八
「おまえ。…なんつーもんを渡してんだよ!?」
「しょ、しょがないやろ。な、ちょ、勘弁やから、こっち来んといて。腹がよじれる」
(…これがお守りの効力…なんだ)
希羅は爆笑する洸縁に憤慨して足をバシバシと叩く、自身の腕ほどの大きさに変化した修磨を目に映した。
お守りを目にした修磨は身長が縮んだ、だけではなく、鬼の強靭な肉体も攻撃力も削げ落とされたようで。叩かれても別段堪える様子ではない洸縁に、希羅はだが、何故此処まで、床をバシバシと叩くまでに爆笑しているのか、甚だ疑問だった。
確かに。先程の姿とのあまりの変わりように、だが、可愛らしいその姿に、希羅は思わず目じりを限界まで下げ、頭を撫でたくなるのを必死に抑えていた。
「これ、本物なんですか?」
「本物で何か悪いですか?え?」
洸縁に散々けなされるように笑われたのが余程気に喰わなかったようだ。修磨はぶすっと不機嫌ですよと言う表情を前面に出しながら、自身の背中から生えた翼を触る希羅と、あまりの爆笑に過呼吸状態にまで陥った洸縁から逃げるようにその場を駆け走り、部屋の角っこで先程の希羅と同様の行動に出ていた。
「鬼はな。希羅ちゃんに渡したお守り、小豆限定のお手玉を一瞬でも目にした瞬間、見た目が五歳児の頃の姿になって、金剛不壊と言わしめる藤結晶をも糸も簡単に壊すほどの頑健な力まで削げ落とされてしまう代わりか、敵に襲われても手の届かないとこまで逃げられるように背中から翼が生えるんやて」
未だに笑いが治まらないのか、必死に真面目な顔に取り繕うとしているのが丸分かりな洸縁と、未だに自分たちに背を向ける不機嫌な修磨に、希羅はどうしたものかと思い。
「き、着物まで縮まるなんて、便利ですね」
「鶴に織ってもらった特注品だからな。身体の大きさに合わせて伸縮するんだ」
どうでもいいようだが、どうでもよくない率直な意見を述べた希羅に向かい直し、律儀に説明を加えた修磨だったが。
「へぇ~。いいなぁ。衣替えせんで。…ってことは、生まれた時からずっとこの衣なん?」
「一着なわけないだろ。それに、丹精込めて丁寧に洗ってる。汚くないからな!」
「嫌やわ~。僕、何も言ってないやん」
「その眼がそう言ってたんだよ」
「うわっ。そんなん分かるん?怖いわ~」
「おまえ。そんな性格だったんだな。正直、がっかりだ」
「僕は君が思い通りの性格で嬉しいわ」
「あの。お二人は友人「「違う!/わ」」
二人のやり取りはどう見ても長年来の友人にしか見えないのだが、修磨はむきになって、洸縁はやんわかと否定した。
「おまえさ。もう帰れば?」
もう相手をしたくないらしい。散々からかわれているので当たり前なことなのだが。
「その。もう遅いですし。今日は泊まって。と言うよりも、これからはこの家を洸縁さんの家にすればいいですよ」
一緒に暮らすことを決意した希羅だったが、いきなり修磨と二人きりになるのはさすがに抵抗が在り、加えて、これに乗じてなんやかんや言い包めて、洸縁にこの家の跡継ぎになってもらおうという私意を持ったのだが。
「ごめんな。陰陽師の仕事はこれからやし。もう行かんといかんのや」
何時ものようにやんわかと断られてしまった。
妖怪は朝だろうが昼だろうが姿を見せ、修磨のように力を持つものは人にまで化けられるが、力を最大限に引き上げられるのはやはり夜なので、妖怪退治の名目の下、陰陽師は夜に町を闊歩することが常だった。
ちなみに。陰陽師はその命がけの任からか、天皇から官吏と同等の称号と富を得ていた。
ただし、『平安の雫』に属していなければそれらを手にすることはできないが。
「時間が経てば戻るけど、これを見せればすぐに戻るから」
気落ちする希羅に修磨に見えないようにこっそりと、洸縁はまた遊び道具で毎度お馴染みの或る物体を手渡した。
どうやら、修磨は時間が経たなければ戻らないとしか知ってないようだ。
そのことを疑問に思った希羅は洸縁に尋ねたら、鬼として新米だからやろうとの答えしか得られずに、そう言うものかと一応は納得したのだが、他にも理由があるのだろうとも思った。洸縁は本当に物知りかつ、不思議な人で、自分が病で不調な時に颯爽と現れ治療を施してくれるのだ。今日は定期健診だったが。
それ故、きっと鬼である当の本人の修磨でさえ、否、他の鬼でさえ知り得ないことを知っているのだと考えたのだ。
(そうか。だから私は修磨さんを受け入れられたのかな)
修磨と一緒に暮らすことに、まだこれだ、と言う答えを見出していなかった希羅は、洸縁を信頼しているからこそ、その決断が出せたのだと思ったが。
実はこれでもないことに、希羅はまだ気付く由もない。
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