第13話 役割

 ゴールデンウィークという一大イベントが終わると、文化祭という一大イベントがやって来る。一大とは何なのだろうか。


 我が学校では受験勉強やら公務員試験やらが佳境を迎える二学期にイベントが重ならないようにという配慮のもと、六月の初旬に開催される。もちろん三年生も参加必須のため、A組でもクラスとしての出し物や役割分担についての話し合いが始まる。

 委員長である金田が不在のため副委員長君の司会で進行したLHR(ロングホームルーム)は、受験に本気で取り組むメンツの集まるA組だというのに何故か熾烈を極め、激論が展開された。

 そして文化祭実行委員会で行われた協議という名の抽選を経て、各クラスの出し物が正式に決定する。


「という事でうちのクラスの出し物は……お化け屋敷という事になりましたッ!」

「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」


 まるで四年に一度の祭典の招致に成功したかのような盛り上がりである。

 なんだこのクラス。


「よしお前ら!今年こそは大賞獲るぞぉっ!!!」

「「「「おおおおおおおっ!!!!!」」」」


 熱狂冷めやらぬ生徒よりも熱狂している我らが担任だったが、その直後に乗り込んできた学年主任の先生にしょっ引かれていき、その光景を見て生徒たちも我に返る。


「え~、先生が返って来るまでに役割分担を決めちゃうんで、希望の役職のところに各自名前を書いてください」


 冷静になった副委員長君の冷静な指示で、黒板の前に正気を取り戻した者共の人集ひとだかりが出来る。

 キャッキャしているクラスメイトを眺めながら、その中に彼女の姿が無いことが当たり前となりつつあることに少しもの哀しさを覚える。

 あれから既に二週間。金田のいない日々が日常として定着し始めていた。

 ゴールデンウィーク中のあの逃走劇の後、先生は金田の両親へと情報を渡したそうだ。ところが判断は「事件性が無いのであれば現状維持」というものだった、と教えてくれた。

 いくら事件性が無いとはいえ年頃の娘が半月も家出しているのだ。何かしらアクションを起こして然るべきだと思うのだが、あの父親ひとはそれをしない。

 他人の家の話なのであれこれ言うのが野暮なのは分かっているが、あの不気味な笑みを見ている以上、その心の内を疑わずにはいられない。

 別段仲が良かったとかではないが、少なくとも去年から一年以上同じ教室で学んできた学友だ。俺が気を揉んだところで仕方が無いのは分かっていても、諸事情を知っている以上気にかかって仕方が無い。


 そんな事を考えているうちに黒板の前からは着々と人が減ってゆく。

 そろそろ俺も名前を書きに行かなければ。誰かと連携したり練習が必要な役職は面倒だし装飾係にでもしておこうか。言われたことをやっておけば良いだけだろうだし、実質的に雑用だろう。

 黒板の列挙されている役職の下に名前を書き終えて席へ戻る。その途中、自席で一人、窓の向こうを眺めているナギに目が留まる。黒板を改めて見てみるがまだ名前も書いていないようだ。


「書きに行かないのか」


 珍しく俺から声を掛けてみる。


「んぁ?どうしたのタケっち?今日はにわか雨でも降るのかな?」

「お前が一人でいる方が珍しいだろ」

「そうかな?」


 浮かべる愛想笑いに疲れの色が見える。


「顔色悪ぃぞ?」

「あはは、タケっちに心配されるとかこれは槍が降るかも」


 にわか雨だけでも自転車通学の俺には致命傷なのに、槍なんて降ったらタイヤがパンクしてしまうのでやめて欲しい。


「オレでもボーっとする事くらいあるって。それより役職決めだよね。タケっちと同じのにしようかな~」


 そんな事を言いながら黒板へと向かっていく。

 動き出すと自然に注目を集めるのがナギなので、黒板付近には再び人が集まり始めた。

 確かに人間である以上、ナギにだってそういう瞬間はあるだろう。でもあれは呆けている人間の目ではない。どちらかというと何か考え込んでいるような目をしていたように思う。まぁ誤魔化す以上は追及しないが。


 その後は人数の調整やら役職内の責任者決めやらを終え、学年主任に絞られた林才先生が返ってくる頃にはLHRも終わりの時間を迎えた。そしてそのまま帰りのHRへと突入する。

 ここまでは至ってスムーズで、そしていつもなら五分とかからず終わるはずのHRなのだが、今日は何やら空気が違った。

 落ち込みとは違う先生のその神妙な面持ちに、皆そわそわとしている。


「学校からの連絡事項は以上。だが今日はもう一つ……金田の話だ」


 クラス内に緊張が走ったのが分かった。それはそうだ。今まで何の情報もなく、話題にすることすらタブーとなっていた彼女についての正式な情報が出るのだ。

 誰もがどんな表情で聞けばいいのか分からず戸惑っている。先生も平静を装ってはいるが、切り出し方に困っているのか言葉を選んでいるのか、眉尻を下げて困っているようだ。

 先生が話し出すまでの間隙を奇妙な静けさが埋める。


「……結論から先に言おう。来週からは学校に登校してくるから安心してほしい。今日まで休んでいたのは家庭の事情でな……だからそこについては追及しないであげて欲しいんだ」


 右頬を人差し指で掻きながら、慎重に話を進める先生。

 クラスメイトたちは静かにその話を聞いているが、その中の何人が先生の話の全てを信じただろうか。

 ここまで情報を絞っておいて『家庭の事情』なんて曖昧な理由、人の好奇心を掻き立てるには十分すぎる。

 俺の知る限りではイジメをするような奴はこのクラスにいないはずだ。だが先日の噂話のように悪意の無い好奇心が他人を蝕むことは多々ある。それを防ぐためにこんな形で話をしたのかもしれないが、この件に関しては完全に逆効果だ。

 先生もその空気を察しているのか二の句に困っている様子で、重い空気が教室内を支配する。

 その空気を吹っ飛ばしたのはナギの変にテンションの高い声だった。


「じゃあ要するに文化祭には参加出来るって事っすよね?委員長が返ってくれば百人力じゃん。みんな!今年マジで大賞狙えるじゃん!」


 立ち上がり、注目を一身に集めたその声掛けの意図を皆が察する。

 察したうえでそれに乗るように変に高いテンションの声が次々と上がる。 


「そうだよ、金田さんがいないと締まらないもんね」

「むしろ委員長いなくてもここまでは順調だったんだから、帰ってきたらマジで最強じゃね⁉」

「奏音さん絶対和装似合うから雪女役お願いしようよ!」

「美人だし口裂け女とかも似合いそうじゃん?」 

「となれば交渉しないと!」

「衣装班はどっちでも行けるように準備だ!!」


 ナギの声掛けを切っ掛けに重苦しかった空気が熱気に変わる。

 というかちょっと待て。どんなクオリティのお化け屋敷作るつもりなんだお前らは。俺ら一応、今年受験生だぞ?

 なんてツッコミは野暮だと言わんばかりに、今日決めたばかりの役職に皆やる気を漲らせている。目が本気マジすぎて怖い。俺、既についていける気がしない。

 そんな俺の渋面に気付くものなど当然いる訳もなく、お祭りモード(狂)に陥ったA組の面々の暴走は加速してゆく。

 そして放課後に急遽始まった装飾係の打ち合わせへと、半強制的に参加させられたのであった。

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