全に死んでいる。


「落ち着け。これは呪文じゃない。化学反応式だ」

「さすがタケくん!さすがA組!頼りになるぅ!」

「ふん、まぁな。だが読めるとは言ってない」

「だよねー……もう、何でこんな問題出すのよ~!!」


 地団駄を踏む媛の背中を見ながらふと気付く。

 そもそもこの問題って媛のクラスで作ってるんじゃないのか?なのに何でお前が知らないんだ?


「だってあたし、企画班じゃなくて装飾班だったから」


 ここにも同類がいたらしい。


「だってだって、企画班とか頭良くないと出来なさそうじゃん」


 自分の頭が良くないという自覚があるらしい。

 言うほど悪くなかった気はするが、本人の自己評価がそうだというのならそうなのだろう。

 その後、室内に仕掛けられているヒントと二人で知恵を振り絞ったおかげで分からない部分はあれ、少しずつ正解に近づいてゆく。


 しかし——


「——タイムアーップ!」


 ゲームマスターの無慈悲な宣告に大きく息を吐く。

 思っていた以上に疲れた。こんな短時間に頭と体を両方使うという経験はあまり無い。


「あ~!あともうちょっとだったのに!」

「たしかに惜しかったな」


 あと一問解けていればキーワードが分かる、というところまで来てはいた。

 ただ正直に言うと、最後の問題は解かなくても前後の部分で答えが分かってしまう。

 今回のキーワードは『エスケープ』。つまり『脱出』だった。そのまんまだ。

 こういうあたりが高校生クオリティである。A組のあのクオリティはやはり間違っていると俺は思う。


「参加賞でーす。くじ引きを引いてってくださーい」


 正解した問題数に応じてクジが引けるらしい。差し出された箱に手を突っ込み、二人で二回ずつクジを引く。


「お、当たりでーす!八等です!おめでとうございます!」


 めでたくないだろ八等は。何等まであるんだこのクジ。

 もうツッコむのも疲れて来たので、差し出された景品を見ることもせずに受け取る。


「タケくん、景品なんだった?」


 手元の小さな紙袋を開けてみると、それは女性用のヘアゴムだった。大ハズレだ。


「……いるか?」

「あー……ほら、あたし髪短いから」


 媛に断られてしまうと他に渡せる相手は——アイツぐらいか?

 脳裏に閃いたその顔に少しだけ気が重くなりながら、ヘアゴムをズボンのポケットにしまう。


「なんか、腹減らないか?」


 断ったことを気にしているのか、少しだけ変な空気になっていた媛に提案する。


「あ、うん。空いた……かも?」

「奢る」

「え?何で?」

「お前のクラスのやつ、思ったより楽しかったから。誘ってくれたお礼というか」


 それを聞いた媛の表情は、驚きから満面の笑みへと変わる。


「じゃあ焼きそばとポテトと、あとは……」

「まて、少しは遠慮しろ」

「足りない分はあたしも出すから一緒に食べよ?」


 そう言いながらまた俺の腕を掴んで走り出す媛に、俺はされるがままに付いて行く。

 媛のその楽しそうな背中を見ながら、たまには休みを誰かと過ごすのも悪くないなと柄にもないことを思ったのはきっと、祭りの熱気にてられたせいだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る