第19話 告白

 次の日の朝。

 いつも通りに登校し、いつも通りに自転車を置き、いつも通りに昇降口のドアをくぐる。

 いつもなら何事もなく靴を履き替えて教室に向かうのだが、下駄箱を開けた俺はその場で凍り付いていた。

 下駄箱の中には見慣れた上履きと見慣れぬ封筒が一通入っている。

 それをさっと取り出し、そっとカバンの中に仕舞う。まだ人がまばらな時間帯で助かった。

 これはもしかしなくても、もしかするやつではないか?


 そのままトイレに直行し、個室の中でさっき仕舞ったばかりの手紙を取り出す。

 手紙の外側には差出人も宛名も書かれていない。

 緊張で少し汗ばむ手を拭い、ゆっくりとそれを開くと——


『昼休み、天空廊下で待つ。  高谷那岐』


 黙って手紙を床に叩きつけた。


       *


「おっつ~」

「おっつ~、じゃねぇわ」


 昼休み、指定の場所で待っているとそんな気の抜けた挨拶と共に手紙の主が現れる。


 ちなみにこの『天空廊下』とは、俺らが主に生活をするA棟と、A棟の半分ほどの長さで高さも三階までしかないC棟を結んでいる空中廊下の事だ。

 いつも林才先生と話をしている社会科教室はこのC棟の二階にある。そして今俺たちがいるのはその一つ上の階で、屋外を通る廊下である。

 さらにちなむのであれば、以前呼び出された校長室がある特別棟がB棟である。

 つまり、A棟はいつもの場所、B棟は職員室や理科室等の特別な教室がある棟、C棟は社会科教室や生徒会室等の教室があるだけの小さい棟、と覚えておけば少なくとも迷子になることは無い。そしてぶっちゃけ、B棟は用が無いからあまり存在感がない。

 と、そんな学校案内が丁度終わるくらいのタイミングでナギが隣へ到着する。


「で?メールアドレス教えた次の日に手紙で招集とはどういうつもりだ?」

「ごめん、完全に事故。あの手紙は昨日の帰りに仕込んだんだ。まさかアドレスを交換するとは思ってなかったからね」


 確かにあれはハプニング的な出来事だけれども。

 ただ、ナギがこうまでしてアポイントを取ろうとしていたという事は、そうまでしてでも教室では出来ない話をしたいという事なのだろう。

 この時間にここを通るとすれば、一部の教職員と生徒会に関わる学生だけだ。それにさえ気を付ければ、秘密話には持って来いの場所である。

 ナギは中庭を見下ろし、そして警戒するように辺りを見回してから俺へ向き直る。


「そんなに警戒して何の話をするつもりだ?」

「ごめん。また頼ることになっちゃうんだけどさ……タケっちって楽器出来る?」


 深刻そうな表情の割に、なんてことない質問だった。

 しかし、本人にとっては重大なことなのだろう。一応は真面目に相談に乗る。


「リコーダーとかって事じゃ無いよな?」

「当然。ギターとかの方」


 当然できん。だが、文化祭前に楽器を出来る人を探しているとなれば、ナギのしようとしている事の見当はつく。


「お前、バンド組む気か」

「まぁそんな感じ」


 確かに文化祭の華のうちの一つであるし、ナギが出れば盛り上がること間違いなしだろう。

 しかし、当日まで十日を切っている今の時期では後夜祭出演のエントリー期間も終わっている。

 それなのになぜ、今頃になってそんな事をしているのだろうか。


「今頃になってか?」

「事情は話すと長くなるよ?」


 話す気は無いってか。

 ただ、貴重な昼休みを潰されているのにそれでは割に合わない。ここでサヨナラでは生殺しも良いところだ。洗いざらい吐いてもらおうか。


「昼休みはまだ始まったばかりだぞ?」


 その言葉に観念したのか、ナギは口を開いた。


「タケっちのこと、やっぱり共犯者にするね!」


 その一言と共に、俺の平穏に終わるはずだった文化祭が終わりを告げた。


       *


「……マジでか」


 全てを聞き終えた頃には昼休みが終わる直前になっていた。

 そろそろ教室に戻らないと午後の授業に遅れてしまう頃合いだが、ナギの口から紡がれたその告白のショックで、その場から動くことが出来ない。

 しかし、これで全て繋がった。


 だから彼は、彼女は、彼らは、あの人は……。


 ここまでの一連の出来事のほぼ全てを理解出来た気がする。


「うん、マジ。これが俺達の真実だよ。これを聞いたからって無理強いをするつもりはないからさ。ただ口外しないようにだけしてくれればいいよ」

「言える訳ねぇだろ。そもそも言う相手がいねぇけどな」

「あはは、それなら安心だ」


 その如何にも楽しそうな笑顔の裏で、ナギはどれほどの苦労を重ねて来たのか。

 こんなものを背負っておいて、彼はなぜここまで朗らかに笑えるのか。


「お前は強いな」

「強くなんて無いよ。オレはただ友達に恵まれただけ」


 それだとしても、だ。

 俺がその立場にいたとして、その現実に耐えられる自信はない。

 そんな弱っちい俺では、ナギの助けになんざなれっこない。


「悪いな、助けになれなくて」

「そんなこと無いよ。タケっちはタケっちでいてくれればそれで十分!」


 本当は助けて欲しいくせに、それをおくびにも出さず他人を気遣う。

 コイツは聖人君子じゃない。それ以上の何かだ。

 いつもであれば軽く笑い返して終わりにするその笑顔が、今の俺にはひどく重たかった。

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