七
自分は亡くなってしまった弟とは、血の繋がりがなかった。
父が道端にぼろぼろの布に包まれて捨てられていた赤子を家に連れて来て、おまえの弟だと告げた時に、その赤子は両親の子どもで、自分の弟となったのだ。だが、家族として一緒に過ごしたのはほんの数日で、名前を贈る前に亡くなってしまった。
それからもう、何年経つのだろう。
「…何やねん。その大量の食物は」
「俺はおまえらと違って分け合うと言う素晴らしい言葉を知っているからな」
とげとげしいその物言いに、洸縁は先程修磨が告げようとした『美味いものを二人だけで云々』の言葉が、如何に本気であったものかを思い知らされた気がした。
また、その本気度を裏付けるのは、戸を開いた希羅と傍らに居た洸縁の目に真っ先に映り込んだ、修磨の顔を覆い隠し、この季節に良く見つけたものだと感心するほどに大量に腕一杯に抱え込んだ食物の山だった。
とりあえずと、その大量の食物を家の隣に在る保管庫として建てた小さな小屋に入れ終えて、今、希羅と修磨は互いに向かい合う形で座っていた。
互いに無言で。
しかも視線は床に落としているので互いの顔は見えず。
(何やろ。この状態は)
互いに初めてお見合いをしていますよ、的なその緊張感に満ちた独特の気まずい雰囲気に、二人の間に座る仲人的存在の洸縁は、希羅に気付かれないように小さく丸めた紙を修磨の頭に叩きつけた。
「いてぇな」
「あほか。はよなんか言いや」
じろりと互いに睨み合う修磨と洸縁は、ただ今読唇術で会話中。
「何言えばいいんだよ?」
「あのな。一緒に住む決めたんは君やろ。なら自分で考えや」
ぷいと顔を背けた洸縁に、修磨はけちなやつと言い残し、だがもっともな意見にあれこれと考えたのだが、これと言っていい言葉が思いつかず。
今までのように、そっと見守るだけにしておけばと一瞬思ってしまったが、すぐにその考えをぐしゃりと丸めてその強靭な身体を以て外へと投げ棄てた。思考の中で。
(あ~、もう。知るか!)
修磨はその場に勢いよく立ち上がり、希羅の名を口にした。
この刻、初めて。
「あ、のな。一緒に住むのは確定事項だが、それでも、おまえが死んでも嫌だっつーなら、考えないでもない」
修磨の希羅と呼ぶ声音とその発言の最初の一文字こそ力強いものだったが、徐々に勢いを失くし、最後の言葉はとてもか細い音量でのものとなってしまった。
一方、そう告げられた希羅は気恥ずかしそうに口を一文字に結ぶ修磨の姿を見て、思わず笑いが込み上げて来そうになった。
何故自分のところに来たのか。洸縁と同様に、きっと深い意味があるのだろうと思ったが、今は訊こうとは思わなかった。
ただ。
「これから、お願いします。修磨さん」
希羅は穏やかな笑みを修磨に向けながら、手を差し伸ばした。
その笑顔を真正面から見た修磨と、傍らで見ていた洸縁は眉根を寄せたが、修磨自身もまた手を差し伸ばし、その手を握ろうとした。
希羅の手に乗せてある或る物体を目にしなければ、握手することは叶うはずだった。
ボンと大きな音と同時に一瞬、視界を奪うほどの白い煙が修磨の身体から発せられたかと思うと、目を丸くする希羅と腹を抱えて爆笑する洸縁の前に現れたのは―――。
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