第23話 文化祭・第一幕

 薄暗い室内で息を潜める。

 一歩、また一歩と近づいてくるに気付かれぬよう、出来る限り気配を消す。


 あと三歩。

 薄闇の中にその姿を捉える。しかし相手はこちらに気付いていない。


 あと二歩。

 まだ気付かれてはいないようだ。耐えろ、俺。


 あと一歩。

 さすがにこの距離になるとバレてもおかしくない。

 でもバレない。なぜかって?


 なぜなら俺は影が薄いからなぁっ!!


「「きゃあああぁぁぁぁぁッ!!!!」」


 その後、そのお化け屋敷は『怖すぎる』という理由で文化祭実行委員会から直々に是正勧告を受けることになるのだった。


       *


「お疲れの様子ね」


 交代の時間となり控室になっているA組で休息を取っていると、集客行脚から戻って来た雪女スタイルの金田に声を掛けられる。


「なぁ、無報酬で働くのってやっぱりブラックだと思うんだが」


 白い和服が涼しげを通り越して冷たさを感じさせる。いや、冷たいのは服装ではなく彼女の視線か。

 だが知ったことか。日常的に白い目で見られている俺のメンタルはそんな事ではへこたれない。


「あら、思い出っていう報酬が出てるじゃない」

「それは報酬じゃなくて副産物だろ」


 彼女はたぶん『参加することに意義がある』的な事を言いたいのだろう。

 確かにこういったお祭りやイベントは忘れられない青春の一ページになり得る。


 しかしそれは一部のリア充どもに限った話である。

 実際はそんな甘酸っぱいものではなく、祭りの熱気にてられて、勢いで告白して玉砕したり、または勢いで付き合いはしたもののすぐに破局し、その後しばらく廊下で顔を合わせる度に気まずくなる、みたいな黒歴史を量産するマッドパーティに他ならない。


「じゃああなたは何がご所望なのかしら?」

「休みか給与だな」

「却下」


 一瞬の逡巡もなく拒否された。


「そもそも俺、裏方のはずだよな?」


 そうだ。俺は装飾係だったはずだ。なのになぜ驚かす役をやっているんだ?


「仕方ないでしょう?会議室の使用許可が出てしまったんだもの」


 会議室は教室のあるA棟から社会科教室のあるC棟へと通じる渡り廊下にある。渡り廊下に教室ががある、というのは何とも不思議ではあるが、事実そういう造りなのでそう説明する他ない。

 会議室は普通の教室二つ分ほどの広さがある。そのせいで必要なキャストが増えたらしい。

 だが、だからといって無許可でシフトを割り当てるのは労働基準法違反とかになるんじゃないだろうか。


「学校のイベントを労働と捉えている時点でもう既に間違っている気がするわ」

「学生の仕事は勉強だ。つまり学校というのは会社にあたる。すなわち学校行事は労働だろう」

「残念ながら、勉強は学生の仕事じゃなくて本分よ」


 その一言で全て論破される。

 コイツに勝てるビジョンが浮かばない。


「だとしても俺のシフトが無駄に多くないか?」

「仕方が無いでしょう?私のシフトを貴方が埋めているんだから」

「それがおかしい」

「あなたが怖がらせ過ぎたせいよ。実行委員会と生徒会の相手をしている私の抜けた穴をあなたが埋めるのは当然でしょう?」

「俺が悪い訳じゃない」


 クラスメイトの『君はこの小窓から顔出すだけでいいよ』の指示に従い、俺は言われるがままに配置に就いただけである。

 つまりこの疲労は精神的なものである。ひとの顔を見て絶叫とはどういうつもりなのか。

 精神的疲労といえばこの訳の分からない仮装も一因かもしれない。

 作務衣に数珠、そして坊主のカツラというどこからどう見てもお坊さんにしか見えない衣装。準備をしてくれたクラスメイトの言うところでは『教祖』との事だったが、さっぱり意味が分からない。

 まずお化け屋敷の脅かす側の奴が数珠を持っちゃダメだろ。周りのおばけやら妖怪やらが成仏するぞ?それにそもそも教祖っておばけのカテゴリーに入らんだろ。

 というか顔しか出さない役なのに作務衣やら数珠やらを準備する必要あったのだろうか。カツラだけで十分だったのでは?

 色々と思うところがないでも無いが、もうツッコむ気力も起きない。


「そうね、あなたは悪くない。あなたのその役が似合い過ぎたのがいけないのだものね」

「上げて落とすのマジでやめて?」


 教祖が似合うって褒めてねぇだろ。ここまで健気にいう事に従って来たのに!

 というかそれ、結局俺が悪いってことじゃねぇか?


「ウチの出し物が怖すぎるのは作り込み過ぎたせいだと思うがな」


 ただでさえ優秀なA組の面々が職人顔で仕上げた作品が怖くない訳が無い。

 たぶんそこら辺の遊園地のものよりは断然怖いと思う。


「お褒めに預かり光栄ね」

「実行委員会には褒めてもらえなかったけどな」

「怖すぎる、というのはお化け屋敷としては誉め言葉よ。やりすぎとは言われたけど」

「やっぱり怒られてるじゃねぇか」


 当然だ。今日はまだ校内のみでの開催だから内輪で済む。

 しかし明日は一般開放。土曜日ということもあり、生徒たちの家族や兄妹、近隣の小中学校の子供たちも訪れる。

 大人はまだしも、子供にあんなもの体験させたら苦情が来るだろう。そんな危ないモノを出し物にしているとあれば、実行委員会として警告をする必要があるのだろう。


 それにしても、この金田を相手にちゃんと注意が言える実行委員会って凄くないか?

 その実行委員会と生徒会を相手に明日、大立ち回りを演じなきゃならんと思うと今から気が重い。


 思わず深いため息が溢れる。

 そんな俺の目の前に、『最後尾』と書かれたプラカードが差し出される。

 差し出しながら俺を無言で見下ろす金田を、負けじと無言で見つめ返す。

 あ、だめだ。やっぱ怖い。十秒も保たなかった。

 金田は間違いなく美人と呼ばれる部類に入る顔立ちをしているが、それでも無表情で見つめられ続けるとなんか怖い。底の見えない恐怖を感じる。


 渋々プラカードを受け取って席を立つ。


「俺が立って客が減っても知らんからな」

「みんなに休憩時間をあげられるし、その方がありがたいわ」


 もうここまで来ると冗談というよりは嫌味に近い。

 でも悪い気はしなかった。

 俺を見送る金田が、心底楽しそうな笑みを浮かべていたから。


 このドSめ!!


 心の中のその叫びを、そっと胸の内にしまい込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る