第16話 家庭の事情

「ナギ⁉何でお前がここに!」

「タケっちこそ何で奏音と⁉」


 お互いに疑問の声を上げる。


「俺は気分転換に来たらたまたま金田がいて……」

「オレはここに迎えに来るように奏音から連絡を受けて……」


 お互いの事情は分かったようで分からない。となると自然と金田へと視線が集まる。


「那岐、来るの早すぎ。もう少し待つようにってメッセージ送ったわよね?」

「時間的に待てないよ。ご飯の準備だってしなきゃだし」

「というか待てお前ら。どういう事か説明しろ」


「「見ての通り」」


「それで分かったら苦労しねぇんだよ」


 ハモってんのもなんかムカつく。


「分かってるよ、ちゃんと説明する。ただここだとアレだし、弟たちも心配だからさ。ひとまず、オレんとこ来ないか?」


       *


 ナギの提案を受けて、タワーから徒歩で二十分程のところにあるナギの家へと移動する。

 平屋の同じ形をした建物が六棟ほど並んでおり、その中の一棟へお邪魔する。どうやら貸家らしく、間取りは家族四人ほどが暮らす分には十分な広さだ。

 そんな家の玄関を開けると——


「にいちゃんおかえり!」

「かなでねぇちゃんも!」

「あにき~、このひとだれ?」

「ねぇねのこゆびと?」


 ナギの弟妹たちが出迎えてくれた。

 ナギは出迎えに対し「ただいま」と、そして俺達には「適当に座っといて」とリビングを案内しながら自身は台所へ向かう。


 俺たちは子供たちに手を引かれるようにしてリビングへと移動する。

 その途中、金田は一番最後に上がった質問に対して引き攣った笑みでやんわりと拒絶の意を示していた。

 そこはせめて否定に留めてほしかった。そこまで行くと間違えてつい死にそうになる。

 リビングで子供たちの質問攻めに遭っていると冷たい麦茶と共にナギが現れる。


「紹介するよ。上からコウ、ヤナ、タキ、リュウだ」


 ナギが四人を並べ、それぞれの頭を撫でながら紹介してくれた。

 次男のコウ君で小学五年生だという。それなりに歳の離れた弟妹らしい。


「ヤナって俺ん家の猫と同じ名前だな」

「あんたそれ、今言う必要ないでしょ」

「すまん」


 たしかに配慮が足りていなかった。

 猫と同じ名前、とか面と向かって言う事じゃ無い。

 だが子供とは不思議なもので、そこにむしろ嬉々として喰いついてきた。


「え、あたしと同じなまえ?そのネコちゃんどんな子?」

「あ、あぁ、写真見るか?」

「みるみる!」

「おれもー!」


 俺の周りには瞬く間に子供たちが集まり、すぐさま人気者となった。

 ヤナ(猫)が。


「なんか負けた気がして悔しい」


 携帯電話を囮に子供たちの包囲網から脱出すると、そこでは金田が面白くなさそうに腕組みをしていた。


「こんなことで嫉妬するなよ。お前が負けたのは俺じゃない。猫だ。猫に勝てる人類なんて存在しないから安心しろ」

「それはそれで問題ありな気がするわ」

「それよりそろそろ説明してくれないか?」


 こめかみを抑えながら呆れた表情を浮かべる金田だったが、一つ息を吐いてリビングの真ん中にあるちゃぶ台の座布団に座る。

 それにならい俺は向かって左手に、その向かいにはナギが座る。


「で、どこから話そうか?」

「じゃあまず、何で二人が一緒にいるのかについて」

「それについてはたまたまだよ」

「説明になってねぇよ」


 わざわざここまで足を運んでおいて説明がそれだけだったら、ついこのちゃぶ台をひっくり返してしまっても文句は言わせない。


「ごめんて。だけどそうとしか言えないんだよ」

「行くアテが無くなった時に、たまたま那岐と会って話をしたら『泊まっていけ』って言ってくれたのよ」


 なるほどな。たしかにナギならそう言うだろう。


「で連泊していた、と」

「そうなるわね」


 一つ屋根の下に年頃の男女、というのが現実にあり得るのか。というか、その状況になるには一つ乗り越えなくてはならない障害があると思うのだが。


「俺が口を出す事じゃ無いかもしれないが、ナギの親御さんは許してんのか?」

「一応は許可を取ってるよ」


 余計なお世話だったか。

 だが、これで寝泊まりの問題が解けた。次だ。


「それじゃあ次は『一旦家に帰った』って件についてだ。俺は『お前に最後に会った人間が俺』という説明を受けてるんだが」

「家族以外ではそうかもしれないわね」


 たしかにそういう解釈も出来なくない。これについては絞りきれなさそうだ。


「じゃあ今度はナギに質問だ。ショッピングモールに行った日になんで言わなかった?」


 わざわざ話題に出してあそこまで話をしておきながら肝心なことを言わない、というのは不自然だ。

 それに『帰って来やすい空気を作る』とかなんとか言ってたクセにこの状況というのは一体どういうつもりなのか。


「んー、あの日の時点ではこんなに長引くとは思ってなかったし」

「私のせいなのね」

「半分そうだね。でも、もう半分は俺のせいだ」

「責任の話は今はどうでもいい」


 そんなものは当人同士の問題であって俺は無関係だ。よってここでそれを話す意味はない。

 

「そうだね。で、タケっちの質問への答えだけど、あの時点ではまだどうなるか分からなかったんだ。そこで奏音からタケっちに会っていたって話を聞いてたから、どこまで知ってるのかカマをかけてみたってワケ」


 あっけらかんと言い放つナギに理解が追い付かない。


「待て。もしそれで俺が何も知らなければリスクしか残らんだろ」

「正直言うとコッチはただのオマケだったんだよ。本命は日用品の方だったから」

「お前マジで言ってんのか……」


 警察沙汰の一歩手前であるこの話がオマケであって良いはずが無い。当事者意識が無いのかコイツには。


「マジもマジさ。生活する人間が一人増えると日用品がすぐに足りなくなるんだよ」

「それは分かる。うちも妹が家を出てから減りが遅くなったからな。生活する人間が増えればそりゃ買い足しは必須だ」


 無くなってから買い足すんじゃ間に合わない。しかも生活する人数が多いここの家では無くなる時は一瞬だろう。


「そうなんだよね。買い置きすると場所取るからその都度買いに行かなきゃだし、それに地味に家計に響くから本当に面倒くさい」

「分かり味が深い」

「貴方たち何なの?主夫なの?」


 俺達にも分からん。


「というか話が逸れすぎたな。で、これからはどうするんだ?」

「ん~ひとまず夜ご飯かな」

「そっちじゃねぇ」


 だが確かにそろそろ良い時間だ。これ以上はナギの弟妹たちにも申し訳ない。

 聞きたいことはまだいくつかあるが、まぁいいか。今日はここまでにしよう。


「俺はおいとますることにするよ」

「タケっちも食べていけばいいのに」

「親が一人寂しく待ってるんでな」

「そっか。それは帰らなきゃだね」


 思いのほか長居をしてしまったようで、外はだいぶ暗くなっている。

 子供たちに携帯を預けっぱなしだったので連絡も出来ていない。そろそろ連絡するか帰るかしないと心配し始める頃合いだ。

 携帯も無事に返してもらい、自転車に跨る。


「じゃあ、また学校で」

「おう」


 見送りに出てきてくれたナギのその横で、金田は腕組みをしている。


「……月夜の晩ばかりじゃないわよ?」

「怖ぇよ。それ心配というより脅し文句だからな?」

「もちろん知ってるわ」

「脅されなくたって別に言いふらしたりはしねぇよ」


 女の怒りは売ってても買うもんじゃない、というのは理解しているつもりだからな。


「それは別に心配してないわよ。それよりも意味が通じているのが意外だったわ」

「……一応俺もA組だからな?」


 忘れられがちだがな。


「冗談よ」

「冗談好きなお嬢様なこって」


 楽しそうに笑っているのを見て、こんな笑顔も出来るのかと少し意外に思う。

 この笑顔を学校でも出来たのなら……彼女はどんな青春が送れたのだろうか。

 すっかり陽が沈んだ夜空には、厚い雲が暗く重く垂れこめていた。

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