九
「じゃあ、また今度な」
「…今度は何時ですか?」
「ん。ごめんな。僕もよぅ分からん。けど、多分近い内にまた会えるわ」
機嫌を損ねた子どもを慰めるようによしよしと頭を撫でる洸縁に、希羅はむっとした。
「あの。私ももう十七なんですけど」
「そうか。今日やったね。希羅ちゃんの誕生日。おめでとう。不服やろうけど、とりあえずの贈り物は、こいつで勘弁して?」
「おい。下ろせ」
洸縁に脇の下を手で掴まれそのまま持ち上げられ、希羅の目の前に差し出された修磨は、翼で洸縁の顔に攻撃を食らわそうとしたがその前に手を離され、突然のその行動に反応が遅れて地面に落下してしまった。
「いってぇ!」
「おおげさな。尻餅突いたやけやろ。ぎゃーぎゃー言な」
「おまえ。元に戻ったら覚えとけよ」
修磨は地面に叩きつけられた尻を擦りながら洸縁を睨みつけたが、当の本人である洸縁は手をひらひらと動かしただけだった。
「もう忘れた。じゃあ、希羅ちゃん。薬湯飲むんを忘れたらあかんよ。それに、良く休むんやで。食物も調和良くちゃんと取らんとあかんよ」
「洸縁さん。まるでお母さんみたい」
修磨の怒りを素っ気ない態度でかわした洸縁は、あれやこれやと心配事を並び立てるので、希羅は思わずぷっと吹き出しそう感想を述べた。
「言ったやん。希羅ちゃんは僕にとって娘も同然の存在やって。何時でもこの胸に飛び込んで来」
心配するのはさも当然との口調で言い、洸縁は腕を横一文字に大きく広げた。発言通り、飛び込んで来て欲しいらしい。
「おまえみたいなた「何やて?修磨。ぐるぐるして飛ばして欲しいって?分かったわ。僕、子どもには優しいからな」
修磨の発言を遮りその言葉通りに、洸縁は素早く修磨の手を取って目にも止まらない速さでその場でグルグルと回り始め、加速がついてきたところで修磨の手を離した。
「よく飛ぶなぁ」
洸縁は額に手をかざしながら修磨の飛んで行った方向を見つめていた。
「あの。修磨さん、大丈夫でしょうか?」
「彼には翼があるから大丈夫や」
至極真面目な顔を向ける洸縁に、希羅はそうですねと朗らかに笑った。
「あ、流星」
「これこそ最高の贈り物やな、希羅ちゃん。おっ。どうやら大群らしいね」
二人の目の前に広がる紺青色の天空には、次々と白い曲線が描き出されていた。
流星とは宇宙にある小さな天体が地球の引力にひかれて落ちる時、空気との摩擦で燃え光るものであると教えられると同時に、遥か昔からの伝聞としてこうも伝えられていた。
水と植物と空気を満たせたこの地球に何かを贈る為の宇宙船であると。
希羅は真剣にとりあうことこそなかったが、その発想を抱いた昔の人は、よくそんな浪漫的なことを考えたものだと感心した。
「俺の存在はすっかり頭から消え去っているようだな」
「ごめんなぁ。でも、こんな光彩陸離な光景を目の当たりにしたら何もかも忘れてしまうんはしょうがないで」
洸縁の笑顔に、二人の頭上に浮く修磨の怒りの度合いがぐんと跳ね上がった。
「大体、おまえ何でまだ居るんだよ。さっさと行けよな」
それでも声を荒げなかったのは、彼が齢数百歳の大人だったからだ。
自分落ち着けと、心の中で唱え努めて冷静であろうとしたが、それも長くはもたず。
「僕の発言をきちんと聞いてました?忘れてました言いましたよね?」
いきなり標準語かつ丁寧語になり確実に自身を莫迦にしている洸縁に、許容範囲をバリンと突き破ってしまった修磨の怒りの矛先は、洸縁の隣に居る希羅にまで向けられた。
「おまえもおまえだ!何でこんなやつを家に入れた!?」
「そ、そんなの、私の勝手じゃないですか。私の家なんですから」
「今日から俺の家でもある。よって、口出しする権利は有る」
「な!?…勝手に決めないでください」
「その他人行儀な口調は止めろ!」
「他人ですから当たり前じゃないですか」
「違う!」
他人だからと冷静に話す希羅に、修磨は知らず否定の言葉を口走っていた。
怒りでか。顔が熱く感じる修磨は、何故か泣きそうにもなった。
どうしてかはさっぱり分からない。だが。他人と希羅に言われた時、今までに感じたことがないほどの鈍痛が全身を駆け走ったのだ。
「おまえは、俺が守らなければならないんだよ!」
激昂と悲哀が入り混じる悲鳴じみたその涙声は口に出した以上、虚空へと消え去るはずだが、修磨の心に深く突き刺さった。
この想いも、どうして自分から生まれたのか分からない。自分が希羅に近づいたのは守りたいからじゃなく、他に理由があるからなのに。
(…目覚め、始めたんやろか)
洸縁は目を細め、暗闇で表情こそあまり見えないが顔を歪めているであろう修磨と、そしてわけが全く分からないだろう希羅を見つめた。
希羅の推測通り。洸縁は本人である修磨でさえ知り得ない事実を知っていた。
否、知り得ないわけではない。今はただ、忘れているに過ぎない。
希羅のことも、修磨のことも、本人でさえ知らない、忘れている事実の全てを知っているのは、この世界ではもう極数人だけになってしまったのだ。
その後、洸縁は後ろ髪を引かれながら去って行った。本当ならば、あの状態で二人きりにしない方がいいのだが、やるべきことがある以上、仕方のないことだった。
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