第45話 水と風と星の力で回り続ける紅葉

 『世界星』中心都市『夢現』の王宮内、SPO本部にて。

 葵、麗歌、更級に見送られた空は試験案内人の指示の下、小さな植物が所狭しと飾られている部屋の一室で、同じ受験生五十人たちと一緒に午前の筆記試験を終えて、昼食を取っていた。



「筆記試験難しかったね」

「魂魄が何度も飛びかけた」



 ほとんどの受験生が前を向いて無言で昼食を取る中、前の席に座っていた受験生が身体を後ろに向けてきたかと思うと、空の使っている机に銀包みを置いて限樹げんきだと名乗ったので、空だと名乗り返すと、一緒にご飯を食べていいかと訊いてきたので、ああと頷いた。


 ツインテール、大きい目、小さな唇、小さな顔、可愛らしい黄緑のワンピースを着た限樹は、ぼくっこですとウインクをしながら言ってから、銀包みを開いておにぎりを取り出し、そんなに開くのかと少し驚くくらいに大きな口の中におにぎり半分を飲み込んでしまった。

 もぐもぐもぐと。きちんと噛んでから、先の言葉を言ったのであった。



「いろんな分野を一気に詰め込んでたよねえ」

「あんなに頭を働かせたのは人生で初めてだ」

「でも、合格したら、こんなの比じゃないだろうねえ」

「そうだな」



 空は深く相槌を打ちながら、麗歌が作ってくれたお弁当を大切に食べ続けた。中身は、ちらし寿司、から揚げ、ミニトマトとブロッコリー、スナックエンドウのドレッシング和えで、ちらし寿司には桜でんぷんで合格の二文字が書かれていた。



「家族の誰か?」

「ああ。姉だ」

「顔がとろけきってるよ」

「姉のお手製だから仕方ないな」

「大好きなんだ」

「ああ」

「ふ~ん。うらやましいなあ。僕は自分で作ったよ。さーびしい」



 空は少し考えてから机の横に掛けている鞄の中に手を突っ込み、二個目のおにぎりを食べ進めている限樹に、葵からもらったチョコレート、プレーン、フルーツ味三種類のカロリーメイトを机の上に置いて、どれがいいかを訊いた。



「え?そのお弁当おすそ分けしてくれないの?」

「姉が私の為に作ってくれたお弁当を赤の他人に渡すわけないだろう」



 予想以上の姉大好きオーラに若干慄きつつ、限樹はチョコレートをもらっていいかと訊いた。



「そのカロリーメイトも私の大切な人からもらった。だから愛情はたっぷりだ」

「もらっていいの?」

「ああ」

「ありがとう」

「ああ」



 照れくさそうに笑った限樹は、もっと疲れてから食べるねと言って、ワンピースのポケットに大切に入れた。

 ああと小さく笑った空は、まだまだ先が長いもんなと言った。

 午前の筆記試験、昼食休憩二時間、午後の筆記試験、夕食休憩二時間、実技試験と、およそ丸一日かけて試験はあるのだ。

 食べ終わったら、孔冥からもらったアイマスクをかけて、眠ろうと決めた。






 頭が爆発する。いや、すでに爆発しているだろう。

 午後の筆記試験も終えて、限樹と一緒に食堂で夕食の肉うどんと稲荷ずしを取り、頭爆発だけを言い合いながら、半ば気を失うように眠りに就いて、実技試験へと挑む直前に、カロリーメイトを食べた。




 二人一組で受ける実技試験のお題は、何かして、だった。

 太った丸禿の妙齢男性、尖った顎に細長い体形の妙齢女性、頭に多種多様な緑の葉を生やして、丸い茶サングラスをかけている性別年齢不明の人物。三名の受験監督員が椅子に座った状態で言うや、椅子も何も用意されていない空と限樹は立ったまま、互いに顔を見合わせては大きく片腕を上げて、椅子取りしりとりをしようと言った。



 頭ばかり使っていたから無性に身体を動かしたい。この場にある物、椅子を使った方がいいのでは。受験監督員も巻き込んだ方がいいのでは。頭も使った方がいいのでは。



 爆発して活性化した頭ならば、単語のみならず、文章も的確に答えられる気がする。

 ギンギラギンに全身から光を発する空と限樹。一人は星歌を歌う、四人はその星の事柄に関する事でしりとりをしながら歌が止んだ時点で椅子取りをする、しりとりは単語のみならず文章、未来過去現在可、全員必ず星歌を歌うと交互に言い合った。

 受験監督員は厳かに頷くや、席を立ち、部屋の中央に椅子の背を向け合いながら円になるように置いて、じゃんけんで一番手を決めようと、五人は高々と手を上げたのであった。






 正解かどうかは分からないがやり切った。

 午後十一時。すべての受験生が同時に試験を終えては王宮内から出てきて、出入り口で待っている家族や友人知人、もしくは職員と共に用意した車でホテルへと帰って行く中、限樹と共に出てきた空は、葵、麗歌、更級の下へとしっかりとした足取りで向かうや、微笑を浮かべて言い、限樹を紹介した。



「初めまして。僕は限樹と言います。初対面なんですけど、空さんには迷惑をかけっぱなしで」

「いや、一緒に居てくれて心強かったから、助かった。ありがとう」

「ううん。僕も。本当にありがとう」



 力の抜けた笑みを向け合う空と限樹に、麗歌が一歩踏み出して満面の笑みを向けた。



「ありがとう、限樹。心強い仲間ができて良かったわね、空」

「いいえ、とんでもないです」

「うん」

「二人とも強行軍で疲れたでしょう。車に乗って」

「ありがとう、姉上」

「申し訳ありません。僕は少し歩きたいので」

「でももう遅いし」



 SPOの長だから遠慮しているのではないだろうか。

 どうせ空が麗歌の妹だとは周知の事実なので、隠れることなく堂々と送り迎えをしたが、受験生からしたら、萎縮の対象になってもおかしくないのだろう。

 そう判断した麗歌は無理強いするわけにもいかないと、葵と更級に視線を送った。

 更級は頷き返して、じゃあ、私たちが送るからと言った。



「無事に送り届けないと、こちらの責任にもなるしね」



 私はSPO職員の更級と言いますと付け加えると、限樹は苦笑いして、お願いしますと小さく頭を下げてから、葵に視線を向けて、葵さんですよねと尋ねた。葵は頷いて、初めましてと笑顔で告げた。

 葵はあらゆる星々で不死の存在だと宣伝していたのだ。限樹も知っていて当然だと思いながらも限界に達した空は最後の気力を絞って、また明日と限樹に手を振った。限樹もまた、空にまた明日と手を振り返した。




「さあてと。帰りますか」


 麗歌と車に乗ってホテルへと向かった空を、葵と限樹と共に見送った更級。ゆったりとした口調で言うや、これまたゆったりとした足取りで二人の前を歩き始めた。


 たかだか十五分程度の散歩。

 さてさて何も起こらないだろうか。


(まさか、二人の息子。私の甥っ子に会うなんて。な)











(2021.9.22)


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