第20話 光明(後編)
呼び出された場所は、港の端にある公園だった。
ここからは以前登った中之島大橋の全貌を一目に拝むことが出来る。
入り口が少し分かりにくく、初見では地元民でも入り方が分からないのスポットなのだが、良い天気のためかカップルや釣り人の姿がそこかしこにある。
「あ、来た来た!タケくんこっち!」
駐車場から見える位置で媛が手を振っている。
自転車を置いて向かうと、二人はレジャーシートの上にいた。
「もう遅いよ~。お腹ペコペコだよ」
「連絡受けたの十五分前だぞ」
行くと言ってしまった以上は待たせる訳にいかない。かなり急いだつもりだ。
「急がせてしまってごめんね?」
「あ、いえ、急いだというか……」
「ふふふ、タケルくんって本当に素直だよね」
もしかしてさっきのアレ、気付かれていたか?
だとすれば不快な思いをさせてしまったかもしれない。自分が素直かどうかは分からないが、謝罪は素直にしておくべきだろう。
「すみません」
「あ、違う違う!悪いのは急に呼んだ私達の方なんだから!」
榮さんは座り直しながら続ける。
「素直っていうのは良い事だよ?確かに、その場の空気に合わせたり空気を読んだりっていうのは大事だけど、それは
——自分のしたい事が分からなくなる。
その言葉に、胸の奥をギュッと掴まれた気がした。
ナギの話を聞いてからの自分がまさにそうだ。ずっと胸の奥で引っかかっていて、でも俺の力ではどうすることも出来なくて。
この思いと現状を何とかしたい。でもどうしていいか分からない。
そんな重い雰囲気を纏い始めた俺の傍らで、媛は置いてあった包みを広げていた。
その中からは美味しそうなサンドイッチが大量に出てきた。
「ちょっと作り過ぎちゃってさ。口に合えば良いんだけど」
はい、と差し出されたサンドイッチを受け取って一口齧る。
「お、ちゃんと食える」
「バカ!当然でしょ⁉」
日頃バカにされているお返しだ。少しだけイジワルを言ってみた。
榮さんの前だと比較的大人しくなるのは前回の旅で知っているからな。案の定、それ以上の事は言われなかった。
「あたしが腕によりをかけて作ったんだからね」
「これ全部か?」
「もちろん!」
少し不本意そうにしていたが、俺の反応を見て気を良くしたらしい。サンドイッチを手に取りながら得意げに見せつけてくる。
「だからサンドイッチだけなんだけどね」
「おねーちゃん!それは言っちゃダメ‼」
しかし、思いもよらぬところから飛んできた口撃に慌てふためく媛。それに対し、その抗議を笑顔で受け流す榮さん。
「——ぷっ、はははははは」
そのやり取りに既視感を覚え、思わず声を上げて笑う。やはり『きょうだい』というのはどこもそんな感じらしい。
急に笑い出した俺を見た二人は、一瞬不思議そうな顔をして顔を見合わせる。そして二人も心底嬉しそうに笑いだす。
その笑顔を見て確信する。わざわざ今日、俺をここに呼んだことの意味が分かったのだ。
「ごめんな、気を遣わせて」
「もう、そうじゃないでしょ?暗い顔して食べたって美味しくないんだから。ご飯は楽しく食べなきゃだよ?」
「お前の言う通りだ……ありがとな」
「どういたしまして!」
ナギの話を聞いてから週末の休みに入るまで半日しかなかったというのに。
一体いつ俺の変化に気付いたのだろうか。そんなに
事の真相は分からないが、どうやら俺は榮さんの言う通り素直な性格らしい。
だったら今の自分の心にも素直になろう。
「二人に聞きたい事がある……んです。助けを必要としている奴がいて、でも自分にはそいつを助ける力が無くて、そういう時はどうしたら良いと思う……でしょうか?」
勢いでタメ口になりかけた。だが媛に敬語を使うというのも違和感が凄い。
でも、もう何だって構わない。伝わればそれでいい。
現に二人とも、そんな事は気にも留めず真剣に考えてくれている。
「ん~そうだなぁ。タケくんが力になりたいってことを伝えて……はいるんだよね?」
「力になれなくて悪い、とは伝えてる」
媛は、そうかーと言いながら腕を組み、うんうんと唸っている。
その横で榮さんが口を開く。
「確認なのだけど、タケル君の言う『助ける』というのは自分の力でなくても良いのよね?」
「ちょっと事情があるんで、誰でも良いってわけじゃないんです」
「その事情は、助けるためには知っている必要がある?」
その質問にはっ、とする。
「直接は、無い……?」
「なら簡単じゃない?」
「……そう、か……そうですね!ありがとうございます!!」
「え?ちょ、どういう事?」
簡単なことだった。
目の前の人物が身をもって教えてくれていた事なのに、俺の中には存在していなかったその選択肢。
誰かを頼るという、ごく普遍的なこと。
一人置き去りにされている媛をそのまま放置し、携帯を取り出す。
慣れた指運びでメール作成画面を開き、題名無しで本文のみのメールを手早く送る。
そして榮さんから説明を受けるも、分かったような分からないような、と首を捻っている媛に尋ねる。
「なぁ、楽器って出来るか?」
「カスタネットくらいなら」
俺と同レベルだった。
「じゃあ知り合いに楽器が出来る奴っているか?」
「それは今度の文化祭でってこと?」
「ああ」
「どうだろ?知ってる子はみんなもうバンド組んでるなぁ……あ、でもちょっと待ってて!」
そう言うと今度は媛がスマホを弄り出す。
「あ、でもあんまり期待はしないでね?心当たりがあるってくらいだから」
「それでも助かる」
連絡を終えたのだろう媛は視線を上げてそう言うが、無力な俺の頼みを聞いてくれているのだ。それだけで感謝こそすれ、文句なんて出るはずも無い。
「それじゃあ、気を取り直して食べよっか?」
差し出されたサンドイッチはさっきと同じものなはずなのに、先ほどよりも格段に美味しく感じた。
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