第25話 文化祭・第二幕
文化祭二日目。今日は一般開放である。
他校の生徒も父兄も近隣住民も、誰でも自由に参加出来る。
今日が実質的な文化祭本番と言ってもいい。
昨日の校内開催でも評判だった我がクラスのお化け屋敷は、二日目も大盛況となっていた。なんでみんなそんなに怖いものが好きなの?マゾなの?
俺には理解出来ない好奇心に憑りつかれて長蛇の列を成している人々を、適度に声を掛けながら整理する。
生徒会と実行委員の指導のあと、俺は『小窓から顔を出す』という生首の役をクビになった。
そしてあちこちの係をたらい回しにされた結果、列整理の役に収まった。
望んでもいなかった役をクビになるというのは腹が立つが、この仕事は楽なので許してやろう。
「タケル君、久しぶり!」
そこに現れたのは榮さんだった。
「あ、お久しぶりです……かね?先週ぶりですね」
「そうね。あの日はありがとう」
「いえ、お礼を言うのはこっちの方です。お陰で何とかなりそうです」
「そっか。じゃあ言うべきは、どういたしまして、だね」
そう言ってはにかむ彼女の笑顔が眩しすぎて少し照れる。
おかしい。これはまるで青春の一ページのようではないか。
「じゃあタケル君、媛のところ行かなきゃだからまた後でね」
そう言い残した榮さんはA棟の雑踏の中に消えてゆく。
「俺も大分
そのボヤキは昨日以上に密度の高い喧騒に掻き消された。
*
「媛!足元照らしてってば!」
「だって上になんかいるもん!」
「上よりも下!!」
「むりッ!上!!」
……まだ、最初のトラップの前なんだが?
現在、姉妹と共に薄暗い会議室の入り口付近にいる。何が悲しくてネタを知り尽くしているお化け屋敷に挑まなければならないのか。
しかし今回は二人へのお礼も兼ねているので断る選択肢は無い。
まだ企みが成功した訳ではないが、そのスタート地点に立つことが出来たのは二人のおかげである。二人の助けが無ければスタートラインにすら立てなかった。
そんな訳でまずは榮さんの希望を聞き、うちのクラスの出し物であるお化け屋敷に挑んだのだが——
「きゃっ!」
「なに⁉なにがあったのおねーちゃん⁉」
「おばけ!!」
「ここお化け屋敷だから!お化け居て当然だから!!」
壁に描かれたお化けの絵に驚いたようだ。どうやら二人ともお化け屋敷が苦手らしい。
懐中電灯が無いと歩くのが難しい程度の暗闇の中、さっきから媛の持つそれは前だけでなく上やら下やらを忙しなく照らしている。要はビビりまくっている。
それでも少しずつ足を進め、その進度に比例するように二人の精神は限界に近づく。
「苦手なら無理して進まなくても……」
「せっかく来たのにタケル君のクラスを見ずには帰れな——きゃあっ!」
膝を震わせながら進む榮さんの心意気は嬉しいが、曲がり角に取り付けられた鏡に映る自分にすら悲鳴を上げてしまう姿は痛々しすぎて見ていられない。
しかし、中之島大橋の一件でもそうだったように、一度決めたことには頑固なようだ。彼女の辞書には『諦め』の二文字は無いらしい。
「ななな何でタケっちは平気なのよ?」
「俺、コレ作ったクラスの人間」
媛はもう膝だけじゃなくて声まで震えている。もう止めて!見てられない!!
だがその願いは思いのほかすぐに現実となる。
人間、危機を乗り越えた瞬間というのはどうしても一瞬油断するものである。
鏡のトラップを乗り越えた二人もその例に漏れず、一瞬だけ気が緩む。そのスキを見逃すA組ではない。
突然目の前に生首が落ちてくる。ネタを知っていてもこの暗闇だとやはり少しびっくりする。
そう。この仕掛けを知ってる俺でも驚くのである。
つまり、既に限界状態の二人には効果抜群な仕掛けであった。
「「——ッッ!!!!」」
さすがは姉妹である。声にならない悲鳴がきれいにシンクロする。
いや、悲鳴だけじゃない。そのまま回れ右をして俺の横を駆け抜ける動作まで見事に……って、え?
来た道を無言で走り抜ける姉妹。取り残される俺。懐中電灯は媛の右手だ。
ちょっと待て!ここの造りを知ってるとはいえ、この暗闇の中を懐中電灯無しで歩くのはフクロウでもない限り無理だ!
どうする?壁を伝っていけば確かに入り口までは戻れるが、少し時間がかかる。
だがあの状態の二人を野放しにするのは少し不安だ。
それにまた生徒会から警告を受けたりしたら、金田から苦情を受ける未来が見える。
あまり使いたくなかったが仕方が無い。
通路の壁を四回叩く。緊急時のサインだ。
「ヤツルギくん?え、一人で何してんの?」
頭上からクラスメイトの声が降り注ぐ。
そうだよね。普通は緊急事態といえば怪我とかそういったアクシデントを想像するよね。でも、今回はそんな大事じゃないんだ。
「すまん、置いて行かれたからそっちに通して欲しい」
「……何で一人?」
「逃げられた」
「あ、そうなんだ……」
その可哀そうなモノを見る目で俺を見ないでくれ。別に俺から逃げた訳じゃない。
勝手な邪推によって心に怪我を負わされつつも助けてもらい、お化け屋敷から何とか脱出する。
「あ、タケっち!さっき媛ちゃんがものすごい勢いで出て行ったんだけど……中で何かあった?」
「極度のビビりだっただけだ。で、どっちに行った?」
「あっち」
ナギが指差したのは上だった。
上にあるのは生徒会室と天空廊下だが、廊下は危険という理由で今日は閉鎖されている。
つまり生徒会室に向かった訳か。恐らくたまたまだろうが、それでも最悪な展開だ。
一気に階段を駆け上がる。しかし姿がどこにも無い。
嫌な予感を振り払うようにかぶりを振り、生徒会室の扉を勢いよく開け放つ。
すると、そこには——
「た、タケくん怖い~」
半泣きの媛が懐中電灯を抱きかかえて、女子生徒に抱きとめられている。
「八剱くん?全て説明して頂いてもよろしくて?」
媛を抱きとめていた白い和服の女子生徒は、凍てつくような視線で俺を射抜く。
そして彼女の背後には、生徒会役員と思しき生徒たちが険しい表情で控えている。
ですよね。そうなりますよね。というか、何でこのタイミングで金田が生徒会室にいるのかなぁ。
完全に誤解なのだが生徒会となぜかそっち側についている金田からあらぬ追求を受ける羽目になった。
その後、媛の弁護のおかげでなんとか解放してもらえたがそれでもかなりの時間を要した。
解放された俺達は休む暇無くはぐれてしまった榮さんの捜索へと繰り出す。
そして数十分後、C棟一階のトイレの個室内で小さくなっているところを媛によって無事に保護されましたとさ。めでたしめでたし。
俺の休憩時間はここで終了。急いでそのまま持ち場まで直行。
どうやら俺の休憩時間は忙しくなる運命のようだ。そういう運命なら仕方がない。
自分なりにそう納得をして、みんなの『青春の思い出作り』のお手伝いを再開したのだった。
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